
雨が夜にふる 眺めせしまに 果てはアテネか 嘘の心か
最近眺めた一冊 『夜光水景』
『JUNYA WATANABE 写真作品集 夜光水景』(芸術新聞社、2024)を少しづつ眺め読みしています。
小雨降る夜の仕事帰り、濡れた路面に映る信号の赤や緑の光に心躍るタイプの人間ですので、迷うことなく手に入れました。
中は4つのチャプターに分かれていて、それぞれに心惹かれるタイトルがついています。「夜光水景」、「千夜迷宮」、「陰翳礼讃」、「孤独の標本」。
収められた写真は、『夜光水景』の名がしめすとおり、どれも夜の中で濡れて光っています。特に、街灯を背景に撮られた作品が心に残ります。雨が降っているのか、光が降っているのか、雨粒が光に散らされているようで、その妖しさに眺め入っています。
ずっと眺めている一冊 『Ruines』
普段から写真作品や写真集に注目しているわけではないのですが、『夜光水景』と同様、ふと目にした写真が忘れられず、その写真家の作品を追いかけるようなことが時折あります。Josef Koudelka の写真集(展覧会のカタログ)『Ruines』(Éditions Xavier Barral、Bibliothèque nationale de France、2020)もそんな一冊です。こちらは、Koudelka が撮影した、地中海地域の古代遺跡のパノラマ写真(白黒写真)を収めたものです。20カ国を巡り28年に亘って撮影された200枚近くの写真が横長のハードカバーの中に並んでおり、縦にしてみたり、横にしてみたりしながら、本当に少しずつ眺め読んでいます。
ふと目にしてしまった写真は、2012年に撮影されたヨルダンにあるアンマン城塞ヘラクレス神殿跡の写真でした(『Ruines』では p.229 に掲載)。ヘラクレス巨像の残骸と思われる大理石の指が強烈で、この世のものとは思えない風景です。
ローマのアラ・パキス博物館 Museo dell'Ara Pacis での展覧会の開催案内動画や、フランス国立図書館 Bibliothèque nationale de France での展覧会のプレゼンテーション動画において、その写真を少しだけ見ることができます。
コラージュを眺める TRAVASSOS
フリージャズや即興音楽が好きな方にはお馴染みのポルトガルの音楽レーベル「Clean feed」のフィジカル(CD、LPなど)のアートデザインを担当している TRAVASSOS の奇妙なコラージュ作品が大好きです。
bandcamp で、彼の作品集『life is a simple mess』を手に入れ、ときおり眺めては楽しんでいます。
TRAVASSOS の bandcamp ページには、彼の Webサイト「travassos.info」へのリンクもありますので、気になった方は、その他のコラージュ作品も眺めてみてください。癖になるかもしれません。
奇妙ですこし気味の悪いコラージュが好きなのは、BBCのコメディ番組「空飛ぶモンティ・パイソン」 Monty Python's Flying Circus の DVDを繰り返し見すぎたためかもしれません。
コラージュを眺める M!DOR!
