個人面談のすすめ
冒険家の皆さん、今日も焚き火のそばで相棒と冒険のプランを考えていますか?
さて、昨年末に「むらログ: アナログは冷たく、デジタルはあたたかい」という記事を書きました。ここでは、学習者のデータを学習管理システムなどでデジタル化しておくと、1クリックで個人のデータを見ることができるので、個人面談などの時に非常に便利であるということを書きました。また、 Skype や Google ハングアウトやZoomなどのようなテレビ電話などを使えば、一対一の個人面談も簡単にできるようになっていることを伝えしました。
この記事でご紹介したコースが今年もちょっと前に終わったのですが、事後アンケートでは今年も個人面談の評価は非常に高かったです。つまり、 個人面談を受けた人は、個人面談をやって良かったと思っているわけです。
昨年は個人面談の時間などを決めるのがちょっと事務的に面倒くさかったのですが、今年はCalendlyというツールを導入したおかげで、非常にスムーズにできるようになりました。カナダは広い国なので参加者は色々な時差のある地域に住んでいる人もいたのですが、皆さんはそれぞれの地域の時間で予約をすることができますし、皆さんが予約を入れるとそれが自動的に僕のグーグルカレンダーに入力されるようになります。僕は無料版ですが、有料版にすればこのツール上で決済もできるようになるようです。
このように技術が発展してくると、今の一斉授業を中心にすることが主流になっている教育機関も、今後は知識の伝達やその確認などは各自が自動的に行い、教員の主な業務は個人面談になるのではないかと考えています。 もちろんこうした環境の設定や、学習者同士の議論の場を作ったりするのも教員の重要な仕事であり続けるだろうとは思いますが、少なくとも一斉授業によって全員が同じペースで同じ内容を同じ場所で同じ時間に同じ教師と行うという方法があまりにも非効率であるという認識は徐々に広まっていくのではないでしょうか。個人的にはこうした定期的な個人面談抜きには今後は教師研修や語学教育などはありえないと感じています。
個人面談の効果については、別に僕だけが主張しているわけではなく、例えば Reddingなどによる「“One-on-One ‘Intensive’ Instruction: Faculty and Students Partnering for Success in First-Year Writing”」(一対一の集中的な指導:一年次の作文における成功のための教師と学生のパートナーリング)という論文において、以下のように述べています。
We realize that there may be other models that might be more efficient than ours; however, we strongly believe that one-on-one faculty/student interaction provides a powerful means of engaging these students.
(我々の試みよりも効率的なモデルがある可能性については承知しているが、教師と学生の一対一の交流は学生たちに関わる強力な手段を提供することを我々は強く信じる)
https://scholarworks.gvsu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=2147&context=lajm
【個人面談で何をするのか】
個人面談で何をするかというと、僕の場合は進捗状況の確認と、成果物の評価と、質問の受付の三つが中心でした。
進捗状況の確認は単に「どこまでできているか」ということだけではなく、もし進捗が滞っている場合は、それが個人的な事情ではなく、研修の内容に関わることで進めなくなっているのでしたら、その問題の特定や解決方法などについても話し合いました。
成果物の評価については、やはり直した方がいいようなことを指摘するのも、みんなの前よりも個人面談の方が向いてるように思います。また、こちらが直した方がいいと思ったことでも、その理由などを聞いてみると、実はそれなりに合理的な判断だったりすることもあるので、そうした詳しい情報のやり取りも一斉授業ではなかなか時間的に難しいでしょう。
質問の受付に関しても、みんなの前では質問できないが、個人面談では質問できるというようなこともごく普通に起きているように思います。実際に皆とは関係ない自分だけの成果物の作成で起きている問題について解決するための相談をするのは、一斉授業でみんなの時間を使う場合など、特に他の人に配慮するタイプの人には難しいでしょう。
以上はあくまで僕個人の場合ですが、「コーチングを活かした個人面談とその成果」という論文の中で大石 加奈子は個人面談の内容を以下のように紹介しています。
1.面談の前に信頼関係を築く
学生と対等な関係になる
毎日小さな言葉がけをする
2.最初の面談時に個人の目標を設定する
視線をいつも未来に向けさせる
行動に移すアイディアを出す
3.面談を継続することで問題解決力を育成する
成功体験を語らせる
教員はアドバイスをしない
【変化の背景】
このように個人面談が重要視されるようになってきたことには、主に二つの時代的な背景があるのではないかと思います。
一つは上にも書きましたが、学習管理システムなどで教育の情報化が進む前は、一人一人のデータを見るのがあまりにも非効率だったという点です。もちろん現時点でも電子化されていない教育現場が残っているかとは思いますが、そのような環境では試験ごとに成績の一覧が作成されたり、課題ごとに成果物がファイルされたりしているのが普通ですよね。その場合は得点や成果物を学習者の一人一人を軸に確認するのは現実的ではないでしょう。たくさんの資料を机の上に積み上げて、これから個人面談を行う学習者の情報だけを抽出するなんて、アナログで非効率な業務スタイルを続けているところではまず無理です。
