記事一覧
「メガネ初恋」#毎週ショートショートnote
私にメガネは似合わない。
それは昔から漠然と、そして実体験として持っていた感情だった。
私は人より目が悪い。そんな私に釣り合うメガネは限られている。そして何より、分厚いレンズを通した私は何とも醜悪で、毎朝出会うそんな私が嫌いだった。
だから、高校生になる頃に、私はコンタクトに変えた。これでもう、眼鏡屋に言われるがまま、受け身で掛けていたメガネから、そして本当の自分を問いかける毎日から解放され
「草食系男子に教えられたこと」#毎週ショートショートnote
肉食系。
という人々が、過去にいたそうだ。俄には信じ難いその人々の噺を、私は近隣にただ一人の老爺から何度も聞いてきた。
しかし、今となってはその戯言も、あるいは本当の事のように感じる。ある時から人類は、セイショクという行為をしなくなったそうだ。それは子を成すプロセスであったけれど、科学技術がその代替となった。ただ、次第にそれすらも行われなくなった。
人類は種の存続を放棄したのだ。私は、広い土
「大増殖天使のキス」#毎週ショートショートnote
沸き立つ席の中で、その男だけがムスッと酒を喰らっている。テレビから聞こえてくるのは、正しくこの男の名前である。
男は何十年も鱚漁だけを生業としてきた。男には鱚の事しか分からない。ただ、何より鱚に情熱を注ぎ、愛情を持ってきた。
男が巨大な鱚とキスする夢を見たのは、そんな生業に限界を感じていた時である。「ダジャレでも何でも構うもんか」と、『天使の「キス」』と名付けた商品を投げやりに売り出した所、意
「失恋墓地」#毎週ショートショートnote
「失恋供養、承ります」
午前一時を過ぎた公園で、呆然とSNSを巡る私の検索ワードにヒットしたのは、そんな文言であった。
その寺は、SNSを中心に近頃ちょっとした名所となっている様である。色々と考え付くものだなと、私は俗な思いを抱きながらも、どこか感情の吐口を見つけたような気がした。
「当山では、皆様の古い愛執を断ち切り、新たなご縁を結ぶお手伝いをさせて頂いています」
若い住職はそう語ると、
「二次会デミグラスソース」#毎週ショートショートnote
午前0時を回ろうとする四条木屋町のそのバーで、私は今年もこの女の愚痴に付き合っていた。座りきった瞼を開くつもりもなく、うんうん、と彼女の話しを受け流す私をみて、マスターは手際よくチェイサーを差し出す。毎年この時期にしか訪れる事のないこのバーで、それでも私はすっかりこの熟練の老紳士と気心の知れた仲となっていた。かつての仲間達との新年会で、いつも漠然とした耐え難さを共有する二人の逃げ場は、決まってこ
もっとみる掌編小説「白い髭を蓄えて」
夜の繁華街に、サンタクロースが立っている。何とも髭の似合わない、いや、そもそも髭など生えるはずのないそのサンタクロースは、こそこそと身をよじりながら、健気にも道行く大人たちに声をかけ続けている。何かのキャンペーンなのだろう。私は、その可愛いらしいサンタクロースにしばらく目を奪われた。
クリスマスなど、もう何十年も意識してこなかった。毎年人手の少なくなるこの日は、私にとって年に数回の稼ぎ時の一
「執念第一」#毎週ショートショートnote
僕が生まれた日の事を、僕はよく覚えている。あなたの強い想いから、僕は生まれた。
あなたは毎晩その小さな身体で、目に一杯の涙を溜めながら、やり場のない感情を僕だけに打ち明けてくれた。その小刻みに震えた腕の中で、電池の切れた様な深い眠りの、その強い抱擁の中で、僕は目覚めた。
僕だけが本当のあなたを知っている。あなたはとても責任感が強くて、頑張り屋で、そして繊細だ。
僕の小さく、綿の詰まっ