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予備役、後備役、退役

 いまやっている連載のためにウィキペディアも参照することがあるのですが、予備役と後備役と退役の違いがわかってないんじゃないかと思うような記述が目立ちます。あからさまに間違いが書いてあるわけではないのだけど、本当にわかっているならそうは書かないだろうと思うのです。例えば某大将について、現役時に何々の職をつとめた、との記述のすぐあとに何年何月何日に退役したと書かれていたりするのです。
 日本軍の服役制度に詳しくない大多数の人にとっては違和感はないのでしょう。しかし日本軍では通常、現役からいきなり退役になることはないのです(絶対に無いとはいいません)。全部の履歴を網羅する必要はないという反論もあるでしょうが、ではなぜ退役だけを抜き出したのでしょうか。退役はそれほど重要なのか、自分にはそうは思えません。

 整理してみましょう。なおこれから書くことは高等武官(士官)を前提としています。
 まず高等武官は終身官です。軍から退こうが何歳になろうが官(=階級)を保持します。したがって「元海軍大将」などの肩書きは普通ありません。あるとすれば犯罪を犯して有罪となり懲戒免官になるか、不祥事を起こして依願免官になるかのどちらかで、いずれにせよ不名誉なことです。

 高等武官の服役は四種類に分類されます。現役・予備役・後備役・退役です。
 現役は常時軍で勤務します。
 予備役と後備役は、通常時は軍を離れていますが、戦時などには召集される可能性があります。
 退役になると召集されることはありません。

 予備役と後備役は何が違うのでしょうか。それは年齢です。
 階級ごとに現役定限年齢が決まっています。例えば海軍大将は満65歳です。現在の定年と考えてください。この年齢を超えて現役として勤務することは原則としてできません(戦時などには特例があります。以下同様)。
 現役定限年齢に達すると後備役に編入され、現役を離れます。後備役期間は5年で、このあいだは戦時や演習時に召集されることがあります。召集されると決められた期間を軍で勤務することになりますが、現役になったわけではありません。あくまでも「召集された後備役」なのです。
 現役定限年齢を超えて5年経ち、後備役期間が終わると退役になります。退役になると召集されることはなくなりますが、既述のとおり階級は終身保有しています。厳密に言えば「退役海軍大将」などとなります。

 つまり現役軍人は現役定限年齢に達すると後備役に編入されて現役を離れます。召集に備える必要はありますが、普段は仕事はなく俸給も出ません。そこから5年経って退役になったとしても、召集に備える必要はなくなりますが仕事がなく俸給がもらえないことには変わりません。後備役編入による離現役と、退役を比べたときにどちらが重要かと言えば前者でしょう。

 ただし軍隊ではすべての士官に現役定限年齢まで仕事と俸給を保証してくれるわけではありません。世知辛いことですが常に新陳代謝を必要としている軍隊という組織では、予算やポストの関係で現役定限年齢に達していなくてもお引き取り願わなくてはいけないケースが増えてきます。のちにはそれが普通になります。
 現役定限年齢に達する前に現役としての勤務を終える場合は、予備役に編入します。予備役に編入されると仕事はなくなり俸給も出なくなります。召集される可能性は後備役と同様にあり、若いだけあって確率はむしろ高くなります。予備役には決まった期間はありません。現役定限年齢に達するまでが予備役期間となります。現役定限年齢に達すると自動的に後備役に編入されます。この場合は後備役編入ではほとんど何も変わりません。役務の名称が変わるのと、召集される可能性がほんのちょっぴり下がるかもしれないというくらいです。現役を離れる予備役編入のインパクトが大きくなります。

 いまここにひとりの海軍大将がいるとしましょう。某部隊の長官を現役軍人としてつとめていました。しかし62歳に達したある日、後輩に職を譲ります。適当なポストの空きもなく、現役を離れることになりました。予備役に編入され、部隊からは盛大な送別会で見送られ、長年奉公した軍から離れます。退職金はありますがもう俸給はもらえません。召集に備えて連絡がつくようにしておく必要はありますが、再就職するのでなければ隠居生活になります。機密に触れない範囲で回顧録でも書きましょうか。終身官というのは機密を洩らさないという意味もあるのです。幸い召集されることもなく無事に65歳の誕生日を迎えました。この日をもって後備役に編入されましたが生活は何も変わりません。さらに5年が経ち古稀(70歳)に達したので退役になりました。日々の生活は変わりませんが、夫婦で客船に乗ってちょっと長い旅行にでも行こうかな。もう召集されることはないので海外旅行の届けも不要になったことだし。そんなことを考えていたら勲章をいただけることになりました。タンスの奥から海軍大将の礼装を引っ張り出して授与式に着ていくことにします。退役とはいえ海軍大将であることは間違いないのですから。

…といった具合です。

 ではもし機会がありましたらまた次回お会いしましょう。

(カバー画像は海軍大将の礼服〜伊東祐亨)

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