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【ショートショート】頼りなげな彼女の委員活動
彼女は中学生だった。
彼女の学校では誰もが毎年何らかの委員を受け持たなければならないというルールがあって、今年は合唱委員にしようかなと思っていた。
保健委員や体育祭委員は急な怪我や病気や運動能力に関わりそうで避けたかったし、文化祭委員も腕力やセンスを要求されそうで苦手だったし、図書委員や美化委員がもう決まってしまったから。それに小学校時代に学級委員や音楽会の司会も何度もしていたので、期待値さえ大きくしなければ何とかなるだろうと思っていた。
おそらく早めに立候補してしまえば信任されるのは明らかで、実際にそうなった。
男女1名ずつの合唱委員は、どうせ興味がある男子もいないだろうから推薦かくじ引きになるだろうし、別に誰に決まろうがどうでもよい感覚だった。なのに、バスケ部のリーダー格のB君が突然に立候補して決まってしまった。
「え、これって…、私が決まった後に立候補した?」と彼女は一瞬戸惑ったが、まあ、彼も色々と計算があるのだろうし別にいいかと軽く流した。しかし奇特な人もいるんだねえと。
B君はクラス1位の成績で、スポーツ万能、美的センスや音楽センスも抜群でピアノやギターやエレキやドラム、歌も相当に上手くて、性格も明るく外見も良く、家柄も良いという絵に描いたような恵まれた存在だった。彼女の通う中学では殆どが彼女と同じ小学校から持ち上がるように入学するが、一部は隣の小学校から入学してくることになっていて、B君は隣の小学校から入ってきたので、小学生時代の様子をお互いにあまり知らなかった。
彼女は小学生の時はクラスで1位の成績になることが多かったが(正式に発表された訳ではないけど、返却されたテストの点数を見かけたり声に出す人も多かったのでなんとなく察知できる)、中学生になるとB君の点数より僅かに低い科目があってずっと2位のまま勝てない状況だったが、気にしない人に取っては気付きもしない事実だった。
実はB君は、にこやかな表情とは裏腹に彼女が委員に決まったことに内心かなり苛立っていた。
無理もないことかもしれない。彼女の外見はとても頼りなく自信なさげで声も小さく不思議キャラのような何を考えているかわからない感じだったし、委員の仕事なんて理解できてないんじゃないかと思わせるものだったし、失礼だけど普通学級で大丈夫なのか?と心配にもなってしまう。クラスメイトも否決するのかと思えば通ってしまったじゃないか。
合唱コンといえば、男子が反抗して女子と対立するお決まりの図式が発生して揉めるのが自明。彼女と無責任な男子が委員になったら、純粋に歌を楽しむB君の理想と程遠い活動が想像できてしまって、もう自分しかいないと思わされた。
かくして練習期間が始まった。
彼女はなにやら模造紙を持ち出して、そこに歌詞を記入しようとしていた。
「字、書けるのか?」とB君は思ったが、彼女は構わず課題曲を書き進めていた。「書道初段の俺に頼めばいいのに!」とも思ったが仕方がないので、
「じゃ、自由曲は俺書くよ。」ともう1枚の用紙に書くことにした。書道家のように美しい文字で。
彼女が小さな声でめげずにパート練習やら全体練習やらを呼び掛けようとしているのをB君が教室全体に呼びかけると、スムーズに練習ができた。彼女は男子の軽口にも適当に冗談で躱したり、流したりしていた。そして、B君は子供っぽく練習をサボったり逃げ出したりするタイプの男子ではなかった。
最終的にクラスは優勝とかではなかったけど、それなりに健闘した結果になった。意外と強い意志を持っているのかもしれないなとB君は思った。
彼女は合唱コンの一連の様子を見て、B君は努力と才能と環境にも恵まれた上にしっかりした人だなと思った。でも同時に、住む世界が違う人なのかもと思った。なんとなくのお礼状的に年賀状を送ってそれで終わりにしようかなと考えて、年末に思い切って(家族で一斉に出す分とは別に)自分でこっそり投函した。
礼儀正しそうなので何らかの返事はくるだろうとの予想通り、返信があった。
そこにはやっぱりというか残念な彼の言葉が書かれていた。
「今度は勉強も頑張ろう!」
それは言われなくても頑張ってるっ!!という言葉を飲み込んだまま、3学期が始まっただけだった。