頭痛に対する鍼灸治療の効果とその作用機序
1. はじめに:鍼灸治療の背景と歴史
鍼灸治療は、2000年以上前の古代中国で誕生し、日本には飛鳥時代に伝来しました。近年では、欧米諸国でも鍼灸に対する関心が高まり、科学的研究や臨床試験が盛んに行われています。特に、頭痛や神経疾患に対する鍼灸の効果が注目されています。
WHOは1996年に鍼治療の適応疾患を37種類示し、さらにNIH(米国国立衛生研究所)も鍼治療の有効性を認めました。近年では、Cochraneレビューや日本の頭痛診療ガイドラインでも、片頭痛や緊張型頭痛に対する鍼治療が推奨されています。
2. 鍼の鎮痛機序
鍼治療が頭痛に効果的である理由の一つとして、鎮痛作用が挙げられます。以下に、鍼の鎮痛作用のメカニズムを解説します。
2.1. 下行性疼痛調節機構
鍼治療による鎮痛効果の一つは、下行性疼痛調節機構の賦活によるものです。この機構は、脊髄から脳へと送られる痛みの信号を抑制するフィードバックシステムであり、ノルアドレナリンやセロトニンが脊髄後角で痛みの信号を抑制します。鍼治療は、このシステムを活性化し、痛みを和らげます。
2.2. 内因性疼痛抑制機構
低頻度の鍼通電刺激では、内因性オピオイド系の活性化が鎮痛に関与します。鍼によって、βエンドルフィンやエンケファリンといった内因性オピオイドペプチドの分泌が促され、痛みを抑制します。高頻度の刺激では、異なる鎮痛ペプチド(ダイノルフィン)が関与することも報告されています。
2.3. 脊髄後角での分節性機序
鍼刺激が脊髄後角における痛みの伝達を抑制することも重要です。この機序は「ゲートコントロール理論」に基づいており、痛みの信号が抑制されるメカニズムです。
2.4. 軸索反射
鍼刺激が末梢血管を拡張し、筋血流を改善することで、痛みが和らぐことも示されています。この反応は、CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)やサブスタンスPの放出によって引き起こされます。
2.5. アデノシンの局所鎮痛作用
最近の研究では、アデノシンが鍼刺激による鎮痛作用に関与していることが報告されています。アデノシンは局所で鎮痛効果を発揮し、この効果はカフェインによって拮抗されることが確認されています。
3. 片頭痛に対する鍼治療の効果
片頭痛の治療では、発作期よりも寛解期における予防治療が中心です。発作時には、薬物治療と併用することが推奨されます。鍼治療の際には、片頭痛の原因とされる三叉神経領域にある筋肉や経穴を選択し、軽い刺激を行います。また、下肢の経穴(足三里や崑崙など)も用いることで、神経系を介した鎮痛効果を得ることができます。
片頭痛患者は、頸肩部の痛みを併発することが多く、頸部や肩甲骨周辺の筋肉に対する鍼治療も有効です。鍼治療は、圧痛の改善とともに片頭痛日数の減少にも寄与することが示されています。
4. 緊張型頭痛に対する鍼治療の効果
緊張型頭痛の原因は、後頸部や肩甲上部、肩甲間部の筋群の過緊張にあるとされています。鍼治療は、これらの筋群の過緊張を緩和し、循環動態を正常化することで頭痛を改善します。緊張型頭痛に対する鍼治療では、天柱や肩井といった後頸部や肩甲骨周辺の経穴を選択します。
また、慢性緊張型頭痛患者では、心因性の背景が関与していることも多く、精神的な緊張を和らげるために上肢の経穴(少海や内関)も用いることがあります。
5. 臨床研究の成果
本研究では、鍼治療が片頭痛患者に対して有効であることが示されています。70例の片頭痛患者に対する鍼治療の結果、頭痛日数の有意な減少が確認され、頸肩部の圧痛改善とも相関が見られました。さらに、鍼治療は脳血流量を増加させ、左右の不均衡を改善する効果があることがMRI検査で示されています。
緊張型頭痛に対する鍼治療についても、355例の患者を対象にした研究で有効性が確認されました。頻発反復性緊張型頭痛では、2.8回の治療で症状が改善し、慢性緊張型頭痛でも改善が認められました。
6. 鍼灸治療の国際的な評価
2020年には、BMJ(British Medical Journal)で片頭痛患者に対する鍼治療のランダム化比較試験が報告され、鍼治療が片頭痛日数や強度を有意に減少させることが示されました。また、2021年には、緊張型頭痛に対する鍼治療と運動療法の併用が有効であることが報告されました。これにより、鍼治療は国際的にも一次性頭痛に対する効果が高いことが認められています。
参考文献:頭痛に対する鍼灸治療の効果とその作用機序