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『おもちゃのラッパ』 #aeuのショート

 パチパチパチパチ。パチパチパチパチ。

 かっこいいスーツやきれいなドレスを着た大人のひとたちがステージに現れると、大きな大きな拍手が沸き起こって、それはまるで僕のことも包み込んでいるみたいだった。

 初めて連れて来てもらった大きな演奏会。
 周りを見渡すと空いている席はひとつも見当たらない。会場いっぱいのお客さんがお行儀良く座ってステージの方を見ている。
 たくさんのライトの光がキラキラした楽器にぶつかって、僕の方に跳ね返ってくるからすごく眩しい。

 あの真ん中に立っている人は「指揮者」っていうんだって前に聞いたことがある。
 指揮者が棒を手に持つと、急に周りが静かになった。こんなにたくさんのひとがいるのがウソみたいだ。咳やくしゃみをしたら、みんなが僕を見るんじゃないかと思うと、なんだか少し息がくるしい気がした。

 指揮者の腕が上にあがる。

 パパパーーーン!!! パーーーーン!!!
 ティラリラリーーーラーラーーー♪


 凄い、凄い……!!

 音って耳から聞こえるものだって当たり前に思っていたけれど、もしも僕の耳が聴こえなくても、たぶん音が体にぶつかってくるのがきっと分かると思った。それくらい体いっぱいに音が伝わってくる。


「かっこいい、ボクもあんなふうになりたい!」
 そばで1人の少年がそう言うと、隣で少年のお父さんが「頑張って練習するなら楽器を買ってあげよう」と言っていた。

『かっこいい、僕もあんなふうになりたい!』
 僕だってそう思ったけれど、その時にはもう僕のその願いを叶えてくれるひとは居なかった。



 あれから数日——

 あの少年は今頃、キラキラ輝く立派なラッパを手に、あの大きなステージに立つのを夢見て練習しているのかな。それに比べて僕はというと、こーんなプラスチックのおもちゃのラッパ。僕はあの日以来、演奏会に連れて行ってもらえることさえなくなっていた。
 こんなにも立場が違う。すごく羨ましくて、少し悲しかった。
 おもちゃのラッパでは、あんなふうにはなれない。あんなふうにみんなを笑顔にするような演奏はきっとできない。誰か僕の願いも叶えてくれないかなあ。



***



 そんなことを考えながら、僕はしばらくのあいだ眠ってしまっていたみたいだ。

 グワン、グワン、

 激しく揺り起こされて、目が覚めた。


 パチパチパチパチ。パチパチパチパチ。
「わあぁ!」「上手上手!」
 温かい拍手と歓声が耳に届く。

 隣を見ると、あの時の少年だ。少し大きくなった感じがする。
 手には金ピカに輝くラッパ。

 パパパーーーン!!! パーーーーン!!!

 きっとたくさん練習したのだろう、とても華やかな音を鳴らしている。


「お兄ちゃんだけピカピカでずるい」

 ふと凄く近くで、小さな女の子の怒ったような声が聞こえたかと思うと、瞬間、体に衝撃が走った。

 ガンッ!!!

 痛い——


「こら、投げちゃダメだろ! これはお兄ちゃんが小さい頃に使っていた大事なラッパだよ! それに、おもちゃでもちゃんと音が鳴るんだぞ」

 少年はそう言って、僕を拾い上げると、とびきりかっこよく演奏をしてみせた。

《ラーレミファソラシ―♪》

 目の前では、おじいちゃん、おばあちゃん、おじさん、おばさん、あの時のお父さん、それからお母さん——家族みんなが僕の歌声を聴いて、笑顔いっぱいになっていた。






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