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ベッシー・ヘッドを巡る「雨風の村」のストーリー
学部を卒業して何年も経っていない、まだ二十代前半のころだったと思う。
大学のサークルの同級生が、たまたま出版社で編集の仕事をしていた。詳しい経緯は忘れたけれど、わたしがやっていることに興味を持ってくれて、会って話をしようと声をかけてくれたのだ。
当時わたしは、大学4年生のときに作家ベッシー・ヘッドの調査のために南アフリカとボツワナを訪れ、ボツワナのセロウェという小さな町にあるミュージアムでアーカイブ調査をしたその旅のことを、どうしてもエッセイ本にまとめたくて試行錯誤していた。
何せまだ若く20代前半で、文章をまとめる技能も不足していれば人生の経験値も低い。
出版社に持ち込んでは断られたり、「共同出版」の名目で150万円の見積もりが届いたりと、誰にも届かない熱い思いと言葉を山ほど抱えて悔しさと一緒に奮闘していた。
同級生の彼女は、在学中もサークルで顔を合わせるだけで特別親しいということもなかったが、そうやって関心を持ってくれる彼女のセンスと好奇心は、今考えてもとてもいいなと思う。
どこかのカフェで会って話したとき、彼女が言ったことを二十数年経った今でも良く覚えている。
「これからはアフリカが来ると思う」
それはまだ、今ほどアフリカにおけるリープフロッグやらスタートアップといった「アフリカビジネス」への若手の層による関心もそこまで高くなかったころだ。(まだ、モバイルマネーの登場よりも前だ)
そして、彼女が続けて言ってくれた。
「まずは、ベッシー・ヘッドの小説を翻訳したらいいと思う。そうしたら、あの作品を翻訳した人だって知ってもらえてるでしょう?それから自分の本を出せばいいよ」
当時はすでに、ベッシー・ヘッドの長編小説の翻訳出版も考えていたのだ。
自分にできるとは思えない途方もないプロジェクトだったけれど、熱すぎる思いだけでその出版を望んでいた。その後、わたしは数えきれないほど多くの出版社などに話を持って行っては、9割方、ベッシーのことを良く知らない人たちの言うことに嫌な思いをし、1割の「いいとは思うけど…」の人たちの態度に涙し孤独を感じ続けた。
ベッシー・ヘッド作品の翻訳を出してから自分の著書を。
その考え方には、今でも賛同する。
わたしには書きたいことや誰かの心に届けたい言葉が無限にあるが、それを紡ぎ出し送り出すには、それなりの条件を整える必要があるだろう。
そして二十数年の時間が経ち、仕事でジンバブエに暮らしたり、あちこちのアフリカの国々に出張したりしながら、ほとんどを国際協力の世界で生きてきた。
そして、2023年に開発コンサルの会社を去り、雨雲出版という出版レーベルを立ち上げた。
件のベッシー・ヘッド作品の翻訳は、長い長い年月と恐ろしい回り道を経てしまったが、ようやく形になりつつある。多分、彼女が想像したよりも何十倍もの時を経てしまったけれど、わたしはこのことを手放してはいない。
そして。
雨雲出版の立ち上げに伴い、二冊のエッセイ本を描いた。
その一本が、『雨風の村で手紙を書く:ベッシー・ヘッドと出会って開発コンサルになったわたしのアフリカ旅』だ。
この中には、ベッシー・ヘッドを知った大学学部生時代のことから、1998年に大学4年生で初めてボツワナと南アフリカに行ったときの話を盛り込んでいる。
当時、彼女に話していた「書きたいエッセイ本」の内容だ。
それに、その後の二十年あまりの出来事を書き加えた。
エディンバラ大学アフリカ研究センターの修士課程を経たこと、ジンバブエに住んだこと、国際協力の仕事で経験してきたアフリカの国々のことなどだ。
自分の半生記に近い二十数年に亘る盛りだくさんの内容を書きまとめ、自ら立ち上げた雨雲出版という出版レーベルでエッセイ本を出す。
そんな未来を、当時の自分も彼女も、もちろん想像していなかった。
さらには、2023年にボツワナを再訪したときのことを次のエッセイ本『水面をすべるモコロのように:作家ベッシー・ヘッドと出会ってボツワナを旅したわたしは、ひとり出版社をはじめようと思った』に書きまとめた。
ここには、ボツワナでの再度のアーカイブ調査やベッシーの友人に会ったこと、それまで思いもよらなかった出版レーベルを立ち上げるということについても書かれている。
これまでの人生を見れば壮大な回り道かもしれないが、わたしはこれから翻訳作品を出版する。
それでも、アフリカで実務に携わりたいという願いを叶え、国際協力の世界で仕事をしてきたことは、人生の厚みを増し、人としての思いを深める大切かつ必要な時間であったと思う。
この道を歩んできた自分だからこそ、作れる本があることは間違いない。
雨雲出版は、今年大きく前進させていきたい。
最初の小説が出版されたら、多くの人の心に届くと本当に嬉しい。
個人的には、本当にすごく個人的には、90年代後半から今までの長い年月のあいだ、胸の奥に積もらせてきた美しさと苦しさの混ざり合った強烈な思いに報いることにもなるのだと思っている。
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エッセイ100本プロジェクト(2023年9月start)
【37/100本】
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