【声劇】その男、不器用につき(3人用)
https://note.com/actors_off/n/n759c2c3b1f08
——その男は、ただ真っ直ぐに今を見つめた。
約60~70分の♂:♀=2:1台本です。
上演の際は作者名とリンクの記載をお願いします。
『カグツチの贖罪』の続編であり『スサノオの贖罪』の前日譚です。
※男性キャラは「スサノオ」と「それ以外」で分けていますが、負担があれば演者様を1名増やしていただき、男女不問である「オモイカネ」「八岐大蛇」を振り分けてください。
スサノオ♂:不器用だが真っ直ぐで情に厚い男
アマテラス♀:明るく真っ直ぐなお姉ちゃん
機織り姫♀:アマテラスと兼任
クシナダ♀:気弱だが家族想いで芯のある女性。アマテラスと兼任
イザナギ♂:荘厳な父親。スサノオを軽蔑している。
馬の怪物♂:愛の為に戦う男
アシナヅチ♂:優しく娘愛に満ちたおじいちゃん。足が悪い。
オモイカネ♂♀:何かと振り回される秘書的な神。3人の場合はイザナギと兼任、4人の場合は男女不問で八岐大蛇と兼任です。
八岐大蛇♂♀:年に一度アシナヅチの娘を喰いに来る怪物。妖の王と讃えられている。3人の場合はイザナギと兼任、4人の場合は男女不問でオモイカネと兼任です。
***
イザナギ:「また泣いているのか、スサノオ」
スサノオ:「……親父」
イザナギ:「いい加減にしろ。お前が泣きわめくせいで、大地は揺れ、多くの草木が枯れた。嘆く理由を聞いても口を噤むばかり……統治を命じた海原も放って、お前は一体何がしたいんだ」
スサノオ:「……放っておいてくれ、俺は……ッ。……どうせ、親父に言っても分からねぇ」
イザナギ:「お前は、私が穢れを禊いだ時に生まれた、三貴神の1人。お前の姉弟であるツクヨミやアマテラスは、きちんと仕事をこなしているぞ。恥ずかしくないのか」
スサノオ:「……うるせぇよ。アイツらと一緒にすんな」
イザナギ:「言え。これほどの被害だ。言えないのであれば、お前を追放する」
スサノオ:「ッ…………」
イザナギ:「言え!!!」
スサノオ:「ッ…………母のいる国へ、行きたいんだ」
イザナギ:「……何?」
スサノオ:「……いや、行きたいんじゃない。俺は、母のいる黄泉へ行かなきゃなんねぇ」
イザナギ:「……そうか。お前はイザナミに会いたいのか」
スサノオ:「ッ…………そんなんじゃ——」
イザナギ:「——勝手にすればいい。だが、行くのであれば、ここへはもう二度と戻ってくるな。……お前のような愚息はきっとこの国を滅亡させる」
スサノオ:「ッ……」
イザナギ:「さぁ! どこへなりとでていけッ! 二度と姿を見せるな!」
スサノオ:「ッ…………分かっていたさ」
(立ち去るスサノオ)
イザナギ:「……私だって、泣き喚いて会えるのなら、とっくに泣き喚いている。かつて、私がこの国のために諦めたイザナミ。永遠に会うことの出来ない、愛する人。本当は今すぐにだって会いに行きたい。……それなのに、スサノオは……。ッ、あんな奴、黄泉へ渡ってしまえばいいのだ」
***
アマテラス:「……それで、私のところに来たってわけ?」
スサノオ:「それだけってわけじゃねぇけど……。俺はこれから黄泉へ行くし、ここには戻って来られねぇだろうから、挨拶でもと思ってな」
アマテラス:「……あっそ。凄い勢いで来るから、天界を奪いに来たのかと思ったわ」
スサノオ:「海原の統治すらまともに出来なかった奴が、そんなことするわけないだろ」
アマテラス:「ほんとかなぁ?」
スサノオ:「なっ……疑うのかよ。なんなら誓約で証明してやってもいいぜ」
アマテラス:「ふぅん、言ったわね? じゃあ、そうしましょうよ」
スサノオ:「いいな、誓約の内容は、俺が天界の強奪を企てていないこと、その証明だ。俺は剣を賭ける」
アマテラス:「私は装飾品を賭けるわ。お互いに神を生み出して、証明しましょう?」
スサノオ:「おう」
***
アマテラス:「剣はスサノオのものだから、初めに産まれた女の子はスサノオの子ね。そして、装飾品は私のものだからこの男の子たちは私の子」
スサノオ:「大人しい女の子が産まれたのは、俺に悪い心がない証拠だぜ。どうだ、姉貴。これでも、俺が悪だくみをしていると言えるか?」
アマテラス:「はいはい、分かったわよ。スサノオ、貴方が正しい」
スサノオ:「ハン! 俺の勝ちだ! 踊っちまうぜ!」
アマテラス:「ちょっと、暴れないでよ……って、ほら! もう、畔が壊れてるじゃない!」
スサノオ:「げっ! やっちまった!」
アマテラス:「もう! どうするのよ! この田んぼには、米の種をまいたばっかりなのに!」
スサノオ:「じ、じゃあ粟を作ろうぜ! 地上の方では、粟の方が良い食べ物だし、粟を作れば畔は必要ねぇ!」
アマテラス:「はぁ……もういいわ。好きにしたら?」
スサノオ:「あっ、姉貴……。行っちまった。……仕方ねぇ、粟の種をまいて、あとこの溝も埋めておくか。美味い粟が出来たら、姉貴も許してくれるはずだしな」
(スサノオ、溝を埋めて粟の種をまく)
オモイカネ:「今日の作業は……って、あぁっ! なんてことをするんですか!」
スサノオ:「あ? 誰だお前。俺は粟を作ろうと……」
オモイカネ:「私はアマテラス様にお仕えするオモイカネです! 貴方こそ何者なのですか!!! こんなことして!」
スサノオ:「お、俺、なんかやっちまったのか?」
オモイカネ:「ここにはもう米の種がまかれているんです! その上に粟の種なんかまいたら米が育たないでしょう!? 畔や溝も台無しにして……!」
スサノオ:「すまねぇ……すぐ直す」
オモイカネ:「もう! 私がやるからいいです! 貴方には、地上の神から貰ったお酒を差し上げますから! どうか、これ以上何もしないでください!」
スサノオ:「す、すまない……」
オモイカネ:「はぁ、アマテラス様に相談する事が増えてしまった……」
***
(神殿前の石段に腰を掛けるスサノオ)
スサノオ:「ここは、アマテラスの神殿か。どっこいしょっと……。はぁ……。なんか、全部 空回っちまうな。海中の異変も、俺の声じゃどうにもなんなかったし。海の下にある黄泉へも、俺はまだ行く勇気を持てない。姉貴にだって迷惑かけてしまって……。クソッ! こうなったらヤケ酒だ!」
(スサノオ、酒をぐびっと飲む)
スサノオ:「ッ、うんまっっっ!? なんだ、この酒……! 地上には、こんなに美味い酒があんのか……。なる、ほ、ろぉ……???」
(少し時間がたち、オモイカネがやってくる)
オモイカネ:「ふぅ、ようやく直し終わった……って、アンタ、なにやってんですか!?!? くっさ!? 神聖な場所に、この男……クソを……!? うっぷ……なるほど、あのお酒を一気に……。もうっ……アマテラス様!!!」
***
オモイカネ:「アマテラス様! もう耐えられません! いくら貴方様の弟君だとしても、畔や溝を壊し、御殿にあんなことにしたスサノオ様を、これ以上天界に置いておくことは出来ません! もしこれを許せば、ここは穢れに充ちた国となってしまいます!」
アマテラス:「畔や溝を壊したのはスサノオのうっかりよ……。御殿の事は……酔っていたのだし、疲労が溜まってのだと思うの。今回は見逃してあげましょう」
オモイカネ:「アマテラス様……! いくら慈悲深い貴方様でも、許してはなりません!」
アマテラス:「オモイカネ……少し、考えさせて」
オモイカネ:「……分かりました。どうか、正しいご決断を」
(オモイカネ、去る)
アマテラス:「スサノオは不器用なのよ……。だから、父上も誤解させちゃうし、うっかり変なこともしちゃう……。スサノオはただでさえ傷ついている……お姉ちゃんである私が支えてあげなきゃ。でも、スサノオを庇っていては、私の権威が脅かされる。スサノオを庇うばかりに、誰もついて来てくれなくなるかも……。私、一体どうしたらいいの?」
***
スサノオ:「こっぴどく怒られちまった……。あの酒って強かったんだな……。それにしても、ここは地上に似てる。姉貴は親父の事を尊敬してるからなぁ。はぁ、あんまり迷惑かけちゃいけねぇし、もうそろそろ黄泉へ……——ん?」
(差し込む日差しが、空中で少し歪んでいる)
