【小説】人を感動させる薬(8)


(前回)人を感動させる薬(7)


テレビ放送の一件はエル氏にとってかなりショックだったらしい。

ジェイ編集がエル氏のアパートに次回作の打ち合わせをしようと訪れると、部屋の中は荒れ放題で、床という床にありとあらゆるものがぶちまけられていた。

その中心には怒りで顔を真っ赤にしたエル氏が肩で息を切らしながら立っていた。

「僕の小説のヒットが出版社の水増しだと!

映画のヒットがサクラのおかげだと!

ふざけるな!

単にお前らが僕の作品の素晴らしさを理解できないだけだ!

どいつもこいつも手のひら返して勝手なこと言いやがって!

やっぱり僕の作品はテレビなんていう愚かな一般大衆がタダで観るメディアには早すぎたんだ!

バカな視聴者どもめ!

ジェイさん、あんただってそう思うだろう!

次の作品が出来たら絶対あいつら全員ぎゃふんと言わせてやるぞ!」


ジェイ編集は思った。

この男はどこまで身勝手なのだろうと。

そもそもお前の小説が全然面白くないのが悪いんじゃないか。

ヒットしたのだって全部自分が方々駆けずり回って裏で手をまわしてやった結果じゃないか。

それなのにこいつは全て自分の手柄だと思っている。

それだけではなく、今回の失敗は視聴者のせいだと責任転嫁している。


ジェイ編集は無性に腹が立ってきた。

そして今回ばかりはその腹の内のすべてをエル氏にぶちまけてやることを決意した。

「エル先生、わかってないのはあなたの方です!

前から何度も言うように、あなたの作品はつまらないんですよ!

あなたがバカにしている大衆の評価の方が断然正しい!

つまらないものにははっきりつまらないと突き付けてくるのが大衆っていうものなんです!

そして我々はその大衆が作品に払った金で食いつないでいるんです!

バカにしていいわけがない!

さすがに今回ばかりはあなたの態度を許せません!」

続けて、ジェイ編集はついに薬のことを打ち明けた。

「この際だから私も本当のことを言います。

先生の小説や映画がヒットしたのはすべて私が親戚のケイ博士に依頼して作ってもらった『人を感動させる薬』のおかげです。

そして私が本のインクや映画館に散布する香りにこの薬を仕込むためにいままでどれだけ骨を折ったとおもっているんですか!

あなたの駄作をヒットさせるためにですよ!?

この薬がなければ、私がこの薬をばら撒くために必死で駆けずり回らなければ、あなたなんて今頃とっくに会社から契約を切られて元の役立たずのニートに逆戻りしているはずなんです!

嘘だと思いますか?

それならここにあなたの小説の単行本が二冊ある。

一冊は薬を混ぜたインクで印刷したもの、もう一冊は普通のインクで印刷したものです。

自分の目でしっかり確かめてごらんなさい!」


ジェイ編集は二冊の単行本をアパートの床に思い切りたたきつけると、勢いよくドアを開けてエル氏の部屋を出て行った。


(つづく)

次回 人を感動させる薬(9)

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