ビジネスにも日常生活にも活用できる、生成AIとの向き合い方:漫画家「うめ」の小沢高広先生が語るAIの活用法
2023年に話題を席巻した生成AI。当初は自治体や企業の導入事例が大きく取り上げられましたが、実際に生成AIを活用している日本企業の割合は諸外国に比べてあまり高くありません。
「生成AIにどんな作業を頼んだら良いかわからない」「クリエイターではないので生成AIを使うきっかけがない」というビジネスパーソンの声も聞かれます。
そんな状況を横目に創作活動で生成AIを積極的に活用しているのが、漫画家ユニット「うめ」の小沢高広さんです。小沢さんといえば、自身の生成AI活用について発表した「漫画制作における生成AI活用の現状:2024春」が話題。
そんな小沢さんと、アドビでAdobe Creative Cloudのマーケティングを担う岩本崇が、ビジネスパーソンに知ってほしい生成AIとの向き合い方について話し合いました。
前編はこちら。
<プロフィール>
小沢高広:漫画家ユニット「うめ」の企画・シナリオ・演出担当。作画はパートナーの妹尾朝子(せお・あさこ)さん。代表作は『東京トイボックス』シリーズ、『STEVES』など。現在、eスポーツを題材とした『東京トイボクシーズ』『ニブンノイクジ』などを連載中。個人で『劇場版マシンガーZ/INFINITY』の脚本を担当。電子書籍化に積極的で、漫画家界で先駆け的な存在。日本漫画家協会常務理事でもある(2023年5月現在)。
岩本崇:Adobe Illustrator / Photoshop / InDesignなどのデザインツールを担当するマーケティングマネージャー。一貫して広くデザイン、印刷市場へ最新製品を訴求。Adobe FontsやAdobe Fresco、Creative Cloudで新たに追加されたサービスやツール、モバイルアプリにも注力をしている。
アイデア出しやキャラクター設定など生成AIを漫画に積極活用
「うめ」は、小沢さん・妹尾朝子さん夫婦による漫画家ユニットです。小沢さんは漫画業界で先駆けて作品を電子書籍で出版、クラウドファンディングにより自作の英語翻訳版制作を実行するなど、新しい試みに挑戦しながら魅力的な作品を多数生み出してきました。
そんな小沢さんは、2018年ごろから創作活動におけるAI活用を模索していました。2022年には国内の商業漫画家として、ご本人曰く「おそらく初めて」画像生成AIが生み出した成果物を活用。ChatGPT登場時には、編集者のようにアイデア出しの壁打ち相手になってくれるチャットボットを開発し、物語の導入部のアイデア出しやキャラクター設定などを“相談”していたそうです。
「生成AIをさまざまな場面で活用しています。デザインやネーミングなどとにかく膨大なアイデアが必要なときに提案してもらったり、画像生成AIの場合は構図のアイデア出しやトレース用の風景素材などを写真のように描いてもらったり。作りたいイメージをプロンプトで指示すると、写実的に描いてくれるので、スタッフとのコミュニケーションも非常にスムーズになりました」(小沢さん)
「苦手なことはAI、得意なことは自分」がAIと幸せな関係性を築くコツ
岩本が小沢さんに「AIが得意な領域と、クリエイター自身が手を動かした方が良い領域はどのように分けているのでしょうか」と質問しました。
小沢さんはこれに対し「苦手なことはAIに任せ、得意なことは自分がやるというのが基本です」と即答します。
「現在『ピッコマ』で連載している『南緯六〇度線の約束』では、第二次世界大戦後のロシアに占領された北海道を描いています。作品では日本語になったロシア語ルーツの外来語が出てくるのですが、ロシア語を知らないので良いネーミングが思い付かないんです。そんなとき、ChatGPTに大量のネーミング案を出してもらいます。それに僕の場合、絵が上手いわけではないので、スタッフにトレス作業をしてもらうための写実的な素材を画像生成AIにつくってもらっており、とても助かっています」(小沢さん)
作画を担当する妹尾さんも「自分からは出てこないデザインのアイデアが出てきて助かる。おじさんを描くのは得意なんだけど、メカとかは本当に苦手でいままでつい避けがちだったので」と話しているそうです。あまり描きなれないものでも、生成AIがつくった見本があれば作画できるので、表現の幅も広がります。