スサノオ:「この日の光……なんだ? 他の場所は普通なのに、ここだけ歪んで……」
(光に触れようとしたとき、衝撃が走る)
スサノオ:「ぐっ……!? なんだ、この光……痛ぇぞ!」
(手に負った怪我を見て、再び空間を見る)
スサノオ:「……ッ、なんだ、お前? 一体どこから——」
馬の怪物:「——気づかれてしまったか。……フンッ!」
(馬の怪物が攻撃をしてくる)
スサノオ:「チィッ!! ……穢れのないこの国に、なんでこんな怪物が! どこから湧いたのか知らねぇが、消えてもらうぞ!」
馬の怪物:「愛する者を守るためだ。私は一歩も引かぬ!」
スサノオ:「うぉおおおおおっ!!! いてっ!?」
(スサノオの背中に、石が投げつけられる)
スサノオ:「なっ……石? どこから……」
機織り娘:「彼に手を出さないで!」
馬の怪物:「ッ、機織り、何故出て来た! 隠れていろと言っただろう!」
スサノオ:「アンタ、この馬と……——。……愛する者。なるほど、機織り娘が馬に恋をしたってわけだな。そしてそれを隠すために、光を歪ませていたと。……国津罪、畜犯せる罪、馬婚。穢れのない国で国津罪《くにつつみ》を犯し、それを隠すために光を歪ませるとは……。アマテラスの名にかけて、この罪……見逃せねぇ!」
馬の怪物:「ッ……隠れろ! 機織り!!!!」
機織り娘:「ッ……!」
(機織り娘、走って岩の陰に隠れる)
スサノオ:「待て!!!!」
(スサノオの行く手を阻む馬の怪物)
馬の怪物:「——行かせないぞ。どこぞの神かは知らないが、私に挑むとはいい度胸だ。力があるつもりかもしれないが、愛を知った私に敵などいない!」
スサノオ:「愛……か」
馬の怪物:「さぁ、かかってこい!!!」
スサノオ:「──なぁ、愛されるってどんな感覚だ?」
馬の怪物:「……何?」
スサノオ:「聞いてんだよ。なぁ、どんな感じだ?」
馬の怪物:「……その質問に、なんの意味がある」
スサノオ:「答えによっちゃぁ、見逃してやるよ」
馬の怪物:「っ……愛される感覚、か。教えてやろう。それはもう、大変に心地がよいものだぞ。『私はそこに存在していいのだ』と、許されたような気持ちだ」
スサノオ:「存在していい……許し、か」
馬の怪物:「私はこんなナリだ。誰にも愛されずに育った。だが、彼女はそんな私に話しかけてくれた。優しく接してくれて、包み込んでくれた。この心地の良い感覚は、紛れもない、愛だ」
スサノオ:「……そう、か」
馬の怪物:「……さぁ、答えたぞ。もう行っていいか?」
スサノオ:「…………」
馬の怪物:「彼女が、私を……——」
スサノオ:「——……ダメだ!」
(スサノオ、馬の怪物を斬る)
馬の怪物:「ぐッ……!」
スサノオ:「良かったな、お前みたいな馬ヅラが愛されて。罪を犯して光も歪ませて、禁断の恋か? 反吐が出るぜ」
馬の怪物:「お前……ッ」
スサノオ:「俺は愛されなかったよ。存在は否定されて、地上も追放だってさ」
馬の怪物:「お前まさか……、スサノオノミコトか」
スサノオ:「俺を知ってんだな。まぁ、そりゃ知ってるか」
馬の怪物:「アマテラスオオミカミの弟だ。知らないはずがない」
スサノオ:「俺はダメな奴だよ。姉貴とは違って、何をやっても空回りだ」
馬の怪物:「…………」
スサノオ:「でもよ、俺は気づいたよ。なんで自分が追放になったのか」
馬の怪物:「……」
スサノオ:「お前が光を歪めたから、海に異常が起こってたんだな。お前の『愛』っつーしょうもない事情で、俺は声も草木も枯らしたよ」
馬の怪物:「……ッ」
スサノオ:「お前のせいで、追放されたんだ。お前のせいで、俺は愛されなかった。お前のせいで……俺は黄泉に降るんだ!!!!」
馬の怪物:「機織り!!!!!!」
スサノオ:「せめてお前も苦しめよ! 罪を犯したんだからな!!!!!!」
(スサノオ、馬の怪物の皮を剥ぐ)
馬の怪物:「ぐぁあぁあぁぁぁッ!!!!!!」
スサノオ:「安心しろ、死なねぇよ。まぁ、皮がねぇから寒いだろうがな。——……さて」
(機織り娘の隠れている岩を睨みつける)
馬の怪物:「ッ……逃げ、ろ……機織りッ……!」
(機織り娘、逃げ出す)
スサノオ:「……待ちやがれ!!!」
(後を追うスサノオ)
馬の怪物:「やめろ……機織りだけはッ……やめてくれ!!!!」
(機織り娘、機織り小屋に逃げ込む)
スサノオ:「クソッ、建物に逃げ込んでも無駄だ……! お前が愛した馬ヅラ野郎の皮を、機織り小屋に投げ込んでやるよ!!!」
(スサノオ、手に持っていた馬の皮を上から投げ入れる)
スサノオ:「受け取れッ!!! ……ハンッ、天井を突き破って、無事に届いたみてぇだな? だが、死んじゃいねえだろ。あの馬ヅラも、死なねぇ程度にとどめている」
(スサノオ、機織りの姿を確認しに歩く)
スサノオ:「なんたってここは天界だ。死は穢れ、天界に穢れを持ち込むなんて、あっちゃいけないからな」
(スサノオ、機織り小屋に入る)
スサノオ:「さ、罰はこれだけだ。後はアイツと好きに……——は?」
(機織り娘、機織り機の針で下腹部を貫き死んでいる)
スサノオ:「……逃げ込んだ時にコケちまった、のか? コケて、機織り機で腹を刺して、俺が投げた馬の皮が、刺さった針を更に深く……」
アマテラス:「スサ……ノ、オ?」
スサノオ:「ッ!? 姉貴……」
アマテラス:「何が、どうなっているの? これは、スサノオがやったの?」
スサノオ:「ち、違ぇよ、姉貴。説明させてくれ!」
オモイカネ:「そこを離れてください! アマテラス様! スサノオめ、遂に正体を表したな?」
スサノオ:「違うんだ、これは……!」
オモイカネ:「問答無用! この神聖な場所で殺生をするなど、どのような理由があろうと許してはならぬ! アマテラス様! 天津罪、畔放、溝埋、重播種子、糞戸、逆剥……その他多くの天津罪を犯したスサノオに、どうか天界追放の命を!」
スサノオ:「ッ……」
アマテラス:「……そう、ね。スサノオ、もう面倒を見きれないわ。出て行って頂戴」
スサノオ:「姉貴……」
アマテラス:「貴方が出ていかないなら、私は岩戸へ籠るわ。好きにして」
オモイカネ:「なっ、アマテラス様!?」
スサノオ:「待ってくれ、違うんだ。俺は——」
アマテラス:「——もう何も聞きたくない! スサノオはいい子だって、私、信じてたのに!」
(アマテラス、走り去る)
スサノオ:「姉貴! 待ってくれ! 話を聞いてくれ!!!」
オモイカネ:「アマテラス様! あぁ、なんということだ。この世から太陽が失われてしまった! それもこれもお前のせいだ、スサノオ! 早く天界から出て行け!」
スサノオ:「ッ……分かった。分かったよ。お前らも、俺の話を聞かないんだな……」
(スサノオ、天界から去る)
スサノオ:「親父も、姉貴も、俺の話なんか聞いちゃくれねぇ。俺は、俺の中の正義を貫いただけなのに。……なんで俺は生まれたんだ? なんのために生まれて来た? こんなことなら、もういっそ、俺なんか……」
***
オモイカネ:「アマテラス様! スサノオは天界からいなくなりました! どうか、外へおいでください! このままでは闇が世界を支配し、天界のみならず、地上にも悪鬼が蔓延ってしまいます!」
アマテラス:「うるさい! あっちいって!」
オモイカネ:「困った……太陽が戻らなければ、スサノオが居なくなったとて平和にはならない。……考えろ、考えろぉ、オモイカネ……! 何か策はないか……? 何か、何かぁ……。
っそうだ! アマテラス様より尊い神が現れたということにして、岩戸の前で宴を開こう。でも宴だけじゃバレバレかもしれないし……何か、アマテラス様が外に出たくなるような……。
あぁ、そうだ! ちょうど地上から鶏を貰ったんだった! 沢山の鶏を集めて騒ぎ立てれば、きっと様子が気になって……出てくるまでは無くとも、岩戸を開いてこちらを覗くだろう。
でもでも、それでは噓がバレてしまう! アマテラス様よりも尊い神なんていないからなァ。どうしたものか……。すぐに岩戸へ戻られてしまったら、この作戦は水の泡だ……。
そうだ! この手があるじゃないか! アマテラス様より尊い神様がいないのなら、アマテラス様ご本人がそこに現れたらいい! 岩戸の前に八咫鏡を置けば、数秒は自分の姿に見惚れるだろう!