その一方で、情報が電子化されていると、 特に学習管理システムなどを使っていない場合でも、ピボットテーブルなどを使ってその学習者の状況を一目で見ることが可能になります。もちろん学習管理システムがあればもっと楽にそうした情報を学習者ごとに紐づけて一覧にすることができます。
学習者の得点や成果物などを確認しないまま個人面談を行っても、他の学習者と同じような表面的な話しかできませんから、この変化の影響は非常に大きいです。
このように学習管理システムの進化が個人面談を可能にしている理由の一つですが、もう一つはやはり情報化によって個別学習が可能になっていることです。例えば反転授業も最初はビデオで予習をして教室では発展的な練習などを行うようなスタイルで進められていましたが、今ではそれぞれの学習進度に合わせたスピードで個別学習をするためのツールと変化しています。
それ以外にも、教育関係者の間ではOER(Open Educational Resources)と言われていますが、無料で使える質の高い教育的なリソースが豊富に公開されているので、自分の環境に最も適したものを自主的に選んで学習するスタイルも可能になってきています。
このような時代には、くどいですが20人とか40人とかの学習者を同じ場所で同じ時間に同じ教材を使って一人の教師が教えるのはあまりにも非効率です。 実際にアメリカでもカナダでもオーストラリアでも、学校に行くよりもホームスクーリングで勉強する方が成績が良いという結果が出ているのも、こうした一斉授業の非効率さの結果でしょう。
学校の教師の役割は、このような非効率な方法で、他でも無料で手に入れることのできる知識を伝えることではなく、学習者一人一人にきちんと向き合うことではないかと思います。
【よくある反論】
定期的な個人面談を取り入れていない教育現場の先生方の中には、「個人面談なんかしなくても教室の中の会話だけで学習者のことはわかる」と思っている人もいるかもしれません。しかしそれは間違いです。おそらく、そういうことを主張できるのは、もう長い間自分で一斉授業を受けたことがない人なのではないでしょうか。 学習者の立場に立ってみると、自分の言いたいことがどれだけ教師に伝えられないかがわかるはずですから。
もう一つのありがちな反論としては、「必要なのはわかるが、そんな時間はない」というものです。これに関しては今日の記事にも書いている通り、業務スタイルを見直してその時間を作るしかありません。学習管理システムを導入したり、Slackなどのメッセンジャー系のツールで迅速なコミュニケーションをしたりといった方向です。教員同士はもちろん、教員から学習者へ教材などを共有できるオンラインコミュニティを用意していない教育現場もまだあるようです。これらの多くは無料で使えますので、2019年の現時点で導入しない理由はありません。そうしたデジタルツールを使えない教員がいたら、使えるように研修をする必要もあるでしょう。無料で参加できる研修もありますし、嶋田裕子さんのように有料で請け負ってくれるインストラクターもいらっしゃいます。10年前などに比べるとユーザーインターフェースもずいぶん進化していますから、今では教育などの知的な仕事に就いている人なら、誰でもこのようなデジタルツールを使いこなすことができます。
【ビジネスモデルの変化】
このように教育の現場が効率化され、無料の教育リソースなどもアクセスできるようになってくると、それにつれてビジネスモデルも大きく変化しています。その一つが現在どんどん増えている、「語学学習のコンテンツを無料で公開して、プライベートレッスンで稼ぐ」というモデルです。 プライベートレッスンは個人面談とは少し違いますが、知識の伝達などは無料の教育リソースで済ませてしまい、有料のサービスとして一人一人に手厚いケアをするわけですから、個人面談がこうした時代の変化にそっているものであることは明らかではないかと思います。
なお、このように「コンテンツを無料で開放して対面で稼ぐ」というビジネスモデルは、2009年の11月ですからちょうど10年前に出版されたクリス・ アンダーソンの「フリー ―<無料>からお金を生みだす新戦略」という本で 詳しく説明されていました。例えばYouTube などで自分の歌を無料で公開し、コンサートで稼ぐような方法ですね。この当時はまだ僕にとっては未来の話だったのですが、ふと気がつくともう YouTube でもポッドキャストでもこうした無料のコンテンツが、有料のサービスへの動線として、教育の現場でもごく普通に見られる時代になっています。
無料でコンテンツを共有するビジネスモデルについてご存じない方は、上記のクリス・サンダーソンの本と、レイチェル・ ボッツマンの「シェア ―<共有>からビジネスを生みだす新戦略」をお勧めしたいと思います。後者も2010年の本ですから、もはやそれほど新しいアイデアというわけではなく、むしろ今となっては当たり前の概念ですが、2019年という時代にキャッチアップできていないという危機感をお持ちの方にはお役に立てるのではないかと思います。
