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【書評】読書のススメ_10月14日

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今回の担当は西富先生です◎
8月初旬に書いてくださった書評なのですが、お盆休みや9月にも小学校の臨時休校などが重なってしまい、皆様にお届けするタイミングを完全に逸しておりました…m(_ _)m。
オリンピックが閉幕を迎えた頃を思い出しながら読んでくださいますと嬉しいです◎(藤澤)
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なんとも独特な空気の中オリンピックが終了しました。
コロナと付き合いながらのオリンピックは開催の是非についても賛否両論巻き起こるなど、非常に難しいイベントでしたね。
没入しながら俯瞰しろと言われているような、熱くなりながら冷静でいろと言われているような、盛り上げながら盛り下げるような…。

いずれにしろ出場された選手たちは皆さん素晴らしく、僕も仕事のない時間はTV観戦を楽しませて頂きました。
そして男子サッカーは惜しかった…。最終的にメキシコに敗れてベスト4止まりとなってしまいましたが。メキシコは予選で戦った時とは全くの別チームでしたね。そもそもサッカーなんて中2日とかでやれる競技ではないので、そんな過密スケジュールの中で6戦も戦い抜いた選手たちは本当にすごい。次はカタールワールドカップに期待しましょう!

書き忘れてましたが今回の書評は西富が担当です。
まぁスポーツの話から始まるあたりで既におわかりかとは思いますが…。

今回は最近読んだ本から個人的スマッシュヒットだった2作をご紹介します。

『六人の嘘つきな大学生』 浅倉秋成

伏線回収のオンパレード

あらすじ(Amazonページのコピペです)

「犯人」が死んだ時、すべての動機が明かされる――新世代の青春ミステリ!

ここにいる六人全員、とんでもないクズだった。

成長著しいIT企業「スピラリンクス」が初めて行う新卒採用。最終選考に残った六人の就活生に与えられた課題は、一カ月後までにチームを作り上げ、ディスカッションをするというものだった。全員で内定を
得るため、波多野祥吾は五人の学生と交流を深めていくが、本番直前に課題の変更が通達される。それは、「六人の中から一人の内定者を決める」こと。仲間だったはずの六人は、ひとつの席を奪い合うライバルになった。内定を賭けた議論が進む中、六通の封筒が発見される。個人名が書かれた封筒を空けると「●●は人殺し」だという告発文が入っていた。彼ら六人の嘘と罪とは。そして「犯人」の目的とは――。

『教室が、ひとりになるまで』でミステリ界の話題をさらった浅倉秋成が仕掛ける、究極の心理戦。

こんな感じで就活を題材にしたミステリです。設定がまず珍しいですね。

この作品はいわゆる「一気読み」系です。
後半ぐらいから伏線回収が止まりません。
読み始めるならまとまった時間がある時に。寝る前に読むなら睡眠時間を削る覚悟をしましょう。


僕はミステリを読む時は結構途中で「この人が真犯人なんじゃないかな?」みたいな先読みをしてしまうタイプです。そして自分で言うのも憚られますが結構当たります。

そして今回も当たりました。と、思いました。一瞬。
6割ぐらい読んだところで僕の予想通りの展開になり

「お、当たった当たった。ん?でもまだまだページあるけど、これからどうすんの??」

するとそこから怒涛の伏線回収が始まり、真相は二転三転。
予想は何度も裏切られ、後半はずっと

「あれはそういう意味だったのか!!」

の連続でした。完全に作者の掌の上。浅倉秋成さんの小説は初めて読みましたが、既にお得意様の様相を呈しています。

伏線が回収された時の快感というか、ちょっとしたアハ体験(古い?)のようなものが好きな人は間違いなく楽しめる作品だと思います。エンターテインメント性が高いです。

他人のことなど「わからない」

そして単にエンタメ小説として素晴らしいだけでなく、込められたメッセージにも魅力があります。
そのひとつが「人物評が二転三転していく様子」です。

作中では序盤に
「こいつ、いいヤツやん。」
と思ってた登場人物が、たった一つの情報が提示されただけで
「こいつ、最低やん。」
に変わり、その後も同じ人物への印象が情報ひとつでひっくり返り続けます。

これって実際の生活の中でもありますよね?
めっちゃいい人だと思っていた人が、たったひとつの出来事でめっちゃ嫌な人だと感じられたり、その逆があったり。

結局は他人のことは「わからない」のだと思います。
印象なんて情報ひとつでオセロのようにひっくり返る。オセロには端がありますが、人の情報に端はありません。その人の全てを知るなんて不可能だからです。