そこまでいけば、あとは力持ちの神と私で、岩戸を開けて引きずり出すだけ! よし! そうと決まったら……おい! お前達! 宴の準備を始めろ!」
***
オモイカネ:「……おいそこ! もっと派手に騒げ! おいおい、笑顔が堅いぞ! 怪しまれてしまう! 鏡の準備は……おいおい斜めになっているじゃないか! もっと右に……! 少し戻して……よし! それでいい! あとは……いたたた! おいちょっと、鶏をどけてくれ!」
(アマテラス、岩戸からちょっと顔をだす)
オモイカネ:「……! (ボソっと)顔を出した! よしよし、作戦通りだぞ……」
アマテラス:「ねぇ、オモイカネ」
オモイカネ:「……ん、あぁ、これは! アマテラス様! どうなさいました?」
アマテラス:「私が外に居ないと、光がなくて大変なんじゃないの?」
オモイカネ:「えぇ、まぁ。大変ですとも」
アマテラス:「私、今すっごく病んでるんだけど」
オモイカネ:「お気持ちお察し致します」
アマテラス:「じゃあ、どうして皆あんなに面白がって騒いでいるの?」
オモイカネ:「貴方よりも尊い神様が現れたので、みな喜んで騒いでいるのですよ」
アマテラス:「……ほんとだ。すっごくまぶしい神がいる。オモイカネ、あれは誰?」
オモイカネ:「それはぜひ、ご自分の目でお確かめ下さい。アマテラス様がお目見えになれば、きっとあの尊い神様もお喜びになりますよ」
アマテラス:「……わかった。ちょっと見て、すぐ帰る」
オモイカネ:「えぇえぇ、ぜひとも」
(アマテラスが岩戸から体を出す)
アマテラス:「なんて綺麗な神様……。髪もつやつやで、お肌もプルプルで、まるで太陽みたいに眩しいお顔立ち……。あの神様は……私? 鏡に写った……私???」
オモイカネ:「今だ! アマテラス様をお連れし、岩戸を封鎖しろ!」
アマテラス:「えっ!? ちょっと……きゃっ!!!」
オモイカネ:「しめ縄をかけろ!!! 岩は遠くへ飛ばせ!!!」
アマテラス:「ちょ、ちょっと、オモイカネ!」
オモイカネ:「よし! お前達よくやったぞ!!! この世界に、太陽がお戻りになった!!!!」
アマテラス:「ねぇ、ちょっと、オモイカネ。どういうこと?」
オモイカネ:「貴方が必要なんですよ、アマテラス様。貴方より尊い神なんていません。どうぞ、岩戸へはもうお入りになりませんよう」
アマテラス:「オモイカネ……皆、迷惑かけちゃってごめんね。もう大丈夫だから、安心して」
オモイカネ:「アマテラス様……。……皆の者!! 太陽のお戻りだ! このまま宴を続行するぞーーー!!!」
アマテラス:「ちょ、ちょっとオモイカネ! ……っふふ、もう! 今日だけだからね!!!」
オモイカネ:「では、私は鏡を撤収してまいります」
アマテラス:「ありがとう。よろしく頼むわ。(オモイカネが向こうへ行って)……スサノオ、追放してしまったけれど、大丈夫かしら……」
***
——黄泉の入り口 黄泉平坂まで、あと250里
スサノオ:「……天界から随分と歩いて来たな。この辺りには確か、力の弱い国津神が……ん?」
(近くの川に箸が流れている)
スサノオ:「これは……箸、か。上流に村があるのかもしれないな。……ま、困っているかもしれないし、届けてやるか」
(スサノオ、箸を拾い上げて上流へ向かう)
***
——上流付近 大きな屋敷
スサノオ:「……ん、おぉ……。デカい屋敷だ。周辺に家は……ないみたいだな。おーい、誰かいるかー?」
(スサノオ、扉に近づき、叩く)
スサノオ:「おーい、下流で箸を拾ったんだが、これアンタんちの箸なんじゃねぇか? おーい」
(扉が開き、背の低い老人が出てくる)
アシナヅチ:「はいはい、どちら様ですか?」
スサノオ:「なんだ、いるんじゃねぇか。あのよ、下流に箸が流れて来たんだよ。だから、届けてやろうと思って……——ん、お前泣いてんのか?」
アシナヅチ:「……これはこれは、ありがとうございます。箸なんて、諦めてくださっても良かったのに」
スサノオ:「いや、海に流れたら面倒——……あ、いや、なんつーか……まぁ、持ってきちまったし、受け取ってくれ」
アシナヅチ:「どうも御親切に。これから、下流に戻られるんですか?」
スサノオ:「あぁ、行かなきゃなんねぇところがあるからな。じゃあじいさん、これからは気を付けて……」
クシナダ:「お父様? どなたかいらしたんですか?」
アシナヅチ:「あぁ、クシナダ。今、この青年が、流してしまった箸を届けてくれたんだよ」
クシナダ:「まぁ! それはどうもありがとうございます」
スサノオ:「…………あ、あぁ、別に気にすんなよ。それじゃ」
クシナダ:「ま、待ってください!」
スサノオ:「おぁ?」
クシナダ:「お父様、今日はもう遅いですし、泊まって頂いてはいかがですか?」
スサノオ:「え、いや、俺は……」
クシナダ:「お酒も沢山ありますし、今日の食卓だって人がたくさんいた方が楽しいじゃありませんか」
アシナヅチ:「クシナダ……」
スサノオ:「俺は別に……」
アシナヅチ:「そうだね、この辺りの夜は危険だから、そうしてもらおうか。どうでしょう、お礼もさせて頂きたいですし、本日は泊まっていかれませんか?」
スサノオ:「いや、でも……」
クシナダ:「ダメ……でしょうか?」
スサノオ:「……じゃあ、そこまでいうなら世話になるよ」
クシナダ:「本当ですか!」
アシナヅチ:「そうですかそうですか。では、どうぞおあがりください」
スサノオ:「あぁ、ありがとう」
クシナダ:「私、もう1膳用意してきますね」
アシナヅチ:「あぁ、頼むよ。では、客間にご案内いたします。さぁ、こちらへ」
スサノオ:「あぁ、どうも」
アシナヅチ:「私は足が悪いですから、すみませんがゆっくりご案内いたしますね」
スサノオ:「あぁ、構わない。助かるよ」
(アシナヅチの数歩後ろをついて行くスサノオ)
スサノオ:「……人里離れた屋敷、泣いていた老人、屋敷に対して少なすぎる住人、そしてあの娘の様子。……面倒な船に乗っちまったかもな」
***
アシナヅチ:「お客様。お食事の用意が整いました。ご案内いたします」
スサノオ:「あぁ、すまないな」
(部屋を出て廊下をゆっくり歩く2人)
アシナヅチ:「お客様、下流へはどうして行かれるんですか?」
スサノオ:「んぇ? ……あぁ……まぁ、家出みてぇなもんだよ。実家を追い出されたっつーか……」
アシナヅチ:「そうだったのですね。本当はいくらでもご滞在頂きたいのですが、あいにく明日は大切な予定がありますから……」
スサノオ:「あぁ、気を遣わせて済まないな。朝になったらすぐ出るよ」
アシナヅチ:「本当にすみません。明日の朝は、川沿いまでお見送りいたしますね」
スサノオ:「いや、足が悪いんだろ? 道は覚えてるし、別に来なくていい。泊めてもらうだけでありがてぇしな」
アシナヅチ:「それはどうもお気遣いをいただきまして……。さぁ、お客様。こちらのお部屋でございます」
スサノオ:「あ、そうだ。まだ言ってなかったな、俺の名前——」
アシナヅチ:「——あぁ! そうですね。ご紹介が遅れました。私は山の神の子でアシナヅチと申します。そして……」
(戸を開くアシナヅチ)
