《サス経》 麹から考える日本の価値
こんにちは、レスポンスアビリティの足立です。昨日が満月でしたので、これに合わせて旬のサステナビリティの話題をお届けしたいと思います。
先週金曜日は多くの地域で大雨となりましたが、皆様のところでは被害はありませんでしたでしょうか? 私は出張から戻る新幹線が大混乱となり、いつもより1時間半も余計にかかりました。被害とも言えない程度の影響でしたが、この時期に台風の大きな影響があったり、またこんなに多くの地域で同時に大量の雨が降るのは本当に異常なことで、やはり気候危機が顕在化していることを意識せざるを得ません。また、私たちの便利な日常生活がいかに脆いものであるかを垣間見た気がします。
これから日本が作る価値は?
話はガラリと変わりますが、日本がこれからどういう価値を世界に向けて作っていくかと考えたとき、私はやはり日本に固有の文化がカギになるだろうと思います。その中でも個人的に期待しているのは食です。和食がユネスコ無形文化遺産に選ばれたということもありますが、実際、日本の食にはユニークな点がたくさんあります。しかも、そのユニークさは、日本の多様な自然と結びついているのです。すなわち、日本の多様な自然によって多様な食材が生まれ、その多様な食材を使って各地に多様な食文化が生まれ育ってきたわけです。つまり日本の豊かな食は、豊かな生物多様性が背景と言ってよく、それを守るためには日本の自然も守る必要があるからです。
なぜ和食が注目されるのか?
けれども、和食が注目される理由は多様性だけではありません。そうした多様な食材をうまく活かしてきたこと、その工夫の仕方も注目されています。そこには、日本人のこだわりや、職人の高い能力も関わっているかもしれません。
というのも、最近、料理の世界で日本に注目が集まっているのは、それが日本食のユニークさの一つの要因でもあるのですが、発酵を巧みに使っているからです。もちろん発酵は世界中で調理や食品保存のための技術として活用されています。最も一般的なのは酵母によるアルコール発酵です。乳酸菌を使って、チーズ、ヨーグルト、ピクルスなどを作ることも一般的です。
これに加えて、日本には麹を使った発酵食品が非常に多くあり、それが特徴的なのです。日本酒や醤油、味醂、味噌など、日本食を日本食たらしめる特徴的な調味料、つまり味のベースは、実はほとんどが麹を利用したものです。ちなみに、鰹節のカビ漬けも麹の仲間を利用しています。
日本に固有の麹が作った日本の食文化
なぜ日本で麹による発酵がこんなに発達したのかと言えば、麹はほぼ日本に固有の種であり、日本でだけ使われていると言っても良いからです。正確に言うと、コウジカビ(アスペルギルス属)は世界中に広く分類するのですが、その多くはカビ毒を生成したり、人に感染して病気を引き起こしてしまいます。ところが日本の麹(代表的なのはニホンコウジカビのアスペルギルス・オリゼー(Aspergillus oryzae))は、カビ毒を生成する能力を失っており、だからこそ食品を作ることに利用できるのです。しかも麹は、デンプンとタンパク質の双方を分解する酵素を作りますので、米や麦、大豆など様々な穀物を分解し発酵することができます。そしてタンパク質を分解するとアミノ酸を作り出すので、これが醤油や味噌の旨味を生み出すのです。
このように日本の食文化は、日本に特有の麹をうまく利用することにより発展してきたと言えるでしょう。何らかの理由で毒性を失った麹を見つけた日本人はラッキーだったとも言えますが、日本人はそれに今から1300年以上も前に気づいただけでなく、この有用な麹(正確には種麹)を育てて販売する種麹屋という商売を平安時代に始めていたというから驚きます。つまりたまたま有用な菌に恵まれただけでなく、それを育て、また磨いて来たわけです。こういうところに職人魂的なものを感じるのは私だけでしょうか。いずれにしろ日本は豊かで多様な自然の中で、食材が豊富なだけでなく、有用な微生物にも恵まれ、そしてそれをうまく活用することをかなり早い段階から続け、それによって独自の文化を創り出してきたのです。
発酵食品は健康的なのに…
ところで世界的に日本の発酵が注目されているのは、それが料理のバリエーションを増やしたり味に深みをもたらすのはもちろんですが、そこから生み出されるものが健康にも非常に良いことがわかってきたからです。一方で、私たちがいま実際に口にしている食品はどうでしょうか? 味噌や醤油など本来は発酵食品であったものの、自然な発酵のプロセスでじっくりと作るものは少なくなり、人工的にプロセスを加速したり、ひどい場合には似て非なるものに置き換えられてしまった場合も少なくありません。その方が生産効率が良く、均一性も確保できるからなのですが、そのことで味の深みだけでなく、健康に良いという性質まで失われてしまっていることもあります。
これは本当にもったいないことで、本来の価値を自ら捨てているようなものです。効率ばかり考えるよりも、むしろもう一度原点に立ち戻り、本当の価値を生かしたモノ作りをして、適正な価格で売る。そういう努力が必要な気がしてなりません。今はそうしたものが世界から求められているからです。そうした本物は、高く買ってくれる人がたくさんいるからです。
自然の恵みが、日本の価値に
生物多様性を保全するためにも、自然の恵みの価値を再認識し、有効活用していこうという機運が世界的に盛り上がりつつあります。自然が解決できることは、なるべく自然にまかせようということです。そのモデルになることや、必要なことは、足元にたくさん転がっている気がしてなりません。そしてまたそれが、これからの日本の大きな価値にもなりそうです。
サステナブル経営アドバイザー 足立直樹
株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)468(2023年6月5日発行)からの転載です。