これは僕の仕事だと特に大事なことで、集団授業の講師と違って個別指導(つまり1on1で勉強をみる仕事)の場合は生徒をよく観察し、見極めることが大事になります。そんな仕事をずっとやってると、慣れ(というか経験則)が生じてきます。1,2回ほどその生徒の勉強を見れば、その生徒がどんな性格で、何が得意で、何が不得意で、普段はどんな勉強をしているのかわかるようになってきます。正確には「わかった気になる」ようになってきます。
ただ普通に考えて、その生徒の勉強の全てを見てきたワケではないのだから、「ただの気のせい」である可能性は十分にあるのです。

だからわずかな情報から勝手は判断をせず、「確かめる」ことが重要になります。そしてどんな問題を解いてもらったら(またはどんな質問をしたら)、それを確かめることができるかを考えるのが僕らの仕事の重要な部分だったりします。
慎重に、(思いつく限りの)あらゆる可能性をひとつずつ検証していくことで、事前の予想が覆ることは何度もありました。
・できないと思っていた問題ができたり
・できると思っていた問題ができなかったり
・苦手と思っていたのが、やり方があっていないだけだったり
ちょっとマニアックなところでは
・人見知りだと思っていたら、音声認識が苦手で質問を聞き取って理解するのに時間がかかっているだけだったり

この「わかった気になる」という落とし穴は経験を積めば積むほど強力になる性質があるのか、あるいは単に僕の学習能力が低すぎるのか、未だに怖い思いをすることが何度もあります。
この本を読んで改めて自分への戒めにしようと思いました。

最近はSNSでの情報発信が当たり前になってきて、その人(またはその組織)のことを一面的な情報だけで判断することが増えてきているように思います。
「炎上」なんかその最たる例ではないでしょうか。まぁ他人のメダルを嚙んじゃったらそりゃ炎上するでしょうから、必然的なものも含まれているとは思いますが、大部分は「たったそれだけの情報で、判断しちゃって大丈夫?」と思ってしまいます。
こういう本をきっかけにして、生徒とSNSの使い方について話してみたりするのも面白いなーと思いました。


『推し、燃ゆ』 宇佐美りん

あらすじ(コピペ)

「推しが燃えた。ファンを殴ったらしい」

朝日、読売、毎日、共同通信、週刊文春、ダ・ヴィンチ「プラチナ本」他、各紙誌激賞! !
三島由紀夫賞最年少受賞の21歳、第二作にして第164回芥川賞受賞作

◎未来の考古学者に見つけてほしい時代を見事に活写した傑作
――朝井リョウ

◎うわべでも理屈でもない命のようなものが、言葉として表現されている力量に圧倒された
――島本理生

◎すごかった。ほんとに。
――高橋源一郎

◎一番新しくて古典的な、青春の物語
――尾崎真理子

◎ドストエフスキーが20代半ばで書いた初期作品のハチャメチャさとも重なり合う。
――亀山郁夫

◎今を生きるすべての人にとって歪(いびつ)で、でも切実な自尊心の保ち方、を描いた物語
――町田康

◎すべての推す人たちにとっての救いの書であると同時に、絶望の書でもある本作を、わたしは強く強く推す。
――豊崎由美

逃避でも依存でもない、推しは私の背骨だ。アイドル上野真幸を“解釈“することに心血を注ぐあかり。ある日突然、推しが炎上し——。デビュー作『かか』は第56回文藝賞及び第33回三島賞を受賞(三島賞は史上最年少受賞)。21歳、圧巻の第二作。

各方面で激賞されている第164回芥川賞受賞作です。

タイトルが既にヤバい

上にコピペした朝井リョウさんのコメントが面白くて、「未来の考古学者に見つけて欲しい」とは言い得て妙だなと納得してしまいました。

『推し、燃ゆ』
読点を除けばたった4文字のタイトルに、見事なほどに世相が反映されています。「推し」も「燃ゆ(≒燃える=炎上する)」も10年ぐらいたったら死語だと認定されていてもおかしくないほどに「今」だから伝わる、言い換えれば「今」を象徴した言葉です。

このワードセンスが既にヤバいですよね。
たった4文字にどんだけの情報量が詰まっているんだっていう…。
しかも数年経てば意味が通じないかもしれない言葉をあえてタイトルに持ってきて、さらに作中でも特に「推し」も「燃える(=炎上する)」も説明されないという、なかなか尖った作品です。未来の考古学者がこの本を発見して解読している様を想像するとニヤニヤしてしまいますね。

作者の宇佐見りんさんは21歳。芥川賞受賞者の中ではぶっちぎりで若いです。まさに日常的に「推し」が「燃え」たりしている世代なのかもしれません。
ちなみに僕が高校の時に綿矢りささんと金原ひとみさんが第130回芥川賞をW受賞していて、当時は「この若さで芥川賞を取るなんてすごい!」的なニュースが飛び交っていたことを記憶しています。
当時の大人たちはこんな感覚だったのか…なんてことを思ったりしました。

