自分の事業を持つことのススメ
2024年6月、リクルートという会社を辞め、アパレルブランドを軸に会社を設立した。
副業OKの会社だったため、平日のスキマ時間、土日を活用して自分のアパレル業を育てながら、さらに本業で身につけたスキルを活かして副業を並行し、資金を稼いだ。
その資金をアパレルブランドに投資しつつ、リクルートでの本業も中堅社員として責任を持ちながらこなした。
こんな生活を続けた辞める前の数年間はかなりハードな時間を過ごした。
振り返るとこの経験が大きな転機になったと感じている。
当時は気づかなかったが、確実に自分の中で何かが変わり始め、少しずつ全てがシンクロしていった。
この経験で重要だったことはこの二つ。
今の時代、1の副業をする人は多いかもしれない。
しかし、私にとってのゴールは単にお金を稼ぐことではなく、自分が描いたより良い未来をこの世の中に生み出すことだった。
そのためには、他人から労働対価として収入を得る1だけではなく、自分の資金を投じるという2のステップが必要だった。
「身銭を切る」という経験は、普通の会社員生活や労働収入を得る中ではあまりないかもしれない。
例えば、仕事に必要なツールとしてカメラやPCを買うことやビジネススクールに通う、などはあるかもしれないが、事業そのものに自分の資金を注ぎ込むというのは全く違う経験だと感じている。
自分の資金を投じるということは、何かを主体的に始めるということだ。
投資したお金は戻ってこない可能性もあるものに対し、自分ならやれる・やる、という強い意志のもと、自分のお財布を痛めて何かを創造すること。
しかも、誰かに指示されるのではなく、自分で自分を動かさなければならない。
誰も代わりにやってくれる人はいないし、納期だって自分で決めるしかない。
そして、思った結果が返ってこなければ改善をくり返し、また次こそはと投資をするということ。
こんなにもヒリヒリする経験、なかなか味わえないのではないだろうか。
という世界で得られるものと、
という世界。
どちらがより本気で生きられるのかは明らかではないだろうか。
実際、ADDIXYを立ち上げてからは、ブランドに共感してもらえた瞬間が何よりの喜びだと感じるとともに、思った結果が返ってこない時のひりひり感はなかなかのものである。
でも、だからこそ本気になれる。
労働対価を受け取るのみの仕事では得られない充実感であり、自分が本気で取り組んでないと感じられない感情がある。
身銭を切って自分の事業を持つというのは、単にお金の話ではなく、人生そのものに対して自分で責任を持ち、本気で生きるということだと思う。
ただ、ここで一つ補足しておきたいのは、いきなりやみくもに身銭を切って何かを始めようということをすすめているわけではない。
誰かのビジネスを一緒に育てるメンバーとして働くことも、非常に価値のある経験である。そして、その経験があったからこそ、自分で新しい一歩を踏み出す勇気が持てる。私も10年以上会社員として働いた経験があり、その重要さを身をもって感じている。
その上で、自分で事業を持つという選択は、さらに一歩踏み出した先にあるものだと思う。
誰かのために働くことも大切だが、自分の手で何かを生み出し、それが世の中にどんな影響を与えるかを見届ける経験は格別だ。
「何か面白いことないかな」と他人が作ったコンテンツを消費するだけの人生よりも、本気で向き合えるものを自ら生み出し、それによって社会が少しでも変わるという達成感を多くの人が味わうことで、今の日本の閉塞感も少しは変わる気がしている。
人生100年時代とはいえ、その100年もいつか終わりが来る。
限られた時間の中で、本気で生きてみるのも悪くないのではないだろうか。