スサノオ:「……ッ?!」
アシナヅチ:「あちらが家内のテナヅチ、こちらが娘のクシナダです」
スサノオ:「なんで、席がこんなに……」
アシナヅチ:「さぁさぁ、お座り下さい。今日はもとより豪勢な食事だったのです」
スサノオ:「いや、豪華は豪華だけどよ……これは……」
クシナダ:「お客様、ぜひ私の隣に座ってくださいな。本当はお姉様の席でしたけれど……1つズレたって、お姉様は何もおっしゃいませんわ」
スサノオ:「は……? お姉様……? なぁ、これは……だって、ここに住んでるのは3人なんじゃ……? な、なんで、7席も余分に——」
アシナヅチ:「——お客様」
スサノオ:「ッ……!」
アシナヅチ:「落ち着いてください。全て、ご説明いたしますから。さぁ、ひとまずお座りくださいな」
スサノオ:「…………分かった」
アシナヅチ:「全員、揃ったね。それじゃあ、クシナダ。お客様にお酌をなさい」
クシナダ:「はい、お父様」
(クシナダ、スサノオの盃にお酒を注ぐ)
アシナヅチ:「それでは、盃を持って。……献杯」
クシナダ:「献杯」
(3人の様子を見て、献杯するスサノオ)
スサノオ:「あ……この酒……」
アシナヅチ:「美味しいでしょう? 私たちが作ったお酒です。これはちょうど8年前に作った……あの子の最後のッ……(泣き出す)」
スサノオ:「お、おい。大丈夫かよ!」
アシナヅチ:「すみません……驚かせてしまいましたね。空いている席は、殺された娘たちの席なんです。明日が丁度、命日で……」
スサノオ:「命日!? そんな大事な日に、俺を!?」
アシナヅチ:「いいんです。貴方を招いたのは他でもない……クシナダのッ、望みですから(また泣き出す)」
スサノオ:「お、おいおい! 訳が分からねぇよ! おいアンタ、説明してくれ!」
クシナダ:「今から8年前、1番上の姉が喰われました」
スサノオ:「は!? 喰われた? 何に!」
クシナダ:「八岐大蛇という妖です。8年前に現れてから毎年、1人ずつ姉を喰っていきました。だから、毎年この時期には、豪勢な食事で姉たちの冥福を祈るんです」
スサノオ:「それでこんだけの空席が……屋敷に対して住人が少ないのもそういうことだったんだな」
アシナヅチ:「奴はとんでもなく恐ろしい怪物です。目の色は業火の如く赤い光を放っており、1つの胴に8つの首と尾、体もそれはそれは大きく、私共は奴の言うことを聞くほかありません……!」
スサノオ:「八岐大蛇……」
クシナダ:「……さ、お客様。せっかくのご馳走が冷めてしまいますわ。お父様もお母様も、泣いていないで、早くいただきましょう?」
アシナヅチ:「あぁ、そうだね。そうしよう。お客様、みっともないところをお見せしてしまって、すみませんでした。さぁ、おあがりください」
スサノオ:「あ、あぁ。いただきます」
(特に会話のない食事が始まる)
***
(食事を終え、部屋に戻るアシナヅチとスサノオ)
アシナヅチ:「本日はお泊まり頂きありがとうございました」
スサノオ:「いや、こっちが礼を言いたいくらいだ。飯も寝床も、助かった。あの酒も、天界で飲んだものと同じくらい美味かったよ」
アシナヅチ:「ありがとうございます。あのお酒は実際、天に納めているのですよ。今日お出ししたのは、天に納めているものと違って、娘が手掛けたものですがね」
スサノオ:「へぇ、通りで。娘さんっつーと、あぁ……8年前の?」
アシナヅチ:「えぇ。本当は、次女や三女が作った酒もお出ししたかったのですが、このお酒は大変酔いやすいものですから……」
スサノオ:「ってことは、毎年作ってんのか」
アシナヅチ:「えぇ、先日完成したクシナダの物を含めて、8つの酒樽があります。天に納めるには惜しくて……私もあまり飲む方ではないので、全く減らないのですがね」
スサノオ:「あの子も作ったのか。そりゃいつか、飲んでみてぇもんだな」
アシナヅチ:「良い子でしょう? クシナダは……。あの子は、幼くして姉を亡くし、それから1人ずつ姉を失っていくという可哀そうな子でした。あんな化け物に、人生を奪われて……」
スサノオ:「あぁ……」
アシナヅチ:「お客様、あの子は……私たちを恨んでいるでしょうか」
スサノオ:「……は?」
アシナヅチ:「今日は、あの子と過ごす最後の夜だったんです。でも、貴方をお泊めしたいと申し出た。この、大切な夜にですよ。今までの晩餐ではありえなかったのに」
スサノオ:「……断れば良かったな」
アシナヅチ:「いえいえ、貴方を咎めたいのではありません。真に咎めるべきは私自身ですから」
スサノオ:「なんでだ?」
アシナヅチ:「この不幸が始まったのは、長女が私を庇ったからなのです。あの時、長女をちゃんと逃がすことが出来ていれば、娘たちはまだ生きていたかもしれない……」
スサノオ:「詳しく聞かせてくれ」
アシナヅチ:「初めて八岐大蛇が現れた時、私は家族を逃がし、この場に残りました。八岐大蛇は大変な巨体でありましたから、誰かが犠牲にならなければ、娘たちは逃げきれないだろうと思ったのです」
スサノオ:「アンタの足が悪いのはまさか……」
アシナヅチ:「……えぇ、その際に足を噛まれました」
(アシナヅチ、スサノオに足の傷を見せる)
スサノオ:「ッ…………」
アシナヅチ:「私がうめき声をあげると、長女がこちらへ戻ってきてしまいました。私は『逃げなさい』と言ったのですが、長女は八岐大蛇に身代わりを申し出て、そのまま……」
スサノオ:「…………」
アシナヅチ:「長女を呑み込んだ八岐大蛇は『この女に免じて1年の寿命をやる』と言い放ちました。『生きていたければ1年後、また女を差し出せ』と……」
スサノオ:「そんな……」
アシナヅチ:「あの時、私が足を噛まれていなければ、私が長女をきちんと逃がしていれば、こんなことにはならなかったのです。きっと、あの子は私を恨んでいる」
スサノオ:「……このことを、あの子は」
アシナヅチ:「知りません。あの時クシナダは10歳でしたが、あまりの恐怖に気を失っていましたから……」
スサノオ:「その八岐大蛇は今年も来るのか」
アシナヅチ:「……(ゆっくりとうなずく)」
スサノオ:「クソ……天の神は何をやってんだ」
アシナヅチ:「仕方がありません。地上の女が多少 喰われたところで、神々が動くことはありませんから」
スサノオ:「チッ……」
アシナヅチ:「あぁ……いつかはみんな八岐大蛇に喰われてしまうというのなら、もういっそ、家族みんなで心中でも……——」
スサノオ:「お前ッ——」
(ふすまがガタンと音を立てる)
スサノオ:「ッ!?」
クシナダ:「ッ……あ……」
アシナヅチ:「クシナダ!?」
クシナダ:「……ッ!」
(クシナダ、走り去る)
アシナヅチ:「クシナダ! 今のは違うんだ! 戻ってきておくれ! クシナダ!!! (立ち上がり切れず)あぁッ!!」
スサノオ:「じいさん、俺が行く。アンタは落ち着いて、ばあさんと帰りを待ってくれ。いいか、どれだけ時間がかかろうと、朝日が昇る前にはクシナダを連れて帰る。それまで、絶対に変な気を起こすんじゃねぇぞ」
アシナヅチ:「ありがとうございます……あぁ、私はまた、自分のせいで大切な娘を……」
