【歌詞翻訳・解説】Il jouait du piano debout(1980)【フランス・ギャル】
昨日1月7日は1960〜80年代に活躍したフランス人歌手、フランス・ギャルの命日でした。(2018年1月7日没)享年70歳、まだ亡くなるには早かったと思わずにはいられません。彼女は天国でも夫ベルジェと共に歌っているでしょうか…。ご冥福をお祈りいたします。
さて、今回はこれまでの記事でも何度か紹介した名曲"Il jouait du piano debout"(彼は立ったままピアノを弾いていた、1980)を取り上げたいと思います。
日本でフランス・ギャルといえば、真っ先に出てくるのはアイドル時代のヒット曲"Poupée de cire, poupée de son"(夢みるシャンソン人形、1963)に違いありません。しかし、フランス・ギャルが本当にその本領を発揮したといえるのは、1974年以降のミシェル・ベルジェとの夫婦共作時代でした。その中でも"Il jouait du piano debout"は最もヒットした曲の一つです。フランス・ギャルの代表曲であるとともに、80年代フランスポピュラーソングのプレイリストに欠かせない名曲だと思います。
公式音源です
こちらは82年のライブでの歌唱です
①概要
"Il jouait du piano debout"は1980年5月にアルバム"Paris, France"(パリ、フランス)の1曲目を飾るナンバーとして発表されました。勿論作詞作曲はギャルの夫、ミシェル・ベルジェです。その後6月にシングルカットされると、この曲は瞬く間にヒットチャート1位となり、80万枚以上の売り上げを記録したとのことです。(参考までに、フランスの人口は日本の約半分です)
歌ったギャル自身は「レコーディングの時、この曲がこんなにヒットするとは思っていなかった」と後に語っています。しかし作詞作曲を手掛けたベルジェや周りのスタッフ達にとっては余程自信作だったのか、アルバムの発売前にジュークボックス盤を作成したり、アルバム発売直後にはジャケットに"Il jouait du piano debout"の文字を入れ直したりと、かなり気合の入ったプロモーションをしています。
※もはやどちらがアルバムのタイトルかわからない「パリ、フランス」の第二版。
曲を実際に聴いてみると、プロモーションに気合いを入れた理由にも納得です。40年以上も昔の曲とは思えないポップでキャッチーなメロディはベルジェ節の真骨頂という感じですし、韻を踏んだ歌詞をビブラートを効かせつつ歯切れよく歌うギャルの歌唱も非常に印象に残ります。(あの舌足らずな「シャンソン人形」とは別人です!)ドラムから入るイントロもカッコいい。歌詞の意味がわからなくても思わず口ずさみたくなるような曲ですが、歌詞も「あるアーティストへのオマージュ」を通した普遍的なメッセージを持つ内容となっており、意味がわかるとより楽しめるかと思います。
②歌詞翻訳
Il jouait du piano debout
(彼は立ったままピアノを弾いていた)
1
あの男が狂った奴だったなんて言わないで
彼の生き方は他の人達と違っていた、それだけよ
一体どんなおかしな理由のためかわからないけど
自分たちとは違う人間を
私たちは目障りに思ってしまうの
あの男に何の価値もなかったなんて言わないで
彼は別のやり方を選んだだけ
一体どんなおかしな理由があるのか知らないけど
考え方が違う人達を
私達は邪魔だと感じてしまうの…
(サビ)
彼は立ってピアノを弾いたの
あなた達には些細なことかもしれない
でも私にとってはとても意味があるのよ
それは彼が自由だったということ
そうすることが幸せだったということ、
誰に何と言われても
彼は立ってピアノを弾いたの
臆病者達が跪き
兵士たちが「気をつけ」をしていても
彼はただ2本の脚で立ち
自分らしくあることを望んだ、分かるでしょう
2
音楽に対してだけ彼は愛国者だった
彼は名誉の戦死を遂げたでしょう、
ほんの数個の音符のためにならね
一体どんなおかしな理由があるのか知らないけど
