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理想のキッチン探し60豪徳寺リターンズ
長原を断った件
続きを楽しみにしてくださっていた皆さん、大変お待たせしました。ほぼ、結論が出ました。実は長原は申し込んで審査も通ったものの、どうしてもあと一歩が踏み出せず、断ってしまいました。確かにキッチンは広くて、今だって広いほうなのに、もっとゆとりが出るし、家具も一通り納まるし、和室と押入れがあるので、収納の悩みもあまりないし、土地勘があるので暮らし始めたら、何がどこにあるのか悩むこともないでしょう。
しかし、思ったほど隣町の旗の台の変化がなかったこと、そして旗の台は私の最悪な時期と重なった記憶があること、坂が多いことその他、一度面白い町の近くに住んでしまったがために、色あせて見えてしまいました。それは前は城南地区から動きたくないと言っていた夫ですらそうだったのです。私たちは人生に何を求めているのでしょう。それは刺激です。
私たちが住まいや地域に求める条件は、平凡です。町が居心地よくて楽しいこと、駅まで、あるいは都心までのアクセスがいいこと、スーパーなど買い物先に不自由しないこと。そこに、カフェが欲しいとか本屋が欲しいとか加わるのですが、それは家で過ごす時間が長い人なら、わかってくれる条件なのではないかと思います。
しかし、そういう町は限られているし、しかも魅力をわかっているので家賃相場も高い、土地も高い。そしてみんな妥協しながら、家を買うなら郊外へ、いっそ地方へ移住して、あるいは耐震基準には目をつぶって、あるいはそこが気にならないから、築半世紀以上の安い物件に住みます。賃貸も家賃が3分の2ぐらいになったりしますし、買った人はリノベすれば相当住み心地をよくすることだって可能です。買うお金があれば。
私たちはフリーランスで収入に増減があるし、物書きのギャラは安いし、本当におそろしく。そしてエリートサラリーマンが当たり前にもらっているいろいろな控除や補助、信用がまったくありません。理想のキッチン探しを始めて私たちは、キッチンにさえ目をつぶれば広くて安めで便利な部屋があるのに……という実態に、つくづく私たちの甲斐性のなさを実感させられ傷めつけられてきました。お互い、業界の賞までもらって社会的信用も高くなり、「先生」なんて呼ばれちゃって、仕事に困らない生活になったはずだったのに……。
でも、常に時代をキャッチして、フットワーク軽く、しかし同時にたくさんの資料も駆使して働くことが私たちには必要です。それには、時代とリンクした動きのある町に住みたいです。気分転換できる店や公園やらも欲しいです。個人の店もあって欲しい。それを維持するには、ある程度都心に近くて、それなりににぎわっているけど、生活感はある場所が必要。それで、中央線沿線と世田谷区を狙ってきましたが、まあ高いし競争率高い。だからこそ、私たちの夢が平凡であるとも気づかされるわけでした。
まさかの豪徳寺
でも、豪徳寺は競合する人が何人もいて、ダメだろうと思いました。だからこそ長原を申し込んだのですが、断ったのち、すっかりあきらめて、今の町で、今の部屋で、工事の音を数カ月我慢して、耐えられないようならワンルームを借りて、月4万円でも8カ月なら諸費用込みで50万あれば足りる。だったら間違いなく100万円超える完全な引っ越しより安い。今の部屋は設備がいいし本も何も納まっていてまだゆとりがあるし、何と言っても理想の8割を叶えるまでに設備を拡充したキッチンが使いやすい。おまけに自転車で行けば好みの本が並ぶ書店があちこちにあるし、緑に囲まれたステキなカフェまであって楽しいのです。カフェの選択肢もある。
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だけど、やはり豪徳寺は取られました。部屋をゲットしたのは、大手企業で法人契約で社宅として使う、とのこと。そんなに勝てるわけありません。最近、私たちが頼っていたできる営業マンの不動産屋さんは言いました。「あなたたちは二番手です。惜しかったですね」。2番手だろうが何番手だろうが、負けは負けです。
そして、私たちはここで過ごすべく、新しいことを始めようといろいろ考え始めました、浮いた費用で買いたいものだってあります。
ところが内見してから2週間後の日曜日の夕方、突然その営業マンから連絡が入りました。1番手の人が、大型車に乗っているのが駐車場が見つからず、断念したとのこと。私たち、1番手です、どうしますか?
なんと!でも、あのときは窓からの景色に幻惑されて、測ったのはキッチンぐらいでした。そこで次の週末に計測に行き、本当に家具が全部納まるか確認させてほしい、とお願いしました。
で、昨日測りに行ったんです。一部漏れはあったけど、壁の長さにスイッチまでの高さ、収納の奥行き、キッチンも細かく測りました。計測ミスもあって、キッチンから壁までは110センチじゃなくて123センチだったり、しかしシンクは53センチ幅じゃなくて50センチ幅だったりしましたが。それで、夕方帰ってから、ひたすら家の家具やモノを測り、レイアウトをむちゃくちゃ考えて……。
何とか納まりますけど、今の部屋がもともと大手企業の社宅用だったからか、ちょっとしたゆとりや動線を考えたよくできた間取りなのに対し、豪徳寺の部屋はへたくそすぎます。広さはほぼ同じなのに、ダイニングが水回り、玄関、居室への通路になっていてドアが多く、窓も大きなのが多くて、しかし収納は少なめで、なかなか本棚置き場がなかったりしましたが。
納まったけど、これから10年住めますか、微妙。という感じではあります。でも割安。でも豪徳寺。不動産屋さんも「奇跡のような物件」とおっしゃるし。予算少ないからねー。
キッチンは狭いけど、ダイニングまで動線を伸ばし、これから洗い物の達人になるトレーニング、というのと、世の中にあまりにひどいキッチンが多過ぎるので、その中で今は70点のキッチンを80点に引き上げたけど、今度は30点のキッチンをどこまで引き上げられるかやってみよう、というわけです。本当は、一つだけ独立した部屋を、人を招ける部屋にレイアウトしようとしたけど、それでは納まらないので、取材に来た人も電子レンジが見えるダイニングを通って仕事場へ行っていただきます。それでも何とか。
引っ越しは費用もだいぶかかるし、今二人とも仕事が忙しいし、いい加減私たちも部屋探しに消耗してしまったし、引っ越さないパターンを考えたし。悩みに悩んで2人で外食しに行って、でも、あと数年暮らしてお金を貯めて、それから引っ越しをしよう、途中まで騒音に耐えられるか試して、リビングで仕事をするなり、部屋を借りるなりすればいいし。
と思って、帰り道、工事現場へ寄りました。すると、今まで何度も見ていたはずなのに、日程を間違えていたことがわかりました。工事終了は来年の2月ではなく、再来年だったのです。2024年ではなく2025年!
8カ月の工期ではなく、1年8カ月。だったら、もし、フルでワンルームを借りたらその賃貸料で引っ越し費用が出ます。そこから仕切り直して引っ越したら、2回引っ越しに!
馬鹿です、私たち。バカすぎます。私生活にも校正係が必要でした。「著者さん、ここ間違ってますよ!」って教えて欲しかった、というか断りの連絡を入れようとしたそのときに、断ったら大変とわかるなんて。これはもしかして、豪徳寺の招き猫が招いているのか? だって何度もあきらめて、何度も見切ろうとしたのに、行くことになりそうな。引っ越しします。ただ、最終審査が出ていないので、それ次第なのではあります。