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ヴィンセント・イン・ブリクストン~ストレートプレイの男、正門良規~

正門くんが主演を務めた舞台『ヴィンセント・イン・ブリクストン』の感想です。私は学生時代に外国文化・文学を専攻していた上に印象派の絵画が好きなので、大好きな人が大好きな世界を生きていることがとても嬉しかったです。本作品はニコラス・ライトの戯曲をもとに上演されており、ゴッホが本格的に画家としての道を歩み始める前の出来事を描いています。どこまでが原作通りなのか知りたくて文献を検索してみたのですが、翻訳されたものは出版されていない様子。戯曲と言えば、Aぇ! groupの兄弟グループ(仮)であるふぉ~ゆ~が主演を務めた『23階の笑い』が懐かしくなりました。この時は翻訳されたものを読んでから観劇したので、台詞と演出を色々と比較できて楽しかったです。授業終わりにせっせと通っていました。猿蟹合戦の絵本を抱えながら新宿を走ってたおたくは私だけだったと思う。シソンヌに遊ばれるこっしーがめちゃくちゃ面白かったし、再演までの間こっしーは別仕事がなかったからって「越岡さんだけ一生23階から降りてこない…」っておたくから心配されてたのも面白かった 笑

物語の舞台は1873年のロンドン南部・ブリクストンの下宿屋です。素朴でかわいらしいキッチンで軽快な会話劇が繰り広げられるのですが、このキッチンのセットがとてもかわいくて好きでした。壁に並べられた紅茶缶の中には当時なかったはずのお店のものまであったのでちょっとだけ残念でしたが、アンナが手に取っていた缶はどれもちゃんと紅茶です。どれを淹れても正解だったよ!サムにはまずいって言われちゃってたけど 笑 
一幕では実際に料理をしながら物語が進んでいくのですが、客席までおいしそうな香りが漂ってきてびっくり。グローブ座で自担からおいしい香りをかがされがちな自分に笑いました(ex. 中丸くんの楽しい時間2で突然チョコバナナの香りを嗅がされる)ヴィンセントはいかに自分が無害な人間かをアピールしながらアーシュラのお手伝いを申し出るのですが、茹でたてアツアツのジャガイモの皮を相当な指圧を込めて剥いている姿がシュールでした。ギタリストは指先強いからいけるんかな…とかよく分からんことを考えながら観てた。観劇後に思わずフィッシュケーキのレシピを調べちゃうくらい、このお料理のシーンが好きでした。お手伝いを始める前のフランス語での会話については、ヤンタンで正門くん本人から解説がありましたね。

ヴィンセントは会話を通してアーシュラにあれこれとアピールしていますが、宿から出てきた娘のユージェニーに一目ぼれをしたためにここでの下宿を望んでいます。すがすがしいくらいの下心です。すでにこの宿に暮らすペンキ職人のサムとユージェニーが良い感じになっていることには気づかないまま空回りをしてく姿は、観ていてちょっとだけ切なかったです。自分の気持ちを上手く整理できずにどう伝えれば良いのかと髪を掻き毟る姿や、ユージェニーの前でサムのスケッチを貶してしまう場面では、ヴィンセントの不器用さが表れていて胸がきゅっと苦しくなりました。正門くんに対して感情的な行動をとる印象や対人関係が苦手な印象がなかったので、一点を見つめてわなわなと表情を強張らせる姿や他人を貶めるような言葉を喜々として発する姿がちょっとだけ衝撃的でした。普段私たちが見ている正門くんの姿が穏やかすぎるんだよ…大声出してるのって、よしのりフィーバーの時くらいじゃん……?
その一方で、サムが芸術家をあきらめた「経済的理由」を嘲笑するような場面は妙にしっくりきました。グレショーを見ていても、正門くんってちょっと皮肉っぽい嫌な奴の表情が上手だなと思うことが多くて。本人もピュアな心で世の中を観てはいなそうだし(失礼)だからこそこの場面はイライラしました。だってこの後彼は芸術家として生きていくために自分の弟に絵具やキャンバスの資金を援助してもらいながら絵を描いていくから。色んな問題を引き起こして周囲を困らせていくし、よくもまあそんなこと言えますね…って思ってしまう場面でした。会話の機転は利くのに、自分の感情を上手くコントロールできなかったり悪気なく相手を傷つけてしまったりと、ヴィンセントの難しい人柄を示すような一幕でした。

