「水の都の護神 ラティアスとラティオス」について語りたい 後編
こんにちは。afです。
前回の記事に続き、今回は後編ということで物語の後半からエンディングまで語り尽くして行きたいと思います。最後までお付き合いしていただけたら幸いです。
以下、前回記事のリンクです。こちらをお読みになってから今回の記事に目を通していただければより理解が深まると思います。
普段私のTwitterをご覧になってる方はお気づきかもしれませんが、前編後編と見出し画像として使用しているのは私が描いたイラストです。興味がある方は良ければ作品サイトも覗いて行ってくださいね!
少し脱線しましたが、映画の続きを見て行きましょう!
■ 奪われるこころのしずく
月夜に紛れ街を颯爽と飛び越えていく怪盗姉妹、エイパムも真っ青ですね。ロケット団とは月とスッポンです。
この二組の悪党も対比として描かれてますね。ロケット団のポンコツさ…いやザンナーとリオンの身体能力がいかに優れているかがここで明らかになります。
怪盗姉妹はすでに秘密の庭の場所はこの時点で特定済み、あとは邪魔な関係者であるボンゴレを潰しておいたわけですね。
秘密の庭、入り口が2つもしくはそれ以上ありそうです。サトシが入ってきた入り口はこころのしずくがある祭壇の向かい側でしたが、怪盗姉妹はしずく側から侵入しています。裏口と関係者専用入り口でもあるんでしょうか。庭の構造、位置情報ともに謎が多いですね。
侵入者を追い払おうとするラティオスとラティアス…
ですが、かなり一方的にボコられます。傾向と対策をしっかりしてきた怪盗姉妹が何枚も上手だったようです。にしても貧弱すぎる気もしますが…
(個人的にエーフィのスピードスターのエフェクトが好きです。)
平和から一転、窮地へと陥る兄妹。ラティアスの抵抗も虚しく為す術もなくラティオスは捕らえられてしまいます。
あのキャプチャーネットはチートだよなぁ…しかもラティオスに全て被弾しているので相当苦しそうです。
辛いです。本当に辛い。筆者はこのシーンが劇中で一番辛いです。兄妹の悲痛な叫びが胸に響きます。
ついに奪われるこころのしずく。もう少し丁寧に扱ってほしいですね。
「こころのしずく、今まで見てきたどんな宝石よりも綺麗だわー…」
当たり前です。こころのしずくとはラティアスとラティオス、二匹の涙、魂そのものなのです。クライマックスで判明しますが、こころのしずくはラティ一族の命が尽きるときに生まれる宝石、魂が転生した形のようです。
おとぎ話には続きがありました。
「おじいさんはこころのしずくの力を、この島を永遠に護るために使うことにしました。」
その使用用途こそが、大聖堂にある古代装置を起動させるキーなのです。
ボンゴレのご先祖様たちはしずくの持つパワーをもっと有効活用したいと思ったわけですね。そこで生み出されたのが古代装置です。
古代装置の作動にはキーであるこころのしずく、動力源のラティ一族が必要です。必要なピースは手に入れてしまったわけですね。
さらっとパソコンで解読してしまいましたが、とんでもねえ技術だなあ…この情報を掴まれないために石版がバラバラにされてたわけですが、リオンは一体どこで既に情報を掴んでいたのでしょうか?
「悪しき者がこころのしずくを使う時、心は汚れしずくは失われるだろう。この島と共に」
この文章は脅かしでもなんでもなく、起こりうる真実を書き記しています。この文章にひるんで立ち止まらせるためでしょうけど、効果なしでしたね。せめて嘘でも使用者は死ぬとかでもよかったんじゃないかな…
予告編の最初にもボンゴレが似たようなことを言ってましたね
「悪しき者がこころのしずくを使う時、街は滅ぶ。この都を護っている伝説の宝石、それがこのこころのしずくじゃ」
予告の時点で物語のネタバレをするボンゴレさん…
しずくは街の水源の役割も担っているので外されたことで水が止まります。後に止まるどころじゃなく全部なくなるなんてたまげたなぁ…
ボンゴレたちが到着する頃にはしずくは盗まれてしまいました。カノンももう少し警戒すべきでしたね。というかお前らポケモン持ってねえのか
■起動する古代装置
ラティオスを動力源に、装置が起動してしまいます。
ボンゴレたちも慌てて聖堂に駆けつけ忠告のようなことを言いかけたところで、またしてもエーフィのサイコキネシスでやられてしまいます。
ここで話をちゃんと聞いていればあんな大事件は起こらなかっただろうに…
ラティアスはサトシへ助けを乞います。事情を知っていて尚且つ頼れる人なんてサトシくらいしかいませんしね。
あのシーンでラティオスも「サトシのところへ行け!」と言っていたのかもしれないですね。
ラティアスがカノンに変身して現れたのでまたややこしくなります。
ここでは変身を解いていない状態で正体に気づいているようですが、どこで気づいたんでしょう?言葉を全く発しないことに違和感を感じたからでしょうか?だとしたらラストシーンでもサトシはどっちか気づいてるってことだよなあ…
ラティオスが目を覚まします。
そして2度目の「ゆめうつし」を使用します。
サトシもついに街に危機が迫っていることを知ります。この場面では危機を知らせるために能力が使われました。前回書き忘れていたのですが1度目は歓迎のために使用されました。
こころのしずくの力の一端を見せつけるため、手始めにリオンは化石ポケモンを復活させます。あの大理石に埋まってた床供です。予告編ではもうちょっとカッコよく復活してました。
古代装置の能力は主に3つあります。
・化石の復元
・バリケードの発現
・水流操作
バリケードは敵の侵入を防ぐために機能していたようですが、劇中では部外者を閉じ込める役割も果たしちゃってます。
この辺からリオンが完全にしずくの持つパワーに取り憑かれちゃってます。新しいおもちゃを与えられた子供みたいですね。ザンナーも呆気にとられてます。
■ラティオスの元へ!
