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《サス経》ミツバチのための新政策

沈黙の春が現実化した?


 このところ急に暖かくなり、京都でも桜が咲き始めました。ひょっとしたら例年より一週間近く早いのではないかと思います。あなたのところではいかがでしょうか? いくつかの品種は甘い香りを漂わせていて、目にだけでなくその香りでも楽しませてくれます。

 そんな時にふと思うのが、そういう香りがする花の周りには、昔はもっと虫が飛んでいたのではないかということです。かつて『沈黙の春』という本が世界に衝撃を与えましたが、その中でレイチェル・カーソンが恐れていたことがいよいよ現実化しているような気もします。

 虫の中でも特に心配なのがハチです。ハチというと苦手な方が多いかもしれませんので、むしろハチがいない方が安心できると思われるかもしれませんが… けれどもハチがいなくなると、とても困ったことが起きるのです。

ハチがいなくなると困るわけ

 ご存じのようにハチ、特にミツバチは花から花へ蜜を集めて飛びまわります。そしてその際に、花粉を遠くの花へ届けるという役割を担っているのです。授粉を媒介することの報酬として花はミツバチに蜜と花粉を提供するという関係が長い進化の歴史の中で発達(共進化)して来たと言われています。

 そうした送粉者にはハチ以外にも虫(アリ、チョウ、ハエなど)、鳥、コウモリなどいろいろいるのですが、大部分は虫であり、特に重要な地位を占めているのがミツバチを含むハナバチです。

 ハチは世界の作物の3分の1を授粉しているとも言われます。この数字でもびっくりしますが、世界の食料の9割を占める上位100種の作物に限定すれば、その7割はハチが授粉しているとの報告もあります(UNEP, 2011)。なので、ハチの貢献は世界全体では年間75兆円(5770億ドル)にも及ぶと推定されるのです(IPBES, 2016)。

 当然ハチがいなくなれば、私たちは食べるものに困るようになります。食べ物だけでなく、綿花などの生産もきわめて困難になります。

世界中でハチが激減


 ところがこのハチが、日本を含めて多くの国で大幅に減少しています。原因としては、寄生虫、病気、気候変動など様々なものが考えられ、またそれらが複合的に作用していると言われますが、特に問題視されているのはネオニコチノイドという農薬です。ちなみにネオニコチノイドは欧州では使用が禁止されており、アメリカでも承認が取り消されています。ところが、日本ではむしろ規制が緩和されています。

 欧州がネオニコチノイドの使用を禁止したのは、もちろん農業被害を心配してのことです。欧州はそれ以外にもハチの保護のために様々な政策をとっています。生物多様性戦略2030、農場から食卓への戦略、つまりEUグリーンディールの中でも重要な位置を占めています。また、2018年にはEU送粉者イニシアティブという政策も作り、ハチなどの送粉者を守って来ました。

ハチのためのニューディール


 そして今年1月には、これをさらに改訂して「送粉者のためのニューディール(A new deal for pollinators)」を打ち出したのです。この新しい政策では、ハチなどの送粉者そのものを保護するだけでなく、ハチが飛び回る「バズライン」(訳すとしたら、ぶんぶん道路!?)を計画したり、ハチに優しい農業慣行を推奨し、殺虫剤の使用を減らすだけでなく、光害などそれ以外の脅威も減らすとしています。

 まさに生き物と共生する社会、都市を作ろうという政策です。ハチもその蜜源となる緑も増やすので、ネイチャーポジティブにもなります。そして民間においては、ハチや生き物が巣を作りやすいバス停を作ったり、工場の中で養蜂をしたりという動きも始まっています。12月の生物多様性条約COP15で決まった生物多様性世界枠組(GBF)に沿って、その目的を達成するための行動が欧州ではもう始まっているということです。

 もちろんこうした活動は、何よりも食料の安定供給にもつながり、人間にとってのメリットもあります。生き物と共生する社会を単なる美しい理念に終わらせず、そのための具体的な行動が始まっており、それには意味があるということです。

 私たちは季節の花を愛でるのはもちろん素晴らしい文化ですが、植物以外の生き物にも目を向け、その生き物をもっと増やすためには、そして共生するためにはどうしたらいいのでしょうか。ネイチャーポジティブに貢献するためにも、具体的な行動を始めたいですね。ハチを増やすのであれば、できることは身の回りにいろいろあるはずです。

 サステナブル・ブランド・プロデューサー 足立直樹

株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)464(2023年3月22日発行)からの転載です。


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