日本のコラージュ・アーティストで好きなのは M!DOR! です。歌手・中田裕二の CDジャケットのコラージュでその存在を知りました。
TBSラジオの今月の推薦曲で聴いた、中田裕二が歌う「海猫」という曲に惹かれてアルバム『DOUBLE STANDARD』を手に入れたのが始まりで、それ以降、新譜を追い求め、旧譜を聴き進める日々を送っております。
声良し、歌い方良し、間奏に移るタイミング良しの中田裕二ですが、CDジャケットもコラージュで良し、とは恐るべしです。このほかのアルバム(『ARCHAIC SMILE』、『LITTLE CHANGES』、『thickness』などなど)でも アートワークやアートディレクション&デザインを M!DOR! が担当しています。
残念ながら、M!DOR! の作品集『M!DOR! ZINE』は軒並み売り切れのようで、M!DOR! の Webサイトで Works や Gallery を眺めては、次の機会を窺っているところです。
眺める映画DVD Une femme à sa fenêtre
随分昔にVHSで見た、ロミー・シュナイダー Romy Schneider 主演、ピエール・グラニエ-ドフェール Piere Granier-Deferre 監督の映画 『限りなく愛に燃えて』Une femme à sa fenêtre は、デルフィの考古遺跡(ギリシャ)にある古代劇場でのシーンから始まります。
ビデオデッキを片付けてしまったので、もうVHSで見ることはできないのですが、その代わりに、フランス版のDVDを再生しては画面を眺めています。字幕がないので、何を言っているのかは全くわからないのですが、ただただ、登場人物たちの表情を眺めるというも結構楽しいもので、共演者であるフィリップ・ノワレ Philippe Noiret とウンベルト・オルシーニ Umberto Orsini もとても良いのです。
1936年8月、独裁政権下のギリシャで、お互いに愛人を持つイタリア外交官の夫リコ(オルシーニ)と自分の愛人・フランス人実業家のラウル(ノワレ)とともに、アテネの社交界で無為の日々を送っているマルゴ(シュナイダー)。戒厳令の翌朝に自分のホテルの窓に押し入り、逃げ込んできたコミュニストの活動家ミシェル(ヴィクトル・ラヌー Victor Lanoux)との出会いにより、愛と信念が燃え上がったマルゴは、夫も愛人も何もかも捨てて、国外脱出を図るミシェルとともに生きることを決断する。その時、夫は愛人はどうするのか、果たして逃避行は成功するのか…
その後、映画は第二次世界大戦を経て、1967年のアテネに舞台を移します。
情に溢れるオルシーニとノワレの演技もあいまって、忘れられない映画となっています。
[参照文献]
《1》佐々木秀一著.ロミー 映画に愛された女 - 女優ロミー・シュナイダーの生涯.国書刊行会, 2009, p.230-232, p.360
調査 と 記憶の答え合わせ ドリュ・ラ・ロシェル
映画『限りなく愛に燃えて』の原作『Une femme à sa fenêtre』は、ドリュ・ラ・ロシェル Drieu La Rochelle が1930年に発表した小説です。
ドリュ・ラ・ロシェル Pierre Drieu La Rochelle(1893-1945)は、フランスの小説家、詩人、評論家で、主な著作としては、詩集『審問』(1917)、エッセー『フランスの測定』(1922)、中編小説集『未知なるものへの愁訴』(1924)、小説『ジル』(1939)などがあります。1930年代には、ファシズム政党に入党し、その後のナチス占領下においては、対独協力作家たることを公言します。1945年に、対独協力者として逮捕令状が発せられたため、自ら命を絶ちました(※1)。
この「ドリュ・ラ・ロシェル」という名前を、ほかの映画のなかで聞いた覚えがあったので、記憶をたどって答えを見つけました。その映画は、クロード・シャブロル Claude Chabrol 監督作品『嘘の心』 au coeur du mensonge (英語題名は The color of lies)でした。
『嘘の心』
DVD『嘘の心』のパッケージより一部引用
少女の殺人事件が目覚めさせた、心の嘘ー。
巨匠クロード・シャブロルが、静かなサスペンスに「愛」を映す。
ブルターニュの田舎町で結婚生活を送っている画家のルネと訪問看護婦のヴィヴィアンヌ。ある日ルネの絵画教室から帰宅途中の10歳の少女が、何者かによって殺される。第一容疑者として警察の厳しい視線を浴びるルネ。時を同じくして、妻が町の名士と浮気していることに気がつき、彼は精神的に追い詰められる。果たして真犯人は? そして妻の心の向く先は
(後略)
シャブロル監督作品が好きで、繰り返し見ていたこともあり、なんとなく記憶に残っていたようです。
