【短編小説】家を繕う
【概要】今より少し先の未来、空襲で吹き飛んだ屋根を修理する家族の話(4,291字)
ー1-
「パパ、早く起きて出かける準備して。アイちゃん、パパを起こしてきて。」
アイちゃんのママは朝早くから忙しそうに朝ごはんの支度をしている。
「パパ、早く起きて。起きないとママに怒られちゃうよ。」
アイちゃんが横になっているパパをゆすると
「え、もう朝!?早く起きなきゃ!」
と言って飛び起きた。
「あー、えーと、ママ!今なん時!?」
「もう6時半よ。急いで。早く配給に並ばないとまたすごい時間待たされるんだから。」
眠そうにまぶたをこすりながら居間のテーブルに座ったパパは夕べと同じ作業服のまんまだ。
おとついから電気も水道も止まってるからお風呂もお洗濯も無理だった。
「朝ごはん用意できたから急いで食べて。今日は戻ったら2階の屋根もなんとかしなきゃいけないんでしょ。」
ー2-
三人で小さなテーブルを囲んで朝ごはんを食べた。
配給の非常食もママがお皿に盛りつけると、ふつうの朝ごはんみたいだった。
ごはんを済ませたらパパはお庭で出かける準備を始めた。
折り畳み式のリヤカーを広げているパパにママが言った。
「水はまだ一週間は持つから、できれば食糧を何日分かまとめてもらってきて。あと、屋根の補修材とハシゴを借りてくるのを忘れないでね。テントも借りられそうだったら借りてきて。そうだ、今日は工場にも寄るんだよね?」
そこまで言うと、朝ごはんの片づけをしながらママはアイちゃんに声をかけた。
「アイちゃん、お庭からお花を摘んでパパに渡して。白いのと紫のね。」
「え、なんで?」
「いいから。おねがい。」
白いお花と紫のお花は一種類ずつしかなかったからすぐにわかった。
アイちゃんはお庭の花壇からお摘んだお花をパパに渡した。
「アイちゃん、ありがとう。じゃあ、行ってくるね。」
「いってらっしゃい。気を付けてね。」
「戻るのはたぶんお昼過ぎになると思う。家の中の片付け、よろしくな。」
そう言ってパパは寝癖が付いたままのボサボサ頭に作業帽をかぶるとリヤカーを引いて出かけて行った。
ー3-
二人でパパを見送ったあと、ママとアイちゃんは家の中の片付けを始めた。
昨日は三人で居間だけでも片づけてなんとかごはんを食べられるスペースを確保したけど、他の部屋は割れたガラスのかけらが散らかってて危ないし、特に2階はめちゃくちゃなまんまだった。
細かい瓦礫やガラスの破片はほうきで部屋の隅に寄せ、倒れた家具は起こしたり、邪魔にならない場所に移動させた。
二人でも動かせない大きな家具はどうしようもないのでパパが帰ってくるのを待ってから片づけることにした。
二人で出来るところまで片付けが終わったら、まだ使えそうなものを一か所に集めて、お庭の地下室にしまっておく大切なものと、生活のためにすぐ使うものとに分けた。
「もう、お昼近くになっちゃった。パパ、早く帰ってくるといいね。」
「うん。そうだね。」
アイちゃんのお腹の虫がグウと鳴った。
ー4-
アイちゃん達の住む国とその隣の国は今、戦争中だ。
もともと同じ一つの国だったのが数年前に東側と西側に分かれ、それ以来いつ戦争が始まってもおかしくない一触即発の状況が続いていた。
戦争がはじまったきっかけは一カ月前の一つの事件だった。
国が東西に分かれてから初めて、国境付近で両国の外交官が話し合いの場を持つことになった。
しかし、会談中に会場が爆破され、両国の外交官とスタッフに多くの死傷者が出た。
両国とも爆弾を仕掛けたのは相手の国であると主張した。
今年に入ってやっと対立が和らぎはじめた両国の関係は一気に冷え込み、ほぼ同じタイミングで宣戦布告する形で戦争が始まってしまった。
アイちゃん達の住む街もおとついの昼間、十数機の無人飛行機により軍需工場や市街地が爆撃を受け、多くの犠牲者が出た。
その時、アイちゃん家の2階の屋根も半分吹き飛ばされてしまったが、その原因は隣の家に爆弾を抱えた無人飛行機が突っ込んだ時の爆風によるものだった。
隣の家には老夫婦が住んでいたが、アイちゃんはパパとママから、二人はお家がなくなってしまったから他の場所に避難したと聞かされている。
昔からアイちゃんのことをよくかわいがってくれていたから、二人がどこかへ行ってしまったのはとても悲しいことだった。
これまでも、隣の国から何度か数百機程度の無人飛行機の編隊が攻めてきていたが、迎撃ドローンの防衛網を抜けられず全て撃ち落とされるのが常だった。
しかし、度重なる攻撃の失敗でしびれを切らした隣の国はその日、今までにない数の無人飛行機を一度に投入してきた。
結果、投入された戦力のごく一部ではあるが、十数機の突破を許してしまい、多くの犠牲者が出てしまった。
地下病院だけでは収容しきれない負傷者が出たため、同じく地下にある学校などの施設も使用されることとなった。
アイちゃんが今年入ったばかりの小学校も負傷者の収容と治療に使われることとなり、休校のまま再開の目途はたっていない。
こういった地下施設は比較的安全であることから、食糧の配給や物資の貸し出しの場としても利用されており、今朝パパが配給を受け取るために向かったのも、アイちゃんの通う小学校だった。
配給や物資の貸し出しには役所の職員だけでなく、同じ公務員という理由で学校の先生たちも駆り出されている。
ー5-