丸腰で大聖堂へと向かうサトシとラティアス。当初はゴンドラで向かっていましたが復活したプテラがラティアスに襲い掛かります。
そこにすごい跳躍力でプテラに飛びつき、ピカチュウの10万ボルトをあっさり受け止めるサトシ少年。さすがはマサラ人といったところでしょうか。
ゴンドラの次にサトシが目を付けた物、そうオープニングにも登場した水上ボートです!水上レースに参加したことがここで役立ちます。
ラティアス、ボートを引くのは初めて?にも関わらず慣れている様子です。水上レースの邪魔をしながら覚えたんでしょうか。おまけにうんと速い。
そして流石護神、地の利と小柄な体を活かしてプテラを撒きます。
大聖堂へと向かう際に流れるのは「ラティオスの元へ!」という曲です。疾走感と緊迫感の入り混じるとてもカッコいい曲です。
■暴走する古代装置
ラティオスの体力はどんどん消耗していき、同時にしずくも濁り始めます。まるで悪しき者の汚れた心が流れ込んだかのような、そんな色へと変貌して行きます。
この時点で装置の使用を中止すれば、少なくともラティオスの命は救えたかもしれません。
聖堂へとやっとの思いで辿り着くも、装置による水流操作で追い詰められるサトシたち。装置の能力で一番ヤバいのは間違いなくこの能力でしょう。一度にこれだけ大量の水を操ることができれば軍勢が押しかけたとしても一飲みで窒息死させられるでしょうね。
サトシたちも危うく死にかけますが、ラティアスが放つ眩い光によってそれは消し飛びます。
この技の名前はわかりませんが(ミストボール、ラスターパージはここから来てそう)ラティ一族固有の技のようです。そして使用後はかなり体力を消耗しています。
光で水が消し飛んだのと同時に装置のシステムらしきものがクラッシュします。これが決定打となり装置は暴走を始めます。
結果的にラティアスが装置を暴走させ、兄をさらに苦しめることになってしまったわけです。
サトシたちがやっとの思いで聖堂内部に到着する頃にはもうめちゃくちゃでした。ザンナーには容赦なく10万ボルトをお見舞いしていますが、カノンの糸を破る際には電気ショックで加減しているのが実に紳士です。
「ラティオスが死んじゃう!」
カノンは予知能力でもあるんでしょうか。しかしあのままだと装置にエネルギーを奪われ続け絶命していたのは間違いないでしょう。
ラティアスのあの技(ミストボールと見ていいんでしょうか)とサトシたちの協力でラティオスがようやく解放されます。同時に動力源を失った装置はストップします。
劇中では強制終了でストップした装置ですが、本来はどうやって停止させるのでしょうか… まさか命が尽きるまで動き続ける、なんてことはあって欲しくないものです。
と、ここで終わればまだハッピーエンドが観れた、かも…しれないのですが…
■束の間の平穏
平穏はしずくと共にザンナーによって破壊されます。
装置を使用し続けた結果、こころのしずくは澄んだ青から黒ずんだ赤色へと変色してしまいました。欲望にまみれた汚れた人間の魂の色です。
汚れたしずくって使用後に綺麗になるんですかね…?使用者の心が綺麗でもしずくにはある程度許容値みたいなのがある気がして、どうあっても色は濁りそうな気がします。もし色を戻す方法がないのであれば、装置を使う度にしずくとラティ一族を使い捨てている可能性が浮上します。あまりにも対価が大きすぎます。
「触っちゃいかん!」
そう言い放った時には、既にザンナーはこころのしずくに触れてしまっていました。砕け散るしずく、そして止まったはずの装置がまた暴走し始めます。
ここであの言い伝えが頭を過ぎります。
「悪しき者がこころのしずくを使う時、心は汚れしずくは失われるだろう。この島と共に」
「心は汚れ」とは、しずくが濁ること。「しずくは失われる」とはその通りに砕けて消えることを指していると思われます。
再起動と同時に島中の水が一気に引いて行き、水平線の彼方まで干上がってしまいます。ここまでワンセットなのかと思うとよくできた装置だと思いますし、もはや兵器とも取れます。
■出撃!
