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自律神経システムの予測処理機能


ホメオスタシスとアロスタシス

ホメオスタシス

ホメオスタシスは、内部環境(体液のpH、温度、塩類濃度、グルコース濃度、酸素濃度など)を一定の範囲内に保つ機能を指します。これは、細胞が安定して活動するために極めて重要な役割を果たします。ただし、内部環境は完全に固定されているわけではなく、日内変動や運動などの要因によって変動を伴います。この変動を調整する基本的な仕組みとして、自律神経反射が存在します。

Cannonは“homeo”という言葉が“like”(似た)や“similar”(同様の)という意味を持つことを指摘し、内部環境が完全に固定されているわけではないことを強調しました。

アロスタシス

アロスタシスは、予測される環境変化や行動に適応するため、自律神経系や内分泌系を介してホメオスタシスの設定値を変化させる生理現象です。これは未来を予測し、先回りして調整する仕組み(フィードフォワード)であり、ストレスに対する適応反応として機能します。

たとえば、危険を予測すると交感神経系が活性化し、血圧上昇、心拍数増加、呼吸数増加、発汗などが引き起こされます。これにより、迅速に逃避行動を開始することが可能になります。アロスタシスを引き起こす負荷は“アロスタティックロード”と呼ばれ、ストレスへの適応とストレス関連疾患を理解するためのモデルとして位置づけられています。

また、アロスタシスは自律神経検査の再現性不良にも影響を与えます。検査時の被験者の不安や緊張、慣れによる自律神経反応の変化が測定結果の不安定性につながるのです。

予測処理と自律神経系の関係

脳は、今後起こる事態を予測し、情動行動に備えて自律神経系や内分泌系を調節し、アロスタシスを引き起こします。具体的には、運動を企図した時点で脳が自律神経系に指令を出し、筋肉への血流を増加させる現象(central command)がその一例です。さらに、手掌の発汗は、滑り止めの効果を持つもので、これもcentral commandによるものです。

また、深呼吸を企図した時点で発汗運動神経が活性化することが示されており、この反応が呼吸筋の動きによるものではないことが分かっています。

辺縁系の役割

辺縁系(前部帯状回、扁桃体、島皮質など)は、認知、予測処理、情動と関連しており、自律神経活動の設定値を変更する役割を担っています。解剖学的見地からは、認知、予測処理、情動、自律神経活動が密接に結びついており、これらを分けて考えることは困難です。

情動行動と自律神経活動の不一致

現代社会では、怒りを感じても暴力を振るうことが許されず、恐怖を感じても逃げ出すことができないなど、情動行動と実際の行動の間に不一致が生じることがよくあります。この不一致は、動悸、呼吸苦、ほてり、冷や汗などの身体症状を引き起こし、長期化すると身体の不調を訴えることになります。

また、嫌悪感を感じると副交感神経が活性化し、消化管運動が過剰になることで悪心、嘔吐、下痢などが発生する場合もあります。

自律神経失調症

日本では“自律神経失調症”という概念が知られていますが、国際的には認知されていません。自律神経失調症は、自律神経機能の異常ではなく、精神的な問題に起因する自律神経を介した身体症状と考えられるべきです。この症状では、自律神経自体は正常に機能していると推定されます。

自律神経検査の課題と展望

現在、臨床で用いられる自律神経検査は、自律神経反射を記録するものが主流であり、ヘッドアップティルト試験などが代表的です。しかし、これらの検査の再現性は必ずしも良好ではありません。今後は、自律神経反射(ホメオスタシス)と変動因子(アロスタシス、慣れ)を分離して評価できる方法の開発が望まれます。

これにより、自律神経機能を正確に評価できるだけでなく、自律神経活動を心理学的指標として用いる際の精度も向上するでしょう。また、触刺激や温熱刺激の臨床応用の可能性と有用性についてもさらに検討が必要です。


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Yazawa@鍼灸師/よもぎ栽培
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