スサノオ:「なぁ、じいさん。俺が思うに、アンタは立派な父親だぜ。それこそ、彼のイザナギよりよっぽどな」
アシナヅチ:「……あなたは一体……」
スサノオ:「とにかく、すぐに連れて帰ってくるから。そうしたら、アンタの質問に直接答えて貰おうぜ。それじゃあ!」
(スサノオ、去る)
アシナヅチ:「どうか、お名前だけでも……! ……あぁ、娘を、どうかよろしくお願いします」
***
——屋敷裏の山中
スサノオ:「はぁ、はぁ、おい……おい! 止まれ! 止まれって!!!」
(スサノオ、クシナダの腕を掴む)
クシナダ:「ッ、離してください! お父様に殺されるくらいなら、このまま自分で死んでしまった方がマシです!」
スサノオ:「じいさんのあれはどう考えたって本心じゃねぇだろ!」
クシナダ:「そうでなくても、お姉様たちを殺したのはお父様も同然です! あぁそうだ、私がいなくなった後、きっと八岐大蛇はお父様たちを殺すでしょうから。そうなればお父様は報いを……私たちを見殺しにした罰を受けてしまえばいいわ!」
スサノオ:「お前、なんてことを……!」
クシナダ:「痛っ……! 離して! 私はもう、このままお姉様の元へ……黄泉の国へ行きたいの!」
スサノオ:「——ッ、黄泉……?」
(スサノオの手が緩み、クシナダは腕を振り払う)
クシナダ:「ッ……! 行かせて、くださるの……ですか?」
スサノオ:「…………お前、黄泉の国へ行きたいのか」
クシナダ:「……ッ、えぇ! きっとお姉様達も黄泉の国で私のことを待ち望んでいます。どうせ私に未来なんてありませんもの。奪われてしまうくらいならいっそ、私ひとりで黄泉へ渡ります!!!」
スサノオ:「……アンタが死んだら、じいさんはどうなる」
クシナダ:「……お父様はどうせ心中をお望みです。それならお父様はお姉様の気持ちを思い知って死ぬべきだと思いませんか? だって、今までずっとお姉様たちを見殺しにしていたんですよ?」
スサノオ:「——見殺しにしたのはお前も同じなんじゃねぇのか!」
クシナダ:「……ッ!?」
スサノオ:「長女の時は気を失っていたらしいけどよ、それ以降はどうなんだ? お前は、八岐大蛇に立ち向かったのか? 長女のように、身代わりを申し出たのか?」
クシナダ:「ッ……! そうですよね。私も罰を受けるべきですよね! 貴方は父に言われて、私を連れ戻しにきたんですもの。貴方も、私を見殺しにすれば——」
スサノオ:「俺はそんなこと言ってねぇだろ!! 俺はお前が簡単に命を捨てようとしてんのが気に入らねぇんだよ!」
クシナダ:「ッ……!? 簡単なんかじゃ……!」
スサノオ:「俺には簡単に見えんだよ! 今お前が死んで何になるんだ?! 姉たちを見殺しにして、今度はじいさんも見殺しにする気か!? お前はそうやって自分の言う罪を……——」
(フラッシュバック)
スサノオ:「お前らも、俺の話を聞かないんだな」
(ハッとして、言葉に詰まるスサノオ)
スサノオ:「ッ…………」
クシナダ:「……だから、死にたいんじゃないですか。見殺しにしてしまうのが……これ以上罪を重ねるのが耐えられないから、死のうとしたんじゃないですか」
スサノオ:「……違う、違うんだよ。俺は、そんなことが言いたいんじゃ……」
クシナダ:「安心してください。私ちゃんと喰われて死にますから。お父様にああ言われて驚いてしまっただけですから。ちゃんと罪を償いますから! だからもう、放っておいてください!!!」
(クシナダ、スサノオの隣を通って走り去る)
スサノオ:「まただ……。俺はまた、自分の正義を貫こうとして……間違いをッ——」
(回想)
クシナダ:「お父様、今日はもう遅いですし、泊まって頂いてはいかがですか?」
アシナヅチ:「今日は、あの子と過ごす最後の夜だったんです。でも、貴方をお泊めしたいと申し出た。この、大切な夜にですよ」
クシナダ:「どうせ私に未来なんてありませんもの。奪われてしまうくらいならいっそ、私ひとりで黄泉へ渡ります!!!」
(回想終わり)
スサノオ:「……いや、違う。俺の正義は間違ってない。間違えたのは、言葉だ。行かねぇと……ここでアイツを救えなかったら、俺は……俺の正義は、一生俺を許せなくなっちまう!」
(スサノオ、クシナダを追って走りだす)
***
——クシナダの屋敷の前
クシナダ:「はぁ……はぁ……本当は。……本当は、ちゃんと分かっているの。私には未来なんかなくて、この罪を背負ったまま生きることなんか許されなくて……。お姉様が黄泉で待っているのに、私1人が諦めきれないなんて、そんなこと、ちゃんと。……ちゃんと、分かっているのに……——どうして、貴方は追いかけてきてしまうのですか」
スサノオ:「……はぁ、はぁ……クシナダ」
クシナダ:「貴方は今日出会ったばっかりの他人です。ここまで巻き込んでしまったのは謝ります。だからもう、私達に構わないでください。私は明日、ちゃんと家族のために……——」
スサノオ:「——お前は、何のために生まれて来たんだよ!」
クシナダ:「ッ……!?」
スサノオ:「罰? 償う? お前はそんなことで死ぬために生まれて来たのか? なんでお前が家族のために死ななきゃなんねぇんだよ!」
クシナダ:「っ……仕方がないじゃないですか。あなたもさっき言っていたでしょう? 私が逃げたらお父様やお母様が死んでしまうんです。お姉様だって私たちの為に死んでしまったのに、私だけが逃げようだなんて、そんなの——」
スサノオ:「——『生きたい』と願って何が悪いんだ!」
クシナダ:「……っ!」
スサノオ:「なぁ、クシナダ。お前は『罪を償う』って、……『罰を受ける』って言ったよな。教えてくれよ。お前は何の罪で死ぬんだ?」
クシナダ:「……お姉様を、見殺しにした罪です」
スサノオ:「でもそれは、お前の罪じゃないだろ?」
クシナダ:「……何を、言って……」
スサノオ:「アンタやじいさんは、確かに姉たちを見殺しにしたのかもしれない。逃げもせず、立ち向かいもせず、8年間、ずっと姉の死に目を伏せてきたのかもしれない。……だが、例え八岐大蛇に立ち向かったって、皆殺しにされるのがオチだ。それが分かっていたから、抗えなかった。そうだろ?」
クシナダ:「……でも、罪を犯したことに変わりは——」
スサノオ:「——お前は罪なんか犯しちゃいねぇよ」
クシナダ:「……っ」
スサノオ:「アンタもじいさんも、そうせざるを得なかった。罪を犯したのは、八岐大蛇だ。なんで罪人が人を殺して、その罪を擦り付けて生きてんだよ」
クシナダ:「でも……もし、これが罪じゃなかったとしても……お姉様達を見殺しにして、私だけが生き延びるだなんて、出来るわけないじゃないですか! 私もお姉様も、きっと死ぬために生まれて来たんです。見殺しが罪でなくとも、私だけが生き延びることは罪。私はやっぱり、死ななきゃ——」
スサノオ:「罪罪罪罪うっせぇなぁ! 俺は、理不尽に罪とか罰とか抜かす奴が大嫌いなんだよ!!!!」
クシナダ:「り、理不尽?」
