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別人になってしまった夫
モトットが出ていってから、まもなく二週間が経とうとしていました。私は相変わらず毎日、オープンチャットやclubhouse、専門書で双極性障害について学び続け、症状や薬、そして躁状態の当事者への対応法を深く理解しようとしていました。
有効な手を思いついても、決して楽観視せず、さまざまな手段を考えておく。その大切さを痛感する日々でした。一度は、ショックで思考停止に陥りましたが、すっかり回復し、私の本調子が戻ってきました。もはや「失敗するもの」という前提で動き、失敗したら「はい!!次!!」と切り替えができるようになりました。
躁状態の当事者と向き合うには、これくらいの柔軟さが必要なのかもしれません。彼らの記憶や思考は断片的でまとまりがなく、それに振り回されていては対応しきれません。結局のところ、「折れない心を持つこと」こそが、家族としての最大の努力なのではないか——そんなふうに思い始めた頃でした。
通院させる前の下準備
通院を拒否してきたモトットを、ようやく病院へ連れて行くことができる――。この貴重な機会を最大限に活かすために、最も重要だと考えたのは、彼の症状や言動を時系列で整理し、具体的に記録することでした。
双極性障害は、本人が自分の異常に気づきにくい病気です。そのため、診察時に本人の口から症状を説明させるのは、正確な診断を得る上で適切ではありません。
今回の診察には義母が同行します。しかし、モトットの前で義母が症状を説明すると、彼が義母を「敵」と見なしてしまう可能性があります。それは今後の対応において避けるべき事態でした。そこで、私は日付を記した詳細な症状の記録を作成し、医師がモトットの躁状態の進行度を正しく判断できるようにしました。
もう一つ、重要な問題が服薬についてです。
オープンチャットで相談した際、モトットが服薬を拒否していることを伝えました。その時、「デポ剤」の存在を教えられました。デポ剤とは、筋肉注射によって薬を投与し、徐々に体内へ溶け出すことで長期間効果を持続させる薬です。これなら、毎日錠剤を服用する必要がなく、服薬拒否のリスクを減らせると考えました。
そこで、以前主治医と電話をした時に、
「次回の診察時にデポ剤を処方していただくことは可能でしょうか?モトットは錠剤の服用を拒否しています」
と相談しました。しかし、主治医の答えはNOでした。
理由は、モトットがまだ錠剤でこの薬を試したことがなく、副作用の有無を確認する必要があるため。まずは錠剤を服用し、副作用が出ないことを確認した後でなければ、デポ剤の処方は難しいとのことでした。
せっかく掴んだ通院の機会でしたが、服薬についてはモトットが医師から処方された薬を飲むことを願うしか方法がないということがわかりました。
ついに通院が叶う
私は再びクリニックを訪れ、モトットの症状を詳細に記した書類を持参しました。そして、受付でその書類を渡しつつ、「この書類を渡したこと、そして私と義母が事前に来院したことは、モトットには伏せてください」と伝え、クリニックを後にしました。
義母はモトットとの待ち合わせ場所へと戻り、私は二人と鉢合わせしないよう、近くの喫茶店で待機。無事に診察が終わることを確認するまで、その場を離れませんでした。今回、ようやくモトットは診察を受けることができたのです。
義母は、この診察のやりとりも録音していました。診察は長引き、モトットはとめどなく話し続け、一時間にも及びました。医師は何度も診察を切り上げようとしましたが、モトットは自身の考えや提案を次々と語り続け、次第に医師の苛立ちが募っていくのがわかります。
「あなたは双極性障害Ⅰ型です。自分ではそうは思えないかもしれませんが、周囲から見ると、あなたの状態は明らかに異常です。この病気の特徴は、自分で気づけないこと。今は入院が必要なレベルです」
そう医師ははっきりと告げました。しかし、モトットは「仕事をしなければならないので」と入院を拒否。それに対し、医師は「それならば、必ずこの薬を毎日飲んでください」と強く念を押しました。
処方されたのはエビリファイ。この薬は服用量によって作用が異なり、多く飲めば躁を抑え、少なければ鬱に効果を発揮するという不思議な特性を持っています。義母はモトットに付き添い、薬局で処方薬を受け取りました。
なんとか通院まではこぎつけたものの、医師の言葉をもってしても、モトットを入院させることはできませんでした。これまでの経緯を考えれば、簡単にはいかないことはわかっていたものの、やはり現実は厳しい――戦いは、まだ終わらないのだと、改めて思い知らされました。
この人は誰なんだろう?
その後、義母とモトットは近所のカレー屋でランチをしていました。その時の会話が録音されたボイスレコーダーを、私も聞かせてもらいました。
録音の中で、モトットは何度も「やばい。逃げられるだろうか。ああ、最悪や」と繰り返しつぶやいていました。店員に対しても強い口調で話しており、さらには並んでいる最中に舌打ちをする音まで入っています。
かつてのモトットは、誰にでも優しく、お年寄りには丁寧に接し、営業の電話にさえ穏やかに対応できる人でした。それなのに、今目の前にいる彼はまるで別人。録音を聞きながら、私は改めて思います。
「この人は一体、誰なんだろう?」
記憶の中のモトットを必死に思い出そうとします。しかし、目の前にいるのは、鋭く吊り上がった目で暴言を吐き続ける男。その向こうに、あの優しい笑顔のモトットがいるなんて、とても信じられません。頭の奥がじんじんと熱を持ち、混乱と不安が入り混じります。
これが単純な一つの原理で説明できるとは思えません。そもそも、私は躁転したモトットと結婚したわけではない。そうであるのに、家族という責任を背負いながら、今や全く思考の読めない彼を、なんとかコントロールしなければならない。彼は私への攻撃をやめる気配を見せません。それでも私は、彼が自らの人生を壊さないように、そして社会に迷惑をかけないように、何とか食い止める必要があるのです。あまりにも過酷です。
その後、モトットは「薬を飲む」と約束し、義母は孫と面会を果たしたうえで実家に戻ることを信じ、また熱海に向かいました。2/1のことです。
女性の影がチラチラ
この頃、私にはひとつ気がかりなことがありました。
2日に一度ほど、深夜3時ごろになると、モトットが置いていったiPadが鳴るのです。どうやら、彼のiPhoneに誰かからFaceTimeの着信があるようでした。画面に表示されるのは、女性のものであるとわかるiCloudのメールアドレス。そして、頻繁に通話が行われている形跡もありました。
頭には性的逸脱の文字が横切ります。
疑いを持ちながらも、私はまだ彼を信じたいという気持ちを捨てきれずにいました。けれど、その一方で、心の片隅ではひとつの覚悟を決めつつあったのです。