妖精の森
人里離れた森の近くに私の家がある。
おじいちゃんと私で暮らしているその家は。
すっごく不便だけどすっごく快適だ。
おじいちゃんはすっごく嫌なことがあって
わざわざこんな車で街まで時間かけないと来れない場所に家を建てた。
しかもここは外国。周りの声は外国語。
もちろんおじいちゃんはお金がありさえすればなんとなく買い物ができるため、ほとんどその国の言葉を話すことができない。
そんな変わり者のおじいちゃんの孫の私もまた変わっていた。
ある時私の中であらゆる事に耐えられなくなった瞬間があった。
会社の有給を全部使い、ちょっと悪い気もするが忌引き休暇も使った。 孫娘だけは大好きなおじいちゃんにたくさん歓迎されて、近くの森には妖精が住んどるんじゃよ。ホッホッホ。
なんて、異国の地で完全にキャラクターが変わったおじいちゃんとお話しをして。
おじいちゃんには本当のことは言えなかった。
私にも何でそうなのかわからなかったし
いろいろ思い出すと。その。泣く。
それから件の森に行ってみる事にした。
「森って意外と暗いんだぁ」
なんて、都会育ちの私は感嘆を漏らした。ここなら確かに妖精が住んでいるかもしれない。と思ったと同時に「いやいやそれはないか。」と独りごちる。
でも、すっごいマイナスイオンとかパワースポット感はある。止められていたけど、少し奥まで進んでみた。
足元でなにかが当たった。暗いが大きいのはわかる。
「なんだろうこれ…」と持ち上げようとした瞬間。
「それを返してくださいっ!」大きな声が森の中をこだました。
ん、ちょっとまてよ。日本語ですか。異国の人里離れた森で日本語。でも姿が見えない。
「ごめんなさい。私。あなたの事が見えないの。」
この声の感じからして向こうは少女だ。
どこにいるの?と丁寧に声をかける。
少しの間を置いて「う~、しょうがないわね…」と少女が言うとぱあっと丸い明かりがついた。
「え…なに…これ…」
「初対面でこれですか! わたしが小さいからってあんまりですよう!」
少女の柔らかくも怒った声が聞こえる。
でも会話がかみ合っていない。だがなにより私が驚いたのは少女が小さく、フリフリのドレスを着て羽が付いてて…だぁぁぁぁもうめんどうだ!妖精です!おじいちゃん!妖精がいます!本当に妖精いました!可愛いです!持って帰ってもいいですか!?
「それは困ります、人間さん。本当は人間に会ってはいけないという決まりなのです。」
「えっ…」なぜ心で思った事が分かったんだろう。
「今、なんで心の中で思ったことがわかったのか、って思っているでしょ? わたしたち妖精には人間の心の声が聞こえてしまう能力があるの。でも、ごめんなさい。何も考えないでください。……というわけにもいかないんですよね…あの…そのクリスタルをタダで返してくれたら私はすぐにどこかにいきます。」
「はい。どうぞ。今度はなくさないでね。」
面食らった妖精さんが口をパクパクさせている。
「あの対価とか要求しないんですね。あの、あの、ありがとうございます!」
妖精さんはなんどもお辞儀をする。
「私の名前はアリシア・ロゼっていいます。なにもお返し無しなんて、私の両親が聞いたら泣いてしまいます。」どこまで可愛いのだこの妖精さん。
「えーと、お返しはいいかな。私はそういうのはいいの。ごめんなさい。でも私とお友達になってくれたら嬉しいな。私の名前はナツっていいます。…どう…かな?」またもぽかーんと妖精さん。
「そんなことでいいのですか! ナツさん! お友達こちらからもどうかよろしくお願いします!!」
「いいよ、いいよー、敬語はなしだよ。私たち友達になったからね。」
「ナツ、私の事はアリアって呼んでね!」可愛く握手した。
「ねぇナツ。あなたの望みはないの?」小首をかしげるアリア。
