エッセイ『夜食をやめさせる最低の方法』
ふとMacbookの時計を見るとすでに23:30を回っていた。辛ラーメンが戸棚にあったはずと無意識に考えてしまうのは、ちゃんと夜ご飯を食べなかったせいだ。部屋の外は雨がひどくて風に家が軋む音がする。日本の台風みたいで少し懐かしい気分がしたのは、内緒だ。
わたしの部屋は人に言わせれば狭い(らしい)。だが、私は満足だった。もっと狭くて良い。書くための机と、熟睡できるベッドと、日の入る窓があればもう十分だった。狭い部屋の中でポカポカした空気に包まれながら、外の風の音に耳を澄ませて、辛ラーメンのことを考える。お湯の代わりにトマトスープを入れてアレンジしてみようか。目玉焼きとチーズをトッピングしてみようか。ぐるぐると頭の中を辛ラーメンと卵とトマトとチーズが回っている。
”お腹すいた。食べてやろう”太っても構うものか。
独り言を言って、意を決して寒い廊下に踏み出した。少しの距離でも決死を覚悟しなければならない。
キッチンに行くまでは、階段を通ってリビングを越えなければ。キッチンまでは大きな道のりに感じた。携帯のライトで足元を照らしながらキッチンに向かう。ひんやりとした空気が足元から上がってきて身を震わせた。
その時だった。黒いぽってりとした物体がリビングの白い床に映えているのが目に留まった。それが何かはわからなかったが、一瞬で嫌悪感だけは感じていた。気になるけど、見なかったことにしたい。そんな気分が同時に押し寄せ、加えて寒さを感じる。その変な物体は微妙に動いていた。
”あ、これナメクジだ”
辛ラーメンがナメクジになっちゃった。
ナメクジなら何度も見たことがある。ちっちゃくてヌメヌメしていて、触角をゆらゆらさせる変な生き物。ナメクジに対して嫌悪感を持ったことはなかったが、初めて嫌だと思った。リビングに侵入してきたナメクジは、私が知るナメクジよりはるかに大きかった。
ハリー・ポッター秘密の部屋でロン・ウィーズリーが壊れた杖で呪いをかけようとして逆に自分に呪いをかけてしまうというシーンがある。その時の呪いというのが、ナメクジを吐き出し続けてしまうという呪いだ。映画でこのシーンを見た時、ナメクジが大きすぎるのでは?と思った一方これは映画のために誇張しているのだと勝手に納得していた。しかし、大きさについては事実だった。イギリスの映画で見るナメクジと、実際にイギリスの地で見るナメクジは、文字通り大きくて、私は辛ラーメンを諦めた。あれは太刀打ちできない、最大の敵でありわたしが最も嫌いになったものである。
嫌いなものは?と聞かれて答えを躊躇することが多かったがこれからは躊躇わずに言える。
『ナメクジ…(それから夜食を邪魔されること…)』