二幕ではヴィンセントとアーシュラの距離がぐっと縮まります。私の中では、ヴィンセントがアーシュラに愛を説く場面での「あなたが僕に恋をしている間にひとつ聞いてほしい話がある」という台詞がとても印象に残っています。自信があるのかないのか分からないこの言い回しがすごくロマンチックに聞こえました。それからこの場面は生身の二人よりも壁に映るシルエットにぐっときました。エンディングの演出でも思ったけれど、光を使った演出がとても素敵!
距離が縮まった証拠に、三幕になるとアーシュラは喪服ではなく鮮やかなピンクの服を纏うようになるし、にこにこと穏やかな表情をしています。手が触れただけで動揺したかと思えば次の場面ではこそこそと手を繋ごうとしたり、二人の初心な反応が微笑ましかったです。時間が経つにつれてヴィンセント、アーシュラ、ユージェニー、サムのお互いの呼び方が変わっていくのも関係性の変化を表していましたね。二幕と三幕だけ窓辺の花瓶に花が生けられていたのも、アーシュラの心情の変化を表しているようでした。でもきっと、二幕でヴィンセントが種を撒いたはずの花は飾られないんだろうななんて思ったり。
そんな三幕では主にヴィンセントの妹であるアンナが舞台を引っ掻き回すのですが、とにかく足音がうるさいし、声が大きいし、ずっと失礼。こんな家族がいたら堪らないな…と思わずにはいられない強烈なキャラクターでした。もしかしたら国民性の違いみたいなものを分かりやすく表していたのかもしれないけれど。ヴィンセントのことを心配しているとは言いますが、兄さんのため、愛しているから、という言葉の裏にはこれ以上家族に迷惑をかけないでほしいという本音が垣間見えるような気がしました。

四幕はとにかく暗くて重たいです。冒頭で轟く本気の雷が物語っています。あれめちゃくちゃびっくりした!笑 何度か雷の音がするんですけど、とにかく爆音でどきどきしました。三幕序盤までの穏やかな空気は消え去り、再びふさぎ込んでしまったアーシュラとそれを煙たがるユージェニーのとげとげしい会話が観ていて辛くなりました。重苦しい空気の中でも明るく努めるサムが余計に辛かった。そんな険悪な雰囲気の漂うロイヤー家へ久しぶりに顔を出したヴィンセントは、あの頃の面影が全く感じられない風貌になっていました。絵を描くことをやめ熱心に神の教えを説くヴィンセントの姿に失望したアーシュラの表情は痛々しかったです。きっと彼女は絵を描いていたヴィンセントが好きだったし、あの頃の彼と過ごした時間がとても幸せだったと思うから。だからこそ、静かにブーツをスケッチするヴィンセントを見つめる姿がとても美しかったです。ちょっとだけ、希望が差し込んだ気がしました。

ざっくり本編を振り返ってみましたが、本当に観劇後の満足感が凄かった!2時間半もあるストレートプレイということ自体に大分怯えながら劇場へ向かいましたが、あっという間でした。本当に面白かった。
ディケンズの椅子の件はアルルでゴーギャンとお互いの椅子を描くきっかけになったのかなとか、アーシュラの星の話は星月夜を思わせているのかなとか。アーモンドの花の話も、貧しい人々に美しさを見出したのも、全部全部ゴッホの作品のルーツがこのブリクストンにあったのかもしれないと思わされる台詞と演出だったのでわくわくしました。サムがヴィンセントのスケッチを見た時に悟ったというのも、なんだか納得してしまいます。セットにどーんと伸びていた大きな木も糸杉を匂わせているのだとしたら、死の間際にブリクストンで過ごした日々を思い出していたのかもしれない。そんなことを考えながら余韻に浸っていました。
そしてそして、色んなお仕事と並行してこの作品と向き合っていた正門くんを想うと本当に頭が下がる思いです。私はやっぱり歌って踊るミュージカルの方が好きだけれど、正門くんのお芝居が輝くのはストレートプレイの世界だと改めて思いました。これからも私たちを素敵な作品に出会わせてください。本当に本当にお疲れさまでした~!!!

お誕生日おめでとう!!!!!!


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