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【開催レポート】Open academia Lectures #2:須田桃子氏「メディアを横断し、科学の姿を伝える」(2024年10月18日)

2024年10月18日、科学ジャーナリストの須田桃子さんをお迎えし、オンラインイベント「Open academia Lectures #2:メディアを横断し、科学の姿を伝える」を実施しました。以下はそのあらましです。

■ 須田桃子さんプロフィール
科学ジャーナリスト。2001年毎日新聞社入社。2006〜2020年は科学環境部に所属し、科学、医療、科学技術行政などを取材。著書に『捏造の科学者 STAP細胞事件』(2014年発行、大宅壮一ノンフィクション賞、科学ジャーナリスト大賞)、『合成生物学の衝撃』(2018年)。日本の科学の現状と背景を追った科学面の長期連載「幻の科学技術立国」で取材班キャップを務め、同連載を再構成・加筆した『誰が科学を殺すのか』で2020年に科学ジャーナリスト賞。 2020年よりNewsPicks編集部。同社で手掛けた調査報道「虚飾のユニコーン 線虫がん検査の闇」はInternet Media Awards 2024及び第4回調査報道大賞奨励賞を受賞。2022年から東京農工大学客員准教授。
・Xアカウント:https://x.com/MomokoSuda

新聞記者時代~STAP事件

もともと科学記者を目指して毎日新聞に入社した須田さんは、科学環境部に配属になった2006年に携わったiPS細胞の報道を機に、ライフサイエンスの分野にかかわるようになったといいます。そして大きな転機となったのが、未曾有の研究不正である2014年のSTAP細胞事件でした。

当初は「ポジティブ」に取り上げていたSTAP細胞に関する研究成果が、日本の科学報道で最も大きく取り上げられることになる研究不正事件へと発展するなか、須田さんはその取材を中心で担う一人になっていきます。

毎日新聞は、1年間で30回以上もこの事件を1面で取り上げたとのこと。須田さんは、この取材から、「ジャーナリストの役割として、信頼できる情報を見極めて、自分の頭で考えるというのが非常に大事」だという教訓を得たと語ります。

この報道の顛末は『捏造の科学者:STAP細胞事件』(2014年発行)という単行本にまとめられます。日々流れていく新聞記事だけでなく、「本」というメディアにまとめることで、事件の本質や全体の流れが多くの人に初めて伝わることを実感したそうです。

STAP事件取材で自身もショックを受けていた須田さんは、その後取材した地球惑星システム科学の先駆的研究者であり、筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患いながら研究を続けていた阿部豊教授(2018年に逝去)から言われた、科学とは「人の営み」であるという言葉が心に刻まれているといいます。

「この言葉が今に至るまで、強く印象に残っています。本当に、科学は人の営みだなと。だからこそ、そこに喜びもあれば痛みもあったり、ときには研究不正も起きてしまう。…私たち記者が取材するのは、主には今生きている研究者が一生懸命取り組んでいるテーマであったり、その成果だったりするので、まさに人の営みを取材して伝える仕事なんだなということが、阿部先生の取材で心に刻まれました。」

米国での取材、科学ジャーナリズムの役割

その後、須田さんは大きなサイエンスの潮流としての「合成生物学」に着目し、約1年間アメリカにわたります。ノースカロライナ州立大学の遺伝子工学社会センターにて、科学者や生命倫理学者への取材を続け、その成果が『合成生物学の衝撃』(2018年発行)につながります。

合成生物学は、やがては「人」を合成ゲノムから作り出すことが可能になるかもしれない点で、社会的なインパクトと倫理的課題が多い分野。この取材を通して、研究者が先端的な研究をするにあたり、その当初から社会への負の影響も予測し、開示する「responsible science」、そして研究や応用のあり方を巡る議論に市民も参加する「public engagement」の考え方を学んだと須田さんは言います。

こうした経験を経て、科学ジャーナリズムの役割は以下の三つであるという考えに至ります。

  • 科学やテクノロジーの最新の状況を見つめ、かみ砕いて伝えること

  • 合成ゲノムの倫理的課題や軍事利用など、科学者だけでは解決できない課題に気づいて伝えること

  • 科学や技術に関わる事件や社会問題を分析して伝えること

帰国後は、STAP報道の「宿題」であると感じていた「研究環境」の問題に着手します。

「科学者が誠実に研究に打ち込める環境というのが、果たして日本にあるのだろうかという疑問が湧いたわけです。」

昨今の研究者が置かれた状況の厳しさについて、取材チームを組んで「幻の科学技術立国」という連載を約1年間行いました。

Webメディアで「多様な伝え方」に挑戦

2020年からはWebメディアであるNewsPicks編集部に移り、「せっかくWebメディア、新しいメディアに来たので、いろんな試行錯誤をしたい」ということで、数々の新しい「伝え方」に挑戦していきます。

科学記者の基本は「基礎科学の成果を取材して伝えること」であり、須田さん自身もそれが一番好きだとのこと。経済メディアであるNewsPicksで読者の反応が心配だったが、実際に記事を書いてみると、大きな反響があったといいます。デザイナーと共同で手間をかけて作る「インフォグラフィクス」や動画を使ったコンテンツ作成を通して、文章だけではリーチできない、とくに若い人に届いた実感があるそうです。

科学の魅力を伝えるコンテンツ制作に加えて、引き続き「調査報道」(研究者からの発表起点ではなく、記者の側から問題意識をもって調査を行う報道)をWebメディアで行う挑戦を手掛けます。その成果として、取り組んだ線虫がん検査の報道は、その社会的重要性もあり、大きく反響を呼び、ジャーナリズムとしても評価されていきます。

「調査報道というのは、かけた労力のうちのごく一部しか記事になりません。…そういう意味で本当に大変なんですが、やっぱりやりがいもあるし、やってよかったなというふうに思っています。」

最後に、科学ジャーナリズムと科学コミュニケーションの重なりについて言及されました。研究者が直接行う科学コミュニケーションも非常に大事。一方で、自身のような記者が客観的な立場で取材・報道していくジャーナリズムの活動も大事。両者が互いに協力し合うことが重要ではないかと、須田さんは語りました。

終わりに

その後の質疑も盛り上がり、科学者との関係性のつくり方、取材テーマの選び方など、多岐にわたる質問が出ました。参加者からの事後アンケートでは、「自身の強みを活かしたサイエンスコミュニケーションのあり方について考える機会となった」「調査報道という仕事に対する姿勢、考えに頭が下がった」「須田さんの著書もぜひ読んでみたくなった」といった感想が寄せられました。

倫理的課題や研究不正といった側面も含めて、科学の姿を広く伝える科学ジャーナリスムは、本シリーズのテーマである「Open academia」のビジョンにとって欠かせない役割であると感じました。また、iPS細胞の報道、STAP事件報道など、その都度の仕事を経験する中で、科学ジャーナリストとしての役割を言語化し、活動を広げて来られた須田さんのお話は非常に啓発的でした。

文章:丸山隆一(Open academia Lectures 企画担当)


★これからのイベント(Upcoming Events)★

【11/29 開催】Open academia Lectures #3:岩渕正樹 氏(デザイン・フューチャリスト)「『世界観のデザイン』から考える研究ビジョンのつくり方」

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