もちろん生成AIが“苦手”とする分野もあります。小沢さんによると、いまの画像生成AIの技術では漫画の絵のタッチをなかなか再現できないそうです。また写実的な画像でも、よく見ると全体のバランスが崩れていることがあるため、人の手による修正作業は欠かせません。
生成AI「だけ」で漫画を描くのは不可能、面白い漫画を描くのは人間の領域
また小沢さんは、最近登場した若い漫画家の活動にも変化が現れたと話します。
「最近は画像生成AIで作った絵で漫画作品を発表する漫画家が増えています。コマ割りをしてネームを描いて、それに合うキャラクターや背景を出力したあと、画像処理ソフトで漫画のページをつくっていくんです。そんな新しいスタイルの漫画家の悩みは『どうやったら漫画として面白くなるのか』ということでした」(小沢さん)
悩んだ末、彼らが改めて勉強を始めたのが「ネームの技術」だと小沢さんは話します。ネームとは、漫画原稿を描く前にページをコマ割りして、キャラクターや背景の配置、表情、角度、セリフを大まかに描いた下描きのことです。
「実は漫画で絵よりも大切なのは、コマ割りとセリフとキャラクターの配置なんです。1ページごとの時間の流れ、コマの進むスピード、1コマの中の時間の流れと、時間軸をコントロールしてリズムを付けることで漫画は面白くなります」(小沢さん)
生成AIが進化すると人間の仕事が奪われてしまうのでは、と心配する声も聞かれますが、小沢さんは「いまの生成AIに『コマ割りをして意味が通じる漫画を一発で描け』と命令しても不可能です」と断言。「ましてやそれが面白い作品になるなんて夢のまた夢。そこは人間が考える領域なんです」と強調しました。
クリエイターではないビジネスパーソンは生成AIとどう向き合うべきか
岩本には、以前から気になっていることがありました。それは「クリエイターではない、一般的なビジネスパーソンは生成AIとどう向き合っていけば良いのか」ということです。
「やはり、自分が苦手とする分野で生成AIの力を借りるところからスタートした方が良いのでしょうか」と尋ねる岩本に、小沢さんは「僕は今日の晩ご飯のメニューを決めてもらったりしますね。毎回家族に聞くと、うっとうしがられるので(笑)」と、日常生活でも生成AIを活用できることを示しつつ、「せっかく生成AIというツールを手に入れたのだから、いろんな人がクリエイティブをつくってみると良いのでは」と提案します。
「『絵が描けない』という理由でクリエイターを諦めていた人も、生成AIを活用すれば秘めた才能が開花するかもしれません。漫画が好きで、子どものころにノートに漫画を描いてみたけれど、描き始めた途端に『この絵じゃない』と思ってやめた人もいるでしょう。それで諦めてしまうのはとてももったいない話。いまの時代、もし絵が苦手ならAIを使えば良いんです」(小沢さん)
料理も仕事もクリエイティブ活動、誰もが生成AIを活用できる
小沢さんは「そもそも、何もクリエイトしていない人なんていない」という考えです。
「料理ひとつにしてもそう。お店で食べるメニューの方がおいしかったとしても、自分で作ること自体が楽しい経験ですよね。なので自分のことを非クリエイターと分けるのではなく、何でもやってみると良いと思います」と小沢さん。岩本も「普段の仕事で行うプレゼンテーションにしても、文章や図を使ってたくさんの人に情報を伝えていますよね。そうすると、伝え方を工夫したり、わかりやすいイラストを描いたり、試行錯誤しながら話し方を考える。どの職種にしろ、日常的に誰しもがクリエイティブ活動を行っていますね」と同意しました。
小沢さんは、身近な生成AI活用法として「プレゼン資料の作成時に利用するのも良いのでは」と勧めます。ポイントは、ITツールに不慣れな人でも使いやすい生成AIを選ぶこと。中でも「Adobe Fireflyは、生成AIに慣れていない漫画家でも使いやすい」と太鼓判を押してくれました。
「ビジュアル面はAIに任せて、自分の頭は内容やストーリーを練る分野に使ってみるとか。漫画もそうなのですが、自分が思い描いていたものをちゃんと形にできたときや、全体がピタッとはまる良い構成になったときは、何とも言えない気持ち良さがあるんです。ぜひ日常のクリエイティブ創造に生成AIを取り入れて、その気持ち良さを体験してください」(小沢さん)