読みやすい芥川賞作品

直木賞と芥川賞ってセットなイメージですよね。
今回書評を書くために改めて調べてみたんですが、どちらも文藝春秋の賞であり、

直木三十五賞

文藝春秋社社長の菊池寛が友人の直木三十五を記念して1935年に芥川龍之介賞(芥川賞)とともに創設し、以降年2回発表される。

発足当初の対象は新人による大衆小説であり、芥川賞とは密接不可分の関係にある。

(Wilipediaより引用)

だそうです。
ものすごく乱暴に言うと
直木賞:エンターテインメント性が高く、読みやすい
芥川賞:文学性が高く、読書初心者にはとっつきにくい?
というイメージです。だからあまり読書をしない生徒に対しては直木賞作品を買ってみればだいたい大丈夫っていう雑なアドバイスの仕方をよくします。
(もちろん、この分類はめちゃくちゃ乱暴に言っているので、直木賞作品も文学性は高いですし、そもそも文学性ってなんだよって言われると困ってしまうのですが…。)

そしてこの作品は芥川賞受賞作。つまりとっつきにくい系なのかと思いきや、芥川賞受賞作の中でも格段に読みやすい作品だと思います。
全部で125ページしかないですし、文字も大きく印刷されているので、字数で言えばかなり短い方です。

地の文も主人公のあかり(高校生)の目線で書かれています。10代の子が語っている言葉ですから、あまり難しい言葉や格調高い言葉はなく、さくさく読めます。これまでエンタメ性が高い本しか読んでいない人は、こういう作品から読書幅を広げてみるのはアリだと思います。

アイドルをアイドルって名付けた人、天才では?

あらすじにも『逃避でも依存でもない、推しは私の背骨だ。』とある通り、この本はアイドルを推す人、それもかなり本気で推す人の行動がかなり詳細に書かれています。曰く

『新曲が出るたびに、オタクがいわゆる「祭壇」と呼ぶ棚にCDを飾る』
『この部屋は立ち入っただけでどこか中心なのかがわかる。たとえば教会の十字架とか、お寺のご本尊のあるところとかみたいに棚の一番高いところに推しのサイン入りの大きな写真が飾られていて……』

(ともに本文より引用)

だそうです。

ところどころに「宗教」を暗示させる言葉が出てきていることが印象的です。これは多分偶然ではなくて、例えば本文の中にも

『あたしには、みんなが難なくこなせる何気ない生活もままならなくて、その皺寄せにぐちゃぐちゃ苦しんでばかりいる。だけど推しを推すことがあたしの生活の中心で絶対で、それだけは何をおいても明確だった。中心っていうか、背骨かな。』

この一節からもわかる通り、主人公のあかりは他人とのコミュニケーションが上手く取れず、日常生活に強い不安やストレスを抱えている様が何度も描写されます。

その日常生活(というか人生)への不安を払拭するために「アイドルを推す」という行為に俄然精を出すという構図。
これは宗教における「祈り」に似ています。

そもそもアイドルという言葉自体が「偶像崇拝」を意味する言葉で、元々は「スター」と呼ばれていた存在が徐々に「アイドル」と呼ばれるようになっていったそうです。つまり「アイドル」とは「崇拝の対象」ということで、ある意味であかりはアイドルに対しての正しい向き合い方をしているのかもしれません。

もしそうであるならば、アイドルを最初に「アイドル」って呼ぶことにした人はそんな構図を、つまり日常生活に不安やストレスを抱える人が、祈りの対象としてある人物を崇拝するという構図を見抜いて名付けたんでしょうか…。ちょっと天才が過ぎるぞ…。

今の社会は文明化が進んで、色々と物事が複雑になってきています。果てはSNSの登場により人と人とのコミュニケーションさえ複雑化してきています。そんな社会に生きる人たちは、誰しもが「何気ない生活がままならない」。そんな一面を抱えているようにも思えます。かくいう僕も上手に生きているなんて全く言えません。むしろ不器用だと自負しています。

そしてそんな人たちは、誰しもが「救い」を求めて「祈って」いるのかもしれません。あかりは「アイドルを推す」というわかりやすい行為でそれを行っていましたが、僕らも単に形が違うだけなのかも。

純文学(何を純文学と定義するか難しいですが)は特にストーリーに起伏があるワケではなく、むしろ淡々とした日常が描写されるだけですが(人生ってそんなものですよね)、その分ある人の心の在り方を垣間見れるような、「で、お前はどうなんだ?」と問いかけられているような、そんな気分にさせられるのが魅力です。

色んな観点で解釈可能なこの作品は、夏休みの読書感想文にも適しているかも。とても読みやすいので、興味がある方は是非。



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