スサノオ:「姉を殺したのは八岐大蛇! お前は家族が守ってくれたおかげで生き残った! それのどこが罪なんだ! どこに罰が必要なんだよ! お前も、お前の姉たちも、死ぬためなんかに生まれて来たわけじゃねぇ! 自分の人生を生きるために生まれて来たんだ! お前の姉は、その人生の中で、お前や家族を守る為に仕方なく死を選んだに過ぎねぇ! なぁ、そんな大事な命を投げうっちまう方が罪じゃねぇのか! 違うか!?」
クシナダ:「っ…………!」
スサノオ:「俺は『姉の為に生きろ』なんて綺麗事は言わねぇ。そんなに死にたいなら勝手に死ねばいい。だが、死ぬことは贖罪にはならねぇからな。死は救いでもなんでもねぇ。自分の罪悪感の為に姉の死を使うって言うんなら、俺はお前を許さねぇからな」
クシナダ:「……じゃあ……じゃあ、どうしたらいいって言うんですか! 逃げても、逃げなくても、八岐大蛇が来ることに変わりはないんです! どうしたって死ぬ運命なのに、今更『死にたくない』だなんてそんなこと——」
スサノオ:「——俺が、ここにいるじゃねぇか!!!」
クシナダ:「……ッ!」
スサノオ:「なァ、クシナダ。お前は今日なんで、俺を家に泊めた?」
クシナダ:「……!」
スサノオ:「死ぬつもりなんだったら、今日はさぞ大切な日だったはずだ。俺が仮に自分から『泊めてくれ』と頼んだとしても、明日死ぬつもりの人間なら『家族水入らずで最後の日を過ごしたい』と考え、断るだろう。……なぁ、お前はなんで、俺を自ら招き入れた?」
クシナダ:「それは…………」
スサノオ:「——死にたくなかったからじゃねぇのか?」
クシナダ:「っ…………」
スサノオ:「俺はよ、現世と天界を追放された神なんだ。家族に見放されて、もう黄泉に行くしか道がない……クソみてぇな神だよ。正直死んじまいたかった」
クシナダ:「…………」
スサノオ:「俺は自分の正義を理解してもらえなかった。海原の統治も、馬ヅラの皮を剥いだのも、全部家族のためだったのに」
クシナダ:「貴方は……まさか——」
スサノオ:「——俺はお前が羨ましい。家族に愛されて、『生きたい』と願える理由がある。俺にないものをたくさん持ってる」
クシナダ:「………………」
スサノオ:「なぁ、クシナダ。俺は、お前の未来が奪われちまうなんてくそ喰らえだ。こんな不条理に、お前が潰されちまうなんて見逃せねぇ」
クシナダ:「私……」
スサノオ:「俺は、お前の未来を諦めない。これは俺がやりたくてやってることだ。……クシナダ、お前はどうしたい。お前は、お前自身の為に、それでも未来を諦めたいと思うのか?」
クシナダ:「私……生きていたいです。今日も、明日も、その先もずっと! お父様とお母様と……貴方と、幸せな未来を迎えたい」
スサノオ:「あぁ、そうか。それじゃあ……——あ? 今、なんて……」
クシナダ:「もし、本当に未来があるのだとしたら……私は、貴方と幸せになりたいです。その……私は、貴方にも幸せになってほしい、ので……」
スサノオ:「っ……困ったな、俺は現世を追放されてんだぜ? それに、俺は愛を知らない」
クシナダ:「そんなの、過去の話です。貴方は、私に未来を見せてくれた。私は、そんな貴方を愛したいと思った。それだけじゃ……ダメですか?」
スサノオ:「ッ……分かった。俺は、お前が持っているものを誰にも奪わせないと誓おうじゃないか。それが例え、愛だとしても」
クシナダ:「…………!」
スサノオ:「……——そういうことだ、じいさん。約束通り、連れ戻してきたぜ」
(屋敷の陰からアシナヅチが出てくる)
アシナヅチ:「はは、気づかれておりましたか」
クシナダ:「お父様!?」
アシナヅチ:「すまないね、クシナダ。あの時は心にもないことを言ってしまって」
クシナダ:「私こそ、逃げ出してしまってごめんなさい。あの言葉が本心じゃないと、分かっていたのに」
アシナヅチ:「クシナダ……。お客様、クシナダを無事に連れ帰ってくださり、ありがとうございました。ただ、その……娘を嫁には……貴方のお名前も知りませんし……」
スサノオ:「あぁ、そういや名乗ってなかったな。まぁいい。クシナダ、残ってる酒樽は8つだったよな?」
クシナダ:「え……? え、えぇ、私の物も含めて8つです」
スサノオ:「じいさん、これから忙しくなるぜ。なんてったって、夜までに8つの門を作り上げなきゃいけないからな」
アシナヅチ:「一体何を……」
(スサノオ、不格好に姿勢を正し向き直る)
スサノオ:「申し遅れました、アシナヅチ殿。俺は三貴神が1人、スサノオノミコトと申します。件の妖、八岐大蛇……この俺が退治して進ぜましょう」
アシナヅチ:「三貴神の1人、スサノオノミコト……!?」
スサノオ:「俺が八岐大蛇に打ち勝つことが出来た暁には、じいさん。アンタの娘を……クシナダを嫁にくれ」
クシナダ:「スサノオ様……」
アシナヅチ:「これは大変恐れ多いことです。お助けいただいた暁には、どうぞ、娘をもらってください」
スサノオ:「あぁ、ありがとう。クシナダ、お前もこれでいいんだよな?」
クシナダ:「……えぇ。私は、私の未来を諦めません。これ以上、人生を、幸せを、未来を、奪われてたまるものですか。スサノオ様、私の全てを貴方に差し上げます。だからどうか……私を、助けてください」
スサノオ:「……あぁ、三貴神が1人、スサノオノミコト。その願い、承った!!!」
***
——クシナダが住む屋敷の前 8つの門前
スサノオ:「よし、先の作戦通り、8つの門の前にそれぞれ1つずつ酒樽を置いたな。じいさん、クシナダ。もう1度作戦をおさらいするぞ」
アシナヅチ:「えぇ。八岐大蛇は頭と尾が8つに分かれた化け物です。8つの門に酒樽を用意しておけば、きっと酒に溺れて眠ってしまうでしょう」
スサノオ:「八岐大蛇が眠っている間に、俺が頭と尾を一瞬で斬る。この程度の距離であれば、ヤツが目覚める前に仕留めることが出来るだろう。ただ……」
クシナダ:「私の作ったお酒は、他のお酒よりも発酵が足りない可能性があります」
スサノオ:「あぁ。一瞬で終わるように善処するが……もし、逃がしてしまった時は」
アシナヅチ:「屋敷に隠れる我々も、すぐ近くにいるスサノオ様も、きっと殺されてしまいますでしょう」
スサノオ:「……こればかりは仕方ねぇな。まぁ、それも見越してちょっとした仕込みはしてっから、それが上手くいくことを願うしかねぇ。この仕込みに関しては、じいさん、クシナダ、すまねぇな」
クシナダ:「いえ、むしろそれで皆助かるなら」
アシナヅチ:「お安いものです」
スサノオ:「すまねぇ」
アシナヅチ:「さぁ、もうすぐ日が暮れてしまいます。夜になればいつ現れてもおかしくありませんから。私達は屋敷に控えることに致します」
クシナダ:「スサノオ様、私も一緒に……」
スサノオ:「あぁ、じいさん。アンタはばあさんと屋敷で待機だ。俺が戻るまで外には出るなよ」
クシナダ:「……?」
アシナヅチ:「あの……クシナダは?」
スサノオ:「じいさん、クシナダには最強の隠れ場所を用意した。奴がクシナダの気配を感じて、酒を無視するって可能性も捨てきれないからな」
クシナダ:「最強の隠れ場所……ですか?」
アシナヅチ:「それは一体……」
スサノオ:「俺の、髪の中だ」
アシナヅチ:「……はい?」
スサノオ:「俺の、髪の中だ」
クシナダ:「か、髪の中ですか?」
