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【実況中継】オカンこの世を卒業するらしい #3

元日、危篤オカンとの面会は、10分制限のはずだったけれど、気がついたら30分くらいは経過していたと思う。
看護師さんから急かされることは一切なかった。それどころか、見て見ぬふりというか、かなりほっといてくれた。
ナイスな病院である。

入院させるときには、介護入院についてよく知らなかったので、老人性精神疾患の荒療治という妄想だけがふくらみ、いらぬ心配をしたものだった。
今となってはその騒動もなつかしい。

「面会とコミュニケーションはこれで最後になる」

直感的にそう感じた。
最後に名前を呼んでもらえたことは一生忘れないだろう。

帰り道に、ふと偶然見つけた神社。
にぎやかなお囃子が聞こえてくる。距離とマナーに気をつけて、みなさんお参りしている。
弟とふたりで、その列に並ぶことにした。

心の奥から、喜びがじわじわと湧いてくる。
おめでたい。お正月だから、強制的におめでたい。
世界はオカンの旅立ちを、前祝いしてくれている。新しいどこかに生まれ変わるんだ。そうとしか思えなかった。
いい元日じゃないか。


「血圧が下がっています。今夜の可能性もあります。でも長時間の面会はできないので、最後は会えなくなる可能性もあります。ご了承いただけますか」

1月2日の夕方、当直の先生からそんな電話がきた。

世間は、緊急事態宣言がなされようとしていた。
元日にちゃんとお別れできた満足感があったし、オカン自身も旅立ちにあたって、娘や息子を必要としているようではなかったので、なにも迷うことはなかった。

「病院の方針に従います」

本来ならば、危篤の時間、家族はつきっきりになるのだろうな。
でも本当に、不思議なくらい、会いにいきたいとは思わなかった。待っていることが自分の仕事。心からそう思えた。

いつ電話がくるか分からないので、iPhoneをベッドの枕元に置いて寝た。(普段は電磁波が気になるので置かないようにしてるのです)

いつくるか。
いつくるか。

1月3日。眠ったのか眠らなかったのか分からないような朝を迎えた。

連絡はない。

なにもすることがない。

飽きた。待つのやめよ。
今日という1日も、大切な自分の時間だ。やりたいようにやろう。

そうだ。玉ねぎをじっくり炒めて手の込んだカレーを作ろう。
朝から、スパイスカレーを仕込み始める。みるみる体がゆるむのがわかった。
なんども自分を忘れそうになっては、なんども自分に戻る。

なんだかこれ、大切なレッスンだ。

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