お昼を過ぎた頃に、荷物をいっぱい詰んだリヤカーを引いて、パパが戻ってきた。
「おかえり。どうだった?」
「必要なものはひととおり借りられたよ。非常食もこれだけあれば一週間くらいはもつかな。」
「よかった。とりあえずお昼ごはんにしましょう。アイちゃん、パパとママで準備するから、その間お庭で遊んでてね。」
「うん。」
アイちゃんは、一人じゃなくてお友達と一緒に遊びたいな、と思ったけれども、お庭の花壇を囲むブロックの隅にありんこの行列を見つけるとすぐそれに夢中になってしまった。
30分ほどしたら、家の中から
「ごはんできたよ。」
というママの声がしたので中に入ると、テーブルにお昼ごはんが用意されていた。
心なしかママの目もとが赤くはれていたような気がしたけれど、とてもお腹が空いていたのでごはんを食べ始めるとすぐにそのことは忘れてしまった。
お昼ごはんのあいだ、パパとママは小学校がこれからも休みが続いて、いつから再開するかわからないことや、小学校の先生たちがアイちゃん達のことをすごく心配してくれていて、配給や資材の貸し出しを優先的に行ってくれるようこっそり手配してくれたことを話してくれた。
ー6-
三人でごはんを食べた後は、お庭にテントを建てた。
テントは袋の中身を広げるとあっという間にドーム型になるタイプで、アイちゃんが手伝う必要があったのは風で飛ばないように地面にペグを打ち込むことだけだった。
「ここからなら万が一の時でもすぐに地下室に逃げ込めるし、家が壊されるようなことがあっても雨風をしのげるな。」
ひと仕事終えたパパは得意げに語った。
次はいよいよ、アイちゃん家の2階の屋根の応急処置をすることになった。
高いところでの作業はとても危ないので、屋根に上がるのはパパ一人だけだ。
ハシゴを2階の屋根まで伸ばすと、パパはママに
「ハシゴ、ちゃんと支えててくれよ。」
と声をかけ、ロープを肩に担いでハシゴを上っていった。
パパの姿が2階の屋根の上に消えると、代わりに先端にフックの付いたロープがスルスルと下まで降りてきた。
ママはおろされたロープのフックを、補修用シートの入った袋の穴に引っ掛けた。
「引き上げていいよ。」
とママが屋根の上に声をかけると、「了解。」という声と共に補修用シートの入った袋が屋根の上に引き上げられていった。
補修用シートはたった一人でも作業できるようになっている。
四辺が強力な粘着テープとなっており、全体は伸縮性の高い素材でできているため、屋根に空いた穴の周りをテープを貼りながらぐるりと一周するだけで作業完了なのだ。
しばらく経つと上から補修用シートを入れていた袋だけがロープに吊るされて降りてきた。
「じゃ、降りるから、ハシゴ、よろしくな。」
今度はアイちゃんもママと二人で一緒にハシゴを支えた。
ロープのもう片方を腰のベルトに引っ掛けた状態で降りてきたパパは作業服の袖で汗をぬぐいながら
「これで雨漏りの心配はなくなったな。」
と言った。
ー7-
そのあとは、午前中の家の中の片付けの続きをパパも加わってやったあと、地下室にしまっておくことに決めたものを運び込んだり、寝具やランタンをテントの中に移したりした。
そして晩ごはんを食べ終わるころには、あたりはすっかり真っ暗になっていた。
「今日はもう寝ようか。」
三人はテントの中で川の字に横たわった。
ランタンの灯を消すと、テントの中は真っ暗になった。
暗闇の中で、アイちゃんの声が響いた。
「ねぇ、お兄ちゃん、お姉ちゃん、今日も一日一緒に遊んでくれてありがとう。でも毎日おままごとばっかりだと、アイちゃん、いいかげんあきちゃうかも。」
そして幼い妹はつづけた。
「パパとママ、今日も帰って来なかったね。工場のお仕事いそがしいもんね。早く帰って来ないかなぁ。」
「そうだね。早く帰ってくるといいね。」
二人はさびしそうに微笑んで、幼い妹を優しく抱きしめた。
空襲のあったおとついのこと。
無人飛行機の防衛網突破は想定外のことだった。
避難指示が遅れ、彼らの住む住宅街から30分ほど歩いた場所にある軍需工場も標的となり、数多くの従業員が犠牲となった。
犠牲者の中には共働きで勤めていた彼らの両親も含まれ、小学校の高学年クラスで授業を受けていたアイちゃんの兄と姉が先生から両親の死を知らされたのは、その日の夕方のことだった。
深い悲しみが二人の心を突き刺したが、幼い妹のことを思うと悲しんでばかりもいられなかった。
亡くなった両親の代わりに、これからは自分たちが妹を守っていかなければならない。
しかし一方で、優しい二人はこの受け入れ難い残酷な現実を幼い妹に伝えることができず、両親は壊れた工場の修理があるため当分帰って来られないと嘘を吐いた。
そして、両親が帰ってくるまでの間の約束で、二人がアイちゃんのパパとママを演じる“おままごと”を始めることにしたのだ。
おとついの空襲ですっかり焼け落ちた軍需工場の正門には、死者に手向けられた色とりどりの花が供えられ、今朝アイちゃんの摘んだ白いカーネーションと紫のトルコキキョウも夜風に揺れていた。
空襲もなく、とても静かな夜だった。
灯り一つない街の空には天の川が優しく煌めき、テントの中で寄り添い合って眠る幼い三人の兄妹を遥か彼方から見守っていた。
(おわり)
注:この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。