私は自分で考えているような理由で、動揺しているのではない
幻想を真理のもとに運ぶとは
コース(ACIM/奇跡のコース/奇跡講座)の実践で私たちは、
幻想を信じない、
この世界を信じない、
自我(の思考体系)を信じない、
というような実践をしてしまいがちですが、
私たちに求められている実践はそのようなものではないということを知っておくと良いでしょう。
というのも、自分の内側に正直になって観察するならば、
むしろ、幻想を信じています。
この世界を信じています。
自我(の思考体系)を信じています。
自分の内側に正直になるならば、自分が「自我の思考体系」とすっかり同一化してしまっていることが自覚できるわけです。
そう、そのことに正直になって、その自分を認めていくことが私たちがすべきことなのだということです。
その自分は、四六時中、平安から彷徨い出ています。
平安、リラックス、穏やかでいることがありません。
その自分に気づいたならば、つまり、平安でない自分に気づいたならば、そういうときこそ、その自分に向かってこう言うのです。
「私は自分で考えているような理由で、動揺しているのではない」(W-pI.5)と。
それが、幻想を真理のもとに運ぶということなのだと、ワプニック博士は云います。
そのとき、私たちは自我を教師とするのをやめて、聖霊(正しい心)を教師として招き入れたことになります。
それは、自分はこの世界の夢を使って平安を拒絶し続けているだけなのだということを認めるということです。
そして、その愚かさ、滑稽さを認識するということです。
私たちがしていくことはそういうものであるということを覚えておきましょう。