あるといえばあるが、妖精さんにはどうすることもできない悩みだ。「あっ……」アリアの言葉がよどむ。はて?と私。「ごめんなさい。あなたの、そのいろんなこと、たくさんのこと。流れ込んできちゃった。聞くつもりはなかったの。ごめんなさい。」
心を読まれたのか。でも読まれる分には大丈夫だ。
そんなものはこの気持ちに比べて辛くないから。
それを見越してアリアが言う。
「ねぇ…どうかな…私が人間になるのは難しいんだけど、同じ妖精になってもらうなら、心は読めなくなるの…数時間で魔法は解けるけど…」
「ま、魔法ですか! 外国にはファンタジーがつまっているんだね、アリア! もちろん私は妖精に…そうだね。人間以外になりたい。」
少しの時間目を丸くしたアリアが悲しい顔でうつむいた。また心を読まれているのかな。
「じゃあ、準備はいい?」私はコクリとうなづく。目を閉じてあけた瞬間だった。なんだか感覚が違う。
「私、妖精に本当になったんだ‥あっ数時間で人間に戻るのか…」空からアリアが降りてきた。
「ナツ、どうかな? なにかおかしなところはない? かゆかったりとか? 一応滅多にかけない魔法だから」
「大丈夫だよアリアなんだかいい気分。」
ぐうっと背筋を伸ばす。するとなにか当たる。
「あっそれは羽よ? でも一時的な姿で飛ぶのは危ないからダメ。」
「そんな~」妖精になって飛んでみたいとこの会話がはじまる5分前くらいにはもう思いついていたのだ。ああ、一瞬で夢やぶれた。
すると察したようにアリアが心配そうに言う。
「私と手をつなげば魔法で飛べるよ?」
「飛びたい! 飛びたいです!私飛びたい!」アリアはクスクス笑って手をこちらに向けた。握手の時とは違うつなぎ方。
「じゃあ飛ぶよ! ナツ!」一瞬のタメのあと「本当に飛んだぁ。」感嘆だった、風が気持ち良い一緒になって文字通り飛び回って遊んだ。
アリアは森のいろんなところ、おいしい蜜とか木の実とかを教えてくれて食べて、それから森の上に今いた。夕焼けが沈む。
森の中で一番古いという木の枝に二人で座った。
「ねぇナツ。」
うんと私は答えた。
「ナツと私は今日でお別れ。二度会う事はないの。会ってはいけないの。」
私はわかっていたことだったが悲しくなった。
「あの…さ。アリア。あなたのおかげで、いろんなこと忘れられて楽しかった。」
「それは嘘ねナツ。私たち考える事ができる動物はそんなに簡単に物事を忘れる事はできないわ。」
「うっ…うっ…あのねアリア、私、本当にもうだめかと思ったの。今度ばかりはダメかと思ったの! なにもかも嫌でここに来たの!」うんうんと私の声を聴いてくれる。それからも泣き止まない私の背中をさすってくれた。
「ナツ、忘れないで、私はあなたの味方よ。でもねあなたの味方はたくさんいるの。ただそれに気が付きにくいだけ。」
私は誰も思いついてはいない。けれど…快く宿を貸してくれたおじいちゃん…行ってこいといってくれたお父さんお母さん…。
ちょっとの間を置きアリアが話しだす。「私が味方だっていう証拠に、このリボンをあげるわ。あなたが望むのなら、これを触媒にしてあなたのとこにすぐに飛んでいくから。」長い長いリボンだ。
「ね。泣き疲れたでしょう?今はゆっくり休むの。」私は背中をアリアにさすってもらって温もりを感じていたため、眠くなってしまった。
そうして次に目をあけた時にはおじいちゃんの家の借りている部屋のベッドの上だった。「アリアどこ!」大声が響き、そのあとシンと静まる。お礼どころかお別れの言葉も言えていないのに。
すると手になにか感じる。
「アレ……リボン?」やっぱり夢じゃなかった。
アリアと私はどれだけ遠くてもとっても近くにいるんだ。そう強く思った。
それから数年後。私は日本に帰りあまり変わらず真面目に生きている。そして。化粧箱の中の特等席に今も使っていないリボンがまだそこにある。