スサノオ:「あぁ。攻撃は最大の防御。姿を変えて俺の身に着けていれば、最悪屋敷に向かわれても食われることがない。それに俺は最強だからな。何が起こっても、負けねぇし死なねぇ」
アシナヅチ:「……貴方がそうおっしゃるなら、娘の命をお預けいたします」
クシナダ:「スサノオ様……」
スサノオ:「来いよ、クシナダ。お前も、姉の仇を討ちたいだろ」
クシナダ:「……! はい! 私も、戦います!」
アシナヅチ:「クシナダ……」
クシナダ:「見ていてください、お父様。私がこの呪いに終止符を討ちます」
スサノオ:「じゃあ、行くぞ。クシナダ!」
クシナダ:「えぇ!」
スサノオ:「苦と死を守るは倭撫子。八雲に隠れる命の源、今その姿を変えて、我が身に宿る力となれ!」
(クシナダの姿が櫛に変わる)
スサノオ:「神通力……湯津爪櫛」
アシナヅチ:「クシナダ……」
スサノオ:「安心しろ。俺が攻撃を受けたとしても、その衝撃はクシナダに伝わらねぇ」
アシナヅチ:「スサノオ様……どうか、娘をよろしくお願い致します」
スサノオ:「おう、まかせろ!」
***
——8つの門の前 丑三つ時
八岐大蛇:「今宵は我に生贄が捧げられる至福の夜……。今宵喰らう娘が最後の生贄なのだと思うと大変に惜しいが……8年もかけてじっくりと煮込まれた恨みの念はさぞ美味かろうなぁ……ん?」
(遠くに8つの門が見える)
八岐大蛇:「8つの門……? それにこの匂いは……酒か? くくく、最後の生贄の為に食前酒を用意するとは……誰の入れ知恵だろうなァ?」
(八岐大蛇、それぞれの門に首を突っ込んで酒樽を覗き込む)
八岐大蛇:「生贄の姿は見えぬが……これで逃げる時間を稼ぐつもりか? それとも、家族仲良く心中か? ……まぁ、良い。どちらにせよこの酒はいつか奪うつもりだったからな。早々に飲みつくして、生贄もろともあの家族を皆殺しにしてやろう」
(八岐大蛇、酒を飲み始める)
八岐大蛇:「……む、なかなかに美味であるな……この、さけ……は……——」
(八岐大蛇、眠り始める)
スサノオ:「……独り言の多い野郎だな?」
(スサノオ、門の上に姿を現す)
スサノオ:「この位置、この距離……確実に獲れる! 行くぞ、クシナダ……閃光飛電!!!」
(スサノオ、一閃の光となって八岐大蛇を斬っていく)
スサノオ:「いち……にぃっ、さん……しぃ……」
クシナダ:「すごい……あの八岐大蛇を本当に一瞬で……!」
スサノオ:「ごぉ……ろく……しち!!!!」
クシナダ:「あと、1体!!!」
スサノオ:「これで、終わりだ!!!! うぉおおおおお!!!!」
(首を獲ろうとすると、尾が首を守る)
スサノオ:「なッ!? 剣が……弾かれた、だと!? ぐッッ!!!!!!!」
(スサノオ、尾で吹き飛ばされ、木にぶつかる)
スサノオ:「がはッ……」
八岐大蛇:「羽虫が飛び回っているのかと思えば……。まさか、貴様のような小僧に首を獲られてしまうとはな。それで小僧、これは……一体何の真似だ?」
スサノオ:「クソッ……目を覚ましやがったか」
八岐大蛇:「酒の力で眠っておったがな。この酒樽は、仕込みが足りなかったようだぞ?」
スサノオ:「クシナダの酒か……。お前から斬るべきだったぜ」
八岐大蛇:「さて、お前は妖の王である我に楯突いたわけだが……どう落とし前をつける気だ?」
スサノオ:「落とし前だぁ? ハッ……そんなの、くそくらえ、だぜ……ッ!」
(スサノオ、立ち上がって斬りかかろうとする)
八岐大蛇:「おっと、下手に動かない方が良い。我の尾には昔、神から奪った剣が宿っているからな。その気になればお前如き簡単に斬り屠ることが出来る」
スサノオ:「そんなの、俺の羽々斬で……!」
八岐大蛇:「その羽々斬とやら、よぉく見てみろ」
スサノオ:「あ……? ッ!? 欠けて……いやがる!!!」
八岐大蛇:「この剣はもう何十年も我が尾に宿っている。元は弱い剣であったが、長い年月をかけてじっくりと精錬を行ったのだ。小僧ごときに敗れる代物ではない」
スサノオ:「チッ……」
八岐大蛇:「だが、喜べ。我の攻撃を受けて意識を保っていられたのは貴様が初めてだ。剣が無事であることも興味深い。この体が再生したら、すぐに我が身へ取り込んでやろうぞ」
スサノオ:「再生……だと?」
八岐大蛇:「あぁ、我が妖力を以ってすれば1度程度の再生、何ということはない」
スサノオ:「ッ…………」
クシナダ:「スサノオ様……」
八岐大蛇:「おや」
スサノオ:「クシナダ、静かにしてろ」
八岐大蛇:「ククク、小僧の割には美味そうな匂いだと思っていたが……なるほど、女を隠していたか。となると、神通力を使ったんだなぁ? 相当な神と見える」
スサノオ:「ハン、どーだかな。もっと戦って試してみるか?」
クシナダ:「スサノオ様、もうおやめください」
スサノオ:「剣が欠けたからなんだっつーんだ。俺はまだ戦えるぜ?」
八岐大蛇:「ほざけ、小僧。その剣であれば、攻撃を防げるのはせいぜい後1回。体を強打し、立つのもやっとであろう」
クシナダ:「もう、やめて……」
スサノオ:「自分の力に随分と自信があるみてぇだな? 俺はまだまだ……戦えるぜ!」
(スサノオ、剣に雷を走らせ構える)
八岐大蛇:「おもしろい、その威勢、鼻からへし折ってくれる!」
(八岐大蛇、体中から邪気を放ち、尾を構える)
クシナダ:「もうやめてください!!!」
スサノオ:「ッ!?」
八岐大蛇:「……ほう」
(神通力が解け、間に割って入るクシナダ)
スサノオ:「神通力が……ッ、おい、クシナダ! 戻れ!」
クシナダ:「…………」
八岐大蛇:「我のモノになる覚悟が出来たか、女」
クシナダ:「……はい」
スサノオ:「クシナダ!!!」
クシナダ:「スサノオ様……奪われるのは、私の未来だけで十分です。私のためにあなたが奪われてしまうのは……耐えられません」
スサノオ:「だから、俺はこんな奴に負けねぇって……!」
八岐大蛇:「小僧、黙れ」
(八岐大蛇、スサノオを尾で殴ろうとするも、避けられる)
スサノオ:「ハンッ、同じ攻撃を2度も喰らうか——」
(避けた方向から、別の尾がスサノオを吹き飛ばす)
スサノオ:「っぐぅ……!」
八岐大蛇:「言っただろう。我が妖力を以ってすれば、1度程度の再生、何ということはないと」
スサノオ:「もう、1本目の尾を再生したのか……クソ」
クシナダ:「スサノオ様!!!」
八岐大蛇:「女、お前はこっちだろう?」
(八岐大蛇、クシナダの体を尾で引き寄せる)
クシナダ:「っ……い、いや……」
八岐大蛇:「嫌、だと? 恋人を危険に晒したお前が、今更何を言う」
クシナダ:「っ……スサノオ様を、危険に」
八岐大蛇:「違えてはおらんだろう? お前が出てこなければ、まだ多少は戦えたろうに。再生した尾にも気が付いたかもな?」
クシナダ:「そ、それは……」
八岐大蛇:「お前はいつまでも変わらんようだなァ? 姉の犠牲の上にのうのうと生き延び、恋人をも犠牲にする。そうして最後は、陵辱され、死んでしまうのだ」
(八岐大蛇、クシナダの体をいやらしく撫でる)
クシナダ:「ッ……」
八岐大蛇:「あぁ、その顔が見たかった。お前が、我の女となるその顔を(クシナダの顔を舐める)」
