過去の失敗|お店を持ちたかった私が選択した業務委託という働き方①
こんにちは、achaです。
今日は月曜日ですね!
週明け1日目ってなんでこんなに体がしんどいんでしょう?笑
みなさん、お仕事お疲れ様でした!
私は休日は2歳の娘と全力で遊ぶと決め込んでいるので、土日は絶対に更新しないと決めています。
なので、やっと書けるー!と今、伸び伸びした気持ちでnoteに向き合っています。休息日大事。
さて、表題ですが、最初に言っておくと、業務委託という働き方が悪いのではありません。私には合わなかった、それだけ。
そんな私の失敗談は、私がnoteに向き合う時間として作っている通勤時間30分では書ききれないため、完結するまで続きます。今日はどのくらい書けるかな〜
さあ、いってみよう!(誰)
正社員としてキャリアをスタート
私は、4年制大学を卒業したあと、正社員として新卒入社しました。
就職活動はおそらく他の人よりも苦労していて、なぜ苦労したかっていうと、自分のやりたいことが明確ではなかったから。
あ、これに関してはまた今度詳しく書きますね。
そして大学3年生の12月から大学4年生の6月まで、計100社(数えてほんとにちょうど100社だったという奇跡)のエントリーをしました。
そして、100社中、内定したのは1社。
当時は妥協ではなく「この会社なら気持ちよく働ける!」と確信して、入社を心待ちにしていました。
新卒で入ったのは、求人広告がメインの広告会社。私は電車の吊り広告を見たり、チラシを見たりするのが元々好きだったので、広告会社に行きたいと思って就活をしていました。
念願の広告会社だ...!
なんて、気持ちを膨らませながら入社し、1ヶ月間の新卒研修を受けました。
研修も順調に進み、同期とも適度に仲良くなって、これから仕事での楽しい日々が待ってるんだと緊張もありつつワクワクしていました。
そして、研修が終わって配属先が発表される時。
私には思っても見ないことが起きました。
会社の新規事業部に抜擢、号泣
他のみんなは求人広告の営業部署や、女性向けのフリーマガジンの部署に配属された中、私の行き先は「新規事業部の営業」。
先輩社員は2人で、3人で部署を作っていく、と。
責任感が強すぎる私は
え、私なにも会社に貢献できる気がしない!
無理!私何もできないよ、無理〜〜〜!!!
そんな気持ちが溢れすぎてその場で号泣。笑
今思うと、会社は期待してくれたんだなとありがたく思えますが、当時はそんなことすらただのプレッシャーで、初日は気持ちが押しつぶされそうでした。
ひとしきり泣いた後、先輩に連れられて、新規事業部の机がある島へ移動。
その時点で気持ちを切り替えて、なんとかやらなければと闘争心に火がつきました。
未知への挑戦、地域限定フリーマガジン
新規事業部に与えられた仕事内容は、地域限定でフリーマガジンを発行すること。
どの地域か書いてしまうと、どこの会社かわかってしまうので伏せますが、かなり限定的な場所で、しかも今まで何度もフリーペーパーができてはつぶれているという地域。
最初はワクワクしていたものの
それを知ると内心、まじか、と思いました。
こうして始まった部署にて
私は営業として従事していました。
フリーマガジンに掲載してもらう中小企業やお店の
宣伝・求人広告を主に扱っており
今はあまりやっているところがないと思いますが
当時はほとんどのお店や企業に飛び込み訪問して
1日30件を毎日飛び込みしていました。
そうして毎日足を運び
毎日顔を出していると
少しずつ企業の担当者や経営者の方と
話せる機会が増えてきました。
その中には
女性で経営者として頑張っている方もたくさんいて
私にとってその方達とのお話は
その後抱く【自分のお店を持ちたい】という夢にとって
栄養剤の如く自分の中に刺さりまくっていました。
営業として2年、色々あって4年勤めた会社との別れ
1年目の頃はがんばりを認めてもらえて
会社の新人最優秀賞を獲得し、
その後も営業として2年間がんばったのち
1年間事務員、
そのあと1年間編集部に勤めた私は
4年勤めた会社を辞めました。
でも私は退職する前にも後にも
転職活動はしなかったのです。
私の心は決まっていました。
自分のお店をつくりたい
その気持ちだけは純粋にもっていて
そこで選んだ道が
業務委託で働く
でした。
つづく。
つづき▼