夢を諦めない人達を
私達は除け者にしてしまう
彼とピアノは時々一緒に泣いていたわ
そばに誰もいなかった時にだけ
一体どんな奇妙な理由のせいかわからないけど
彼の姿が私の記憶に焼き付いて離れないの…
彼は立ってピアノを弾いたの
あなた達には些細なことかもしれない
でも私にとってはとても意味があるのよ
それは彼が自由だったということ
そうすることが幸せだったということ、
誰に何と言われても
彼は立ってピアノを弾いたの
クレイジーなリズムに乗って歌ったの
私にはとても意味があるのよ
それは懸命に生きようと試みるということ
幸せであろうと努力するということ
それはとても価値があることよ
※以下1番のサビを繰り返し
③解説
歌詞を要約すると「どんな時でも自分らしさを貫いた音楽家である『彼』への賛辞」という感じです。「愛国者」「兵士」「戦死」などといった物々しい比喩表現が多用されていますが、これはおそらく「彼」の音楽の並々ならぬ反骨精神を表したものだと思います。(以前の記事で「学生時代に習った時は反戦歌だと思っていた」と書いたのは多分このせい)
しかし、立ってピアノを弾いていた「彼」とは一体誰なのか?この曲を発表した当初、作詞作曲したベルジェも歌ったギャルもそれを明言していなかったそうです。1982年の雑誌のインタビューでギャルは「(1980年にデュエット曲を出した)エルトン・ジョンという噂があるけど違う。『立ってピアノを弾く』というのは、ミシェル・ベルジェ流の『普通とは違う人』の表現」とだけ語っています。
ところが、2004年に発売されたベスト盤"Évidemment"(エヴィダマン)の解説の中で、この曲がアメリカのロックンロール歌手、ジェリー・リー・ルイスへのオマージュだったことが明かされました。不勉強で申し訳ないのですが、私はこの曲のおかげでジェリー・リー・ルイスの名前を知りました…。エルヴィス・プレスリーと並ぶロックンロールの大御所のような方です。映画「トップガン」の挿入歌にもなっている「火の玉ロック」が有名です。
本当に立ってピアノを弾いているし、椅子まで蹴飛ばしています。今ではピアノを使って派手なパフォーマンスをするアーティストは全く珍しくないと思いますが、彼が活躍した1950〜60年代では「ありえない」という感じだったのではないでしょうか。当時はロックといえば専らギターで、ピアノはクラシック音楽を演奏するものでしたし、そもそもロックンロール自体がまだ「不良の音楽」として世間一般に受け入れられていなかった時代かと思います。それでも破天荒な演奏スタイルを貫いたジェリー・リー・ルイスに影響を受け、憧れと共感を抱いたベルジェは、彼へのオマージュとしてこの曲を書いたのでした。
また、この歌詞からは「単なる一人のアーティストへのオマージュ」に留まらず、それを通した普遍的なメッセージをも読み取ることができると感じます。「自分らしくあることの大切さ」「違いを認め合うことの大切さ」等…。これは今現代を生きる私たちにとっても、非常に刺さるメッセージではないでしょうか?YouTubeのコメント欄を見ても、「学校で歌った、とてもいい曲だと思う!」といったような若い学生達のコメントが多く見受けられます。普遍的なメッセージ性を持つからこそ、発表から40年以上経つ今でも愛される曲なのだと思います。
④余談(Google doodles)
この曲は昨年、ギャルの76回目の誕生日(2023年10月7日)を記念して、Google doodlesに登場しています。Googleの検索窓が面白いことになるアレです。
"Il jouait du piano debout"に乗せて、アイドルから本格シンガーへと変身したギャルの変遷を描いたアニメーションが作られており、大変興味深い内容となっています。実際に着用していた衣装が描かれ、ピアノを弾く夫のベルジェも登場しています。なぜか日本語字幕の口調がガラが悪いのも面白いです。
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