クシナダ:「ッ!?」
八岐大蛇:「うむ、やはり女の絶望は甘い味がするなァ?」
クシナダ:「…………ッ」
八岐大蛇:「お前の姉も同じ味がしたぞ? 始めは虚勢を張っていたが、どんなに勇敢な女も最後には絶望の味が広がった」
クシナダ:「お酒は、いかがでしたか」
八岐大蛇:「酒? あぁ、我を眠らせたあの酒か。昔食った女を思い出す、いい酒だったぞ? 最後の酒は特に、女。お前のように弱弱しく甘い味だった」
クシナダ:「そう、ですか」
八岐大蛇:「さぁ、言い残したことはあるか? 次に頭が再生した時、お前の恋人へそれを伝えてやろう。無論、すぐに後を追わせてやるがな」
クシナダ:「言い残したこと。そうですね……。八岐大蛇。貴方は……随分、貧相な舌をお持ちなんですね」
八岐大蛇:「……何?」
クシナダ:「私も、お姉様達も、絶望なんかしていません」
八岐大蛇:「ほう? よくもまぁこんな時まで、虚勢を張れるものだ!」
クシナダ:「お姉様が持っていたのは私達への愛と覚悟。そして、いま私が持っているのは、貴方への怒りと、貴方より強い恋人です!!! スサノオ様!!!!」
(スサノオ、息も絶え絶えに立ち上がる)
スサノオ:「クシナダに……触んじゃ、ねェ!!!!!!」
(スサノオ、八岐大蛇に斬りかかる)
八岐大蛇:「くッ……まだ生きておったか!」
(八岐大蛇、クシナダを盾にする)
スサノオ:「ッ……でりゃああああ!!」
(スサノオ、空中で体を捻り、八岐大蛇の尾を切り刻む)
八岐大蛇:「なッ……尾が……!」
スサノオ:「クシナダ!」
クシナダ:「スサノオ様……!」
(スサノオ、クシナダを抱えて着地する)
スサノオ:「助けるのが遅れちまった……怪我はないか? クシナダ」
クシナダ:「……えぇ、無事です。勝手なことをしてごめんなさい」
スサノオ:「いや、構わねぇ。おかげで、時間稼ぎが出来た。助かったぜ」
クシナダ:「スサノオ様……」
八岐大蛇:「我が判断を違えるはずはない……何故、小僧ごときに攻撃を躱されたのだ?」
スサノオ:「そりゃあ、お前がバカ舌だからだろ」
八岐大蛇:「貴様まで……一体何を……!」
クシナダ:「——酒毒」
八岐大蛇:「ッ!?」
クシナダ:「酒は百薬の長と言いますが、過剰に摂取すれば毒とも成り得ます」
スサノオ:「全部の酒……特にクシナダが作った酒には多くの霊力を込めておいた。正直、全部飲むかは賭けだったがな」
クシナダ:「ここに、ひと瓶の酒があります。さぁ、お飲みになりませんか?」
八岐大蛇:「クソ……人間如きが、コケにしおって……!」
スサノオ:「おっと、いらねぇのか? そんじゃあ、俺が貰うぜ?」
八岐大蛇:「小僧ぉおおおおおお!!!!!」
(スサノオ、クシナダを抱えて門の上へ退避する)
スサノオ:「よっと……。(瓶の酒を飲み干して)ぷはっ……やっぱ、クシナダが作った酒は美味いな」
クシナダ:「ふふ、ありがとうございます」
八岐大蛇:「ちょこまかと……羽虫が飛び回ったところで、我の首を討ちとることなど出来——」
スサノオ:「——閃光飛電」
(八岐大蛇の尾が落ちる)
八岐大蛇:「ぐぅぅっ……ッ!」
スサノオ:「大したことないなァ。八岐大蛇っつーのもよォ!」
八岐大蛇:「うぐぅッ……! く、クソ……小僧……!」
スサノオ:「俺は小僧じゃねぇぜ? 八岐大蛇」
八岐大蛇:「ッ……! や、やめろ!」
スサノオ:「俺の名は……」
八岐大蛇:「やめてくれェッ!」
スサノオ:「スサノオノミコトだぁぁあああッッッ!」
(スサノオの剣が八岐大蛇の最後の頭を切り刻む)
八岐大蛇:「ぎゃあぁああああああ!!!!!! クソ……クソ、クソ、クソッ! 地上の神は我に恐れを成していた! 妖たちからは愛され、尊敬されていたというのに! それなのに、それなのに……ッ! 貴様のような小僧ごときにッ!!! 許さないぞ……! 我は、必ず現世へ戻る! その時は覚えていろ、スサノオノミコト!!!」
(スサノオ、門の上に着地する)
スサノオ:「はぁ、はぁ……ふぅ、ついにやったぞ、クシナダ!」
クシナダ:「スサノオ様!」
(クシナダ、スサノオの元へ走り抱きつく)
スサノオ:「おっと……クシナダ」
クシナダ:「ありがとうございます……お姉様の仇を討ってくださって、私達を助けてくださって……本当になんとお礼を申し上げればよいのか……!」
スサノオ:「礼なんていらねぇよ」
クシナダ:「いいえ、そんな!」
スサノオ:「愛する者の為に命を懸けるのは、あたりまえのことだ」
クシナダ:「ッ……!」
スサノオ:「それに、八岐大蛇を倒したのは俺一人じゃない」
クシナダ:「他に……どなたが?」
スサノオ:「お前だよ、クシナダ。お前があのとき姿を現していなかったら、俺は確実に力で負けていただろう。だから、俺だけの勝利じゃなく、3人の勝利だ」
クシナダ:「3人……?」
スサノオ:「なぁ、じいさん。呼ぶまで待ってろっつったのに、待ちきれずに出て来ちまったんだろ?」
(スサノオ、クシナダ、門の下を覗くとアシナヅチが立っているのが見える)
アシナヅチ:「ははは、また、気づかれておりましたか」
クシナダ:「もう、お父様ったら」
スサノオ:「じいさん、ちょっと待ってろ」
(スサノオ、アシナヅチを門の上へ上げる)
アシナヅチ:「おぉ……私まで門の上へ。ありがとうございます、スサノオ様」
スサノオ:「あぁ、構わねぇよ。で、じいさん。あの時の答え、聞いたらどうだ?」
クシナダ:「あの時の答え……?」
アシナヅチ:「え、えぇ……。クシナダ……」
クシナダ:「どうしたの? お父様」
アシナヅチ:「お前は、私を恨んでいるかい?」
スサノオ:「…………」
クシナダ:「……恨むなんて、とんでもない」
アシナヅチ:「……!」
クシナダ:「むしろ、大好きよ! 愛しているわ、お父様……」
アシナヅチ:「あぁ、クシナダ……」
(クシナダ、アシナヅチ、抱き合う)
スサノオ:「……八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
……っ、あぁ、そうか、馬ヅラ。これが……この気持ちが、愛、か」
***
——後日、天界にスサノオから文と剣が献上される。天界は文に偽りがないか事件を調べた。
オモイカネ:「——以上が、今回地上で起こった『八岐大蛇事件』の全貌でございます。実際、八岐大蛇の尾に入っていたという天叢雲剣も、スサノオノミコトによって献上されているので、付いていた文に誤りはないかと」
アマテラス:「やっぱり、スサノオはいい子ね。もう、天界に入れてあげることは出来ないけど……。ねぇ、父上。やっぱり、地上からの追放は取りやめてあげた方がよろしいのではないでしょうか?」
イザナギ:「……いや、スサノオのことだ。どうせまた何かをしでかすに決まっている」
アマテラス:「でも、天界での把握が遅れていた事件を、たった1人で解決したのですよ?」
イザナギ:「……簡単に心は変わらない。1週間経っても黄泉へ降らない様であれば……」
アマテラス:「…………」
イザナギ:「私が奴を黄泉へ送る」
アマテラス:「父上……スサノオ……」
——声劇『スサノオの贖罪』へ続く|