【連載小説】 Adan #29
はじめてのアルバイト〈10〉
荻堂亜男はオフの日でも聖良ちゃんが出勤なら店に出向く——それは、七夕にどれだけ願い事を唱えても叶うのは短冊をつくっている製紙会社の願いだけっていうのと同様の、または、その助言者に先見の明はなくとも「やめておけ!」って助言は的を外さないのと同様の「天則」と言っていい。僕がその日もエアロビクスウェアに身を包んでいたことも、天則と言って差し支えないだろう。
それはそれとして、だ。おかしなことを言うようだが、そもそもその天則ってやつは、我々のために設けられたものではないのだ。設けられたのは我々のほうさ。我々は天則を生かすために存在しており、そして我々は、その天則の延命のために犠牲を払い続けなければならないのである!
と、僕が天則についてそう大声で断言できるのは、アルバイト先のスタッフ専用駐車場にローライダーで乗りつけるや否や、あまりに酷い、惨憺たる光景を目の当たりにしたからなんだ。いや、それは愛に満ち溢れた光景とも言えるものなんだが、とにかく、スタッフ専用駐車場には学生服姿の正人くんと聖良ちゃんがいた。二人は向かい合っていた。正人くんは足を広げて立ち、聖良ちゃんは膝をついて、正人くんの股間に顔をうずめていた。
うん、そうなんだ。聖良ちゃんは正人くんのコニードッグを頬張っていたのだ! チョップド・オニオンもきちんとトッピングされていた、などという下品な冗談は言わせないでくれ!
二人は僕の存在にすぐ気がついた。それはあの小粋なマフラーが僕に代わって悲痛な泣き声を上げていたからだろう。
二人はその体勢のまま——正人くんは自身のコニードッグを聖良ちゃんに咥えさせたまま、聖良ちゃんは正人くんのコニードッグを咥えたまま、まるで宇宙人を目撃したかのような表情で僕を見ていた。地球内生命体を見ている表情ではなかった(そのときの僕の見た目はさておいて)。
いや、僕も同じような表情で二人を見ていたかもしれない。その場にいた三人の誰も望んでいないシチュエーションだ。僕はまだ聖良ちゃんに夢を見ていたかったし、二人にはまだ、続きがあっただろうし……。僕ら三人は「こちらが要求しないものから優先的に提供される天則」に誤謬がないことを再認識できたってわけだ。再認識させてくれって要求しなかったから……。
つづく