第2回米朝首脳会談の評価は時期尚早③
①、②を先にお読みください。
前回から間が空いてしまいました。昨今の情勢の理解に手間取りました。とはいえ、まずは前回の続き、圧巻のトランプ交渉術を述べていきたいと思います。
第一に言えるのは、トランプは①、②で述べた状況を完全に理解していた。北朝鮮が別の場所で核開発を継続していたことも情報として得ていた。北朝鮮のペースでは、アメリカの望む形での非核化は成し遂げられないことが分かっていたのだろう。それを分かった上で、自身のために短期的な成果を獲る、という選択をしなかった。つまり、トランプは本気で北朝鮮の非核化に取り組んでいる、ということである。
では、どのように本気で非核化を進めるか、進めさせるか。
トランプは、北朝鮮を、アメリカの求める非核化=ロードマップ方式しか選択肢が無いよう、追い込んだ。そのために、まず北朝鮮が他にも核施設を保有している情報を手段に、北朝鮮の要求を拒絶した。
「隠れた核施設を持っていますよね、それではどれだけ積み上げても最終的な非核化にはたどり着きませんよね」
「 我々が意味する非核化は寧辺の核施設をCVIDすることではなく北朝鮮全土でですよ。隠そうとしても全て暴き出しますよ。表面だけ繕うような非核化は進めさせませんよ」
「 積み上げ方式はロードマップ方式を受け入れてからで、そこからなら段階的な措置という北朝鮮の要求を受け入れますよ」
と。その上で、今回の会談では、北朝鮮がロードマップ方式を受け入れられないことも見越していた。私がトランプの交渉術を称賛するのは、その次の展開だ。それは今回受け入れない=交渉決裂、とはさせなかったことである。
「非核化は長い交渉を要するものであり、1回の交渉で妥結するものではないから、北朝鮮に持ち帰って検討してください」と時間を与えた。だからこそ会談前から、そう言った趣旨の発言を繰り返していたのだろう。結論を急がせれば、強い反発が来かねない。
そして北朝鮮を怒らせなかった。北朝鮮を非難せず、金正恩を称賛し、北朝鮮を交渉のテーブルから降りられないように追い込んだ。「難しい交渉では短期的な結論が出なかったとしても、信頼関係を維持しながら粘り強く交渉することが大切ですよね。私はあなたを信頼しています。一緒に、長い交渉に、粘り強く取り組んでいきましょう。あなたは偉大な指導者だから、成果が出れば素晴らしいものになりますよ!」と。
さらに米韓合同軍事演習を改めて、目に見える形で縮小・削減・停止させた。これにより、北朝鮮がアメリカを批判することを封じた(これはトランプの持論でもあるが)。米韓合同軍事演習というあなたが嫌がっていることはしませんよ、と。
こうして「今回は妥結できなかったけど、これからも一緒に考えよう!」と、今回の交渉を失敗とはせず、そのため信頼関係は失われないとした。また指導者を称賛した。こうしたトランプを北朝鮮は直接的に批判できない。それをすれば「北朝鮮が非核化の道を断った」となってしまうからだ。北朝鮮を無理に追い込まないアメリカを、中国、韓国、国際社会は批判できない=北朝鮮の味方とはなれない。
これまで北朝鮮は「瀬戸際外交」を行ってきた。
「妥結しないのはお前が悪いからだ。ならば勝手にやるぞ!」
「嫌ならオレの言う通りにしろ!」
「こちらの要求を呑むなら、交渉を再開してやる」
と。しかしトランプは「いやいや、まだまだ交渉の途中だよ。そうやって決めつけるのは早いよ。お互いの間に溝があるのが当たり前で、それを埋めるのが交渉でしょ」と。
こういうトランプを、北朝鮮は手ごわいと見ることだろう。では、北朝鮮は手ごわい相手を避け、トランプ後に期待できるか。オバマ・民主党政権は北朝鮮の相手を全くしなかった。次の政権が民主党となった場合、北朝鮮の望む形で交渉ができるだろうか。また相手にされないのではないか、と危惧を持っていることだろう。そもそもトランプが進めるアメリカ方式の北朝鮮の非核化は、民主党・共和党問わず望ましいものである。それならば政権が変わった結果、経済制裁を維持+個別交渉しない方針だった時代に戻るよりかは、トランプと交渉した方がマシである。そう、トランプは言わば「瀬戸際外交」をしているのだ。
「 私との交渉を断れば、この先はもっと悪くなりますよ。次の政権は私の外交を批判するのだから、もっと強硬な路線をとらざるを得ないんです」
「言っているでしょう? 私でなければ戦争だったんですよ。もちろん、私も交渉が決裂したならば、戦争に出るしかないですけどね」
「けど、私はあなたと会った。あなたが偉大な指導者だと知っている。だから戦争なんか必要ないと、今は分かっています。ただ次の政権は、あなたのことを知らないですから。トランプの譲歩すら断った、ということは知っていますけどね」
そして、どんどん、未来の「アメ」を大きくしていく。
平和協定、国交樹立、体制保障、経済的恩恵、平和で豊かな北朝鮮を実現させた偉大な指導者・金正恩の誕生…。 アメリカの求める方式で非核化を進めれば、北朝鮮、金正恩の利得はどんどん大きくなる。 アメリカを疑い、アメリカに疑われ、ほんのわずかな経済制裁の解除だけを求めて、またいつ経済制裁を受けるか分からない状態を維持するのと、どちらが北朝鮮にとっての利益か、突きつける。もちろん、こうしたアメを北朝鮮がすぐに受け入れるとは考えていないだろう。だが、言葉で言うのはタダだ。トランプは繰り返し、そのメッセージを発することで、「交渉が決裂すれば、ここまで北朝鮮のことを配慮した私を裏切るのか」と圧力をかけることができる。
こうして、どうやっても北朝鮮を逃がさないよう、道をふさいだ。この通り、私には「圧巻のトランプ交渉術」としか言いようがない。
ただ、北朝鮮がこれに応じるかは分からない。
結論を先延ばしにしたままトランプ交代を待って、仕切りなおそうとする可能性も、もちろん否定できない。ただその場合、経済制裁は維持されるので、時間をかければかけるほど、国内的には苦しくなっていく。
また、アクシデントを利用する可能性もある。例えば周辺国と偶発的な軍事衝突を起こし、交渉を止める。「お前のせいで交渉の土台となる信頼を失った。交渉再開して欲しければ…」と要求をごり押しする可能性もある。その相手として日本に目をつける可能性もある。例えば北朝鮮を訪れる日本人観光客を強引に捕まえるとか、日本の漁船を拿捕するとかである。
そして現在、北朝鮮は瀬戸際外交に回帰している。北朝鮮の望む形で交渉を進めよ、と。
これは、むしろトランプの交渉で追い詰められていると、私の目には映る。だからこそ、「米国」という曖昧な形で批判をしても、トランプ大統領自身に対する批判はしない。そして決別宣言も行っていない(警告はしても)。
以上の通り、今回の米朝首脳会談を、成否の形・勝敗の形で評価することはできない。米朝交渉が完全に妥結する=北朝鮮の非核化が成し遂げられるか、完全に決裂する=戦争に至るまで評価できないのだ。あえてするなら、長い米朝交渉の「第1ラウンド」が、アメリカの優勢で終わった、というだけである。