何かを察した兄妹は太陽の塔の上から彼方を見据えます。見えたのは未曾有の大津波。島を飲み込まんとばかりにこちらへ迫って来ます。
アルトマーレのモデルであるヴェネツィアも毎年、アクアアルタという高潮に悩まされています。海水面の上昇によりヴェネツィアも海に沈もうとする危機に直面しているのです。
そして兄妹は意を決します。
ラティアスを心配させまいと気丈に振る舞うラティオスですが、明らかに体力は限界です。あと一回でも何か能力を使えば生き絶えてしまうレベルです。
ですが、彼らは街を救うため迫り来る大津波へと立ち向かいます。
この津波ですが、装置の最終兵器、自爆システムのようなものでしょうか。悪しき者もろとも破壊することで何もかもなかったことにする。島の黒歴史も丸ごと水に流そうってわけですか、汚いですね。
しかしこうなった際、ラティ一族が島のために動くことは想定できるわけで、そもそも敢えて動かし新たな犠牲者を生むことでしずくを意図的に再生しようとしてる。そう考えてみると一族は飛んだ畜生なわけですが…
「街が、沈む」
大津波が街へと迫ってきます。
瞬間、息を合わせて真っ直ぐに津波へと飛び立つラティアスとラティオス。
光の球体となった二匹は津波を割らんばかりに凄まじい勢いで突っ込みます。二匹の力で波は打ち砕かれ、辺りには再び潮が満ちていきます。
超余談ですがここで流れる「出撃!」という曲、「光輪の超魔神 フーパ」でアレンジ曲が流れます。あの映画にはラティアスとラティオスが登場(本作の個体と同一化は謎)するのですが、彼らはアルトマーレから召喚された可能性が高いです。私も劇場で聴いた時は鳥肌が立ちました…
■こころのしずく
光の中で目を覚ますラティアス。
目の前にはガラスのように透明になったラティオス。
ぎゅっと、愛する妹の手を握る兄。その体からは鈴のような音が鳴り響く。
目配せで何かを伝えたあと、ラティオスは光の中でさらに眩しく、遠く、高くへと消えて行きました。
ポケモンの映像作品で明確な「ポケモンの死」が描かれたのはこれが初、と言われています。
しかし、ここではラティオスは死んだのではなく、命が尽きこころのしずくへと転生した、と見るのが自然です。
ラティ一族にはガラスのような細やかな羽毛が生えています。そのガラスのように清らかで繊細な心が美しい宝石、「こころのしずく」の正体だったのです。
鈴の音についてですが、ポケモンの世界には「鈴」が数多く存在します。安らぎの鈴、透明な鈴、海鳴りの鈴など…鈴は神秘的なアイテムとしてゲームに登場しますよね。あの鈴の音にそこまで深い意味などないのかもしれませんが、鈴の音には魔除けや神に通ずる意味合いがあるそうです。つまりあの時ラティオスはまさに「神」となっていたのかもしれません。
■青い水の星
一つの命の犠牲を元に再び街には平穏が訪れます。
早朝、海で発見されたのはラティアスだけでした。あの光の正体はラティオスがこの星を飛び立つ際に放ったものだったのですね。
「ラティオスが街を救ってくれたのじゃ」
ボンゴレの表情からは、こうなることは予測できていたそんな風にも読み取れます。彼は一体どこまでこの島の負の歴史を知っているのでしょう…
その時、3度目の「ゆめうつし」が発動します。
ラティオスが映し出したのは、青い水の星。サトシたちが住む世界。それはどこかこころのしずくと重なります。
「お前が見せてくれてるんだよな、ラティオス」
ラティオスが最後に見せた景色は一体何を伝えたかったのでしょうか。自分がこの星を去り魂が昇って行く様でしょうか。
私は、彼が伝えたかったことは、湯山邦彦監督のメッセージに隠されていると思います。
街も、ポケモンも、そして人もまた一つの心の形を持っています。その心が壊れないよう誰かが護っているのです。
『世界中の子供たちに“心のしずく”を届けたい』
監督の言葉と同じように、ラティオスも世界中にこころのしずくを届けたいという思いだったのではないでしょうか。
遠ざかっていく水の星、そして青い光が放たれそれはこころのしずくとなりカノンの手に託されます。
大人の事情でカットされてしまったらしいのですが、カノンにはもっと出番がある予定でした。予告編や公式イラストでこころのしずくの力を使っている?とも見れる描写があります。
しずくは再びあるべき場所へと帰ります。
「この光あったかい」