主な出演者は、サンドリーヌ・ボネール Sandrine Bonnaire、ジャック・ガンブラン Jacques Gamblin、アントワーヌ・ドゥ・コーヌ Antoine de Caunes、ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ Valeria Bruni-Tedeschi、ビュル・オジエ Bulle Ogier。渋めで贅沢な配役です。
件のシーンは、ヴィヴィアンヌ(ボネール)とルネ(ガンブラン)が二人だけで会話をしている場面。町の名士で人気作家・ジャーナリストのデモ(ドゥ・コーヌ)が言った ”スポーツこそ心地よい唯一の自由” という言い回しを引用して「いい言葉ね」というヴィヴィアンヌに対して、ルネが「ドリュ・ラ・ロシェルのたわ言だ」と言い捨てる場面です(※2)。
映画の中の会話では、"La discipline du sport(c'est? est?)la seule liberté qui soit douce." と聞こえますが、いくつかのWebサイトを参照すると、この言い回しはドリュ・ラ・ロシェルの元々の文章をキャッチーに言い換えたもののように推察できます(※3)。寡黙な頑固者ルネの ”たわ言” というセリフは、軽薄でキャッチーな人気者デモに向けられたもののようにも思えます。
さて、フランソワ・ゲリフ著、大久保清朗監訳『不完全さの醍醐味 クロード・シャブロルとの対話』のなかでは、シャブロルがインタビューに応える形で、シナリオを書く前に決めた簡単なお約束と題名をめぐる経緯について語っています。
『不完全さの醍醐味 クロード・シャブロルとの対話』より一部引用
1.五十一本目の映画(『嘘の心』)ができたことについて問われて:
とても暗い映画だ。ほとんどメロドラマだよ。単純なお約束から始めたんだ。すべての人が嘘吐きなら嘘はもはや存在せず、万人が罪人なら罪はもはや存在しない、というものだ。(後略)
2.『嘘の奥(Au coeur du mensonge)』という題名をどのように選んだのかを問われて:
題名は変更した。嘘が映画の中心にある。主人公が画家なので色彩のことをずっと考えていた。ところが『嘘の色』というテレビ映画が製作されており、未放送だったのにこのタイトルの使用許可が得られなかった。そこで新しい名を探さなければならなかった。ある日のこと、映画の取材記事をよんだら、たぶん誤植だが、「嘘の心(Le coeur du mensonge)」と掲載されている。私は「クール・デュ・マンソンジュ」を頂いた。少しばかり「コンラッド風味」にしてね(「闇の奥」のもじり)。
2.同上, p.248
映画『嘘の心』を見ていると、このお約束がじわじわ効いてきます。
また、元々考えていた題名が「La couleur du mensonge」だったとすると、英題が「The color of lies」となった理由もわかります。
こんな話が満載の面白い一冊です。
[参照文献・Webサイト、引用文献]
※1 ① 若林真[ドリュ・ラ・ロシェルについて著].世界大百科事典 20.平凡社, 1989初版, p.497
② 若林真[ドリュ・ラ・ロシェルについて著].『世界文学大事典』編集委員会編著.集英社 世界文学大事典 3.集英社, 1997第1版, p.230-231
※2 DVD『嘘の心 au coeur du mensonge』(発売元:株式会社IMAGICA)の字幕より会話部分を引用
※3 © Institut Iliade pour la longue mémoire européenne. "Dans le sport, l’homme reprend ses droits... | Citation de Pierre Drieu la Rochelle". Citatio | Un portail ouvert sur notre civilisation. https://citations.institut-iliade.com/dans-le-sport-lhomme-reprend-ses-droits/, (参照2024-11-09)
このほか、ブラウザの検索エンジンを使って「drieu la rochelle dans le sport」などで検索すると、引用句まとめWebサイトのいくつかで、該当するものを確認することができるかと思います。
通奏連想
この記事を書いている間、小野小町の和歌「花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」が、頭の中に流れていました。
記事のタイトルだけではなく、もう少し捩ってみようかとも思ったのですが、深追いはせずにおきます。
あちらを眺め、こちらを眺め、のんびり楽しい道程でしたが、この辺りで一旦終了です。
暫しのお付き合い、ありがとうございました。