散文55
切手の裏を舌の先でなぞる時に、触れた部分に
切手を購入した際の、担当者の指先が触れていたとする場合
私の舌先は、担当者の指先の分子を幾らか掠めていくのか、といったことを考える内に春は終わっていた。春の間は、会社の雑務と創造の間を行き交い、その隙間でその心配事を温めていた。暖って名前いいね、と言った女子の歯並び。整っていた。
切手の表には、緑色の和鳥がデフォルメされている。和鳥の顔が間抜けているので、裏返して舌先を触れさせた時に、私の顔もあのようなものだ、とわかる。画家が祝日に絵を描かないなら、画家は画家ですらないだろう。画家に祝日などなく、画家に休日などないから、画家なのであって、私は一端の会社員。一人前に、普通の暮らしと普通の幸せを求めていることを、気持ちが悪いと嫌った日々もあった。今はそうでもないし、そういう若さも醜いね。音速でビヨンドしたい。
赤いポストには、私の書いた書簡(切手が貼られている)がすっと吸い込まれていった。音などするのか、と思ったが、立てたのはポストの投函口の扉の開閉音がカラン、と鳴るだけ。私の書簡を開いた人は、私の書簡の切手などを切り取って、それをまた舌先でなぞるような真似はしないだろうか。私の舌先と、人の舌先との分子が交流する日が近い。
私の排泄した水が再び雨となり、川を作る日が来るなら、私の
いなくなった日でも、私がいた感じで、ああいうことをやれたらいいし、
私のいない土の上で、私の排泄した水の分子が、植物の身体を通っていくなら、植物への愛も認めて貰える。書簡に書かれた住所は、私の住所。流し込む泥が、身体の先を温めていた。
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