「ああ」
「世界で一番綺麗な光じゃ」
「ずっと、この街を護っていてね。ラティオス」
■エンディング
ボンゴレに挨拶をしに来たサトシですが、そこにカノンの姿はありません。しかし彼女の部屋には人影が…そっと一枚の絵をイーゼルの上にかけられたスケッチブックから取って行きます。
カノンとラティアスを見分ける手段の一つが帽子です。が、部屋にはそれが置きっぱなしにされています。ニクい演出ですね。
ピカチュウの声のする方を向くとカノンが手を振って向かってきていました。(どっちかわからないのでカノンとします。)
しかしここで流れるbgm、「カノン」という曲なんですよ。ええ…
桟橋まで来たカノンは持っていた一枚の絵をサトシへと手渡します。
そして…
「今のはカノン、それともラティアス…?」
「さあ…でも、いいなぁ!」
どっちなんでしょうね。
ラティアス説が正しいと一時期されていましたがそれはデマだと判明しましたし、本当に視聴者に委ねる形となったわけですが…
私個人の意見を述べますと、自然なのはラティアスです。
劇中でもわかりやすく好意を抱いていましたし、お礼という形のキス(そもそもアレってキスなんか)と考えられます。
ですが、帽子による判別ができない以上カノン説もあるわけで…カノンがラティアスのフリ、をしてサトシにキス?という可能性もあります。が、劇中での絡みの少ない二人がそこまでいく?と思ってしまいます。
カノンが自分じゃ恥ずかしくてできないことをラティアスに代役として任せた(自分で描いた絵は自分の手で渡すのが自然ですが)、とかそもそもキスしてなくてカノンが耳元でそっと何か囁いたとか…(それはなさそう)
ラティアスがサトシに助けを求めにポケセンに来た際、初め変身していたためサトシはカノンと勘違いしますが、すぐにラティアスだと気づきます。
この気づいた要因が仮に体温の違いだとしたら、唇が頰に触れた際の違和感で判別できるのではないでしょうか?
つまり、真実はサトシのみぞ知るのです。
■エピローグ
EDテーマ「ひとりぼっちじゃない」はcobaさんが作曲した「most decision」という曲に宮沢和史さんが歌詞をつけたものです。どちらも名曲…いや神曲です。「most decision」はcobaさんのアルバム「運命のレシピ」に収録されています。
ちなみに、「ひとりぼっちじゃない」は映画バージョンとシングル版に収録されたオリジナルバージョンがあります。2番の歌詞がちょっと違います。
街には新入りのラティオスが二匹加わったようです。あのラティアス一匹じゃ心細いというか心もとないですからね。
(でも、このシーン一匹死んでも変わりはいくらでもいることを示唆してるようでゾッとします。)
反省してない奴らがエンディングでは3人登場します。ボンゴレ、ザンナーとリオンです。
あれだけの事件がありながらボンゴレは古代装置の修復作業を行っていました。もちろん大聖堂内の観光名所でもありますし見た目だけでも取り繕う必要はあると思います。
ですが装置がある限り、また何者かの手によって装置が悪用されるリスクが付き纏うというわけです。仮に反省しているのであれば、ラティ一族へ本当に感謝しているのであれば、恩を仇で返すのではなく、彼らの平和のために尽力することがボンゴレたち一族の最優先事項なのではないでしょうか。
それがない限り、アルトマーレに真の平和は訪れないでしょう。
入所中の怪盗姉妹も、次のターゲットを既に見定めています。しかもジラルダンの財宝。救いようがありませんね。
唯一の平和はカノンが変わらず絵を描いていることくらいです。よく見るとあの桟橋ですね。
この映画でカノンの影響を受け、筆者は絵の道へ進んだとかなんとか…信じるか信じないかはあなた次第です。
アバンもそうなんですが私はエンディングもめちゃくちゃ好きです。野宿したり景色を眺めてたり、どこかへ旅を続けていく…続くったら続く…。
物語の終わりなのに続きを感じさせるこの見せ方は実に無印シリーズらしくてとても好きなのです。
と、またしても長くなってしまいました。
なんだか中途半端な気もしますが、次回「まとめ、番外編」でこの記事は本当に終了です!こんな長文をここまで読んでくださった方、前回の記事も一緒に読んでくださった方はありがとうございました!
彼の心が、彼女と共にあらんことを