繰り返しますが、価値があるのはこうしたコンテンツではなく、一対一で手厚くケアをするサービスです。ですから、一対一で定期的に向き合わない場合は、そのコンテンツは無料で世界に公開してしまってもいいのです。実際に僕がやっているオンラインコースでも、カナダ在住の参加者には一対一の個人面談もしていますが、カナダ以外の国からの参加者には、グループを作って自主的に相互評価などをしていただくようにしています。カナダ以外の方にはあまり手厚いケアはできませんでしたが、少なくともコンテンツに鍵をかけてしまうよりはずっといいのではないかと思っています。繰り返しますが、本当に価値があるのはコンテンツではなくて、一対一で相手に向き合うことなのですから。
そう考えてみると、やはり一斉授業は今後は徐々に減っていくのではないかと思います。一対一で向き合うほどの価値はないし、無料で公開されているコンテンツで勉強するのと比べるとやはりコストがかかりすぎますから。もちろんグループで勉強することを希望する人たちもいると思いますから、その場合はそうしたグループダイナミズムが起きる環境を整備した方がいいとは思いますが、教師が対面でコンテンツを提供する必要は全くありません。そんなことをやっている時間があったら、やはり積極的に相手と一対一で向き合うべきだと思っています。
「自分は学習者との血の通った温かいコミュニケーションを大切にするからデジタルツールは使わない」と言っている人もまだ一部にいらっしゃいますが、実はそうではないのです。血の通った人間らしいコミュニケーションをするためにこそ、僕たちはデジタルツールを使いこなす必要があります。もちろんアナログな業務スタイルでも個人面談などは不可能ではないかもしれませんが、それは膨大な業務時間という大きな代償を伴います。あるいは目の前にいる学習者のデータを見ることもなく、表面的にわかりあっているふりをしているだけです。ぜひ教育の情報化で職場を効率化し、学生たちとの血の通った温かいコミュニケーションをしていただければと思います。
そして冒険は続く。
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【参考資料】
むらログ: アナログは冷たく、デジタルはあたたかい http://mongolia.seesaa.net/article/463328816.html
クリス・ アンダーソン 「フリー ―<無料>からお金を生みだす新戦略」 https://amzn.to/2oZ6Igb
レイチェル・ ボッツマン 「シェア ―<共有>からビジネスを生みだす新戦略」
https://amzn.to/36MqD31
大石 加奈子「コーチングを活かした個人面談とその成果」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jseejaarc/2009/0/2009_74/_pdf/-char/ja
八若壽美子「留学生支援としての新入学部留学生個人面談 四年間の面談結果の分析」
http://ir.lib.ibaraki.ac.jp/bitstream/10109/4640/1/201300095.pdf
“One-on-One ‘Intensive’ Instruction: Faculty and Students Partnering for Success in First-Year Writing”
https://scholarworks.gvsu.edu/cgi/viewcontent.cgi?article=2147&context=lajm
Understanding,assessing and developing children’s mathematical thinking: the power of a one-to-one interview for preservice teachers in providing insights into appropriate pedagogical practices
”Analysis of the data suggested that teachers were more aware of the kinds of strategies that children use including their variety and relative level of sophistication,and that the interview and subsequent discussion stimulated preservice teachers to reflect upon appropriate classroom experiences for young mathematics learners.”
https://s3.amazonaws.com/academia.edu.documents/50229714/s0883-0355_2802_2900061-720161110-7692-1a8zoal.pdf?response-content-disposition=inline%3B%20filename%3DUnderstanding_assessing_and_developing_c.pdf&X-Amz-Algorithm=AWS4-HMAC-SHA256&X-Amz-Credential=AKIAIWOWYYGZ2Y53UL3A%2F20191112%2Fus-east-1%2Fs3%2Faws4_request&X-Amz-Date=20191112T234217Z&X-Amz-Expires=3600&X-Amz-SignedHeaders=host&X-Amz-Signature=a7f1e474bbcf84c3400f96ff31fb4cc033b961067659704eca1036d16f6b8008
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