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この世で最もピュアな承認欲求

承認欲求との付き合い方は、未熟で自信のない創作者にとって、大きな課題なのではないだろうか。
社会に出ると否が応でも、自尊心をズタズタにされる出来事に見舞われる。そうなると、もう自分のことが好きではいられない。自己嫌悪がむくむくと湧いてきて、さいなまれる。

私も承認欲求にたびたび振り回されている一人だ。
自分はこういうものが好き。こんなものを作りたい。そういった自分の好みのジャンルや方向性を、明確に自覚している。
しかし、それが世の中のトレンドとかけ離れていたら、ダメかもしれない、誰からも認めてもらえないだろうと弱気になり、引っ込めてしまう。

歌手の梓みちよさんは、「こんにちは赤ちゃん」という大ヒット曲を持つ。この曲で、第五回日本レコード大賞を受賞。NHK紅白歌合戦にも初出場を果たした。
だが、もともとはジャズやボサノバを歌っていたそうだ。家庭的なイメージの表現者ではなかったらしい。梓さん自身、「こんにちは赤ちゃん」を歌唱することを、長年封印していたそうだ。
周りのイメージと自己イメージとの違和感に、ずいぶん悩まれたことだろう。

自分の目指すジャンルと、自分に合っているジャンルに、相違が生じることは、往々にしてある。
そんな時、表現者が襲われる葛藤というのは、計り知れないものだ。

周りの期待に応えなければと、私も思う。
だが、そうしようとすると、自分に嘘を吐く羽目になる。
自分を押し殺し、周りのイメージに過度に合わせすぎてしまう。

かと言って、自分の好きなものだけを作っているようでは、アマチュアに過ぎないという意見も聞く。
だから、嘘を吐いて生きることそのものに、血道を上げるようになる。

どうやって承認欲求と付き合うべきなのだろう?
うまくコントロールする術はないだろうか?
そんなことを、常日頃考えてはいる。

だが、一向に答えは出ない。
他者に振り回されたくない。自分の作品のジャンルは、自分で決めたい。
しかし自分の意志薄弱のせいで、思うようにはいかない。

そんなことを悩んでいた、ある日のこと。
電車に乗っていて、とある駅に停車した時だった。

車窓を覗くと、ホームに、若いお母さんと小さな男の子が立っていた。
お母さんはアクティブな服装で、大きなリュックを背負っている。
男の子も、三歳くらいだろうか、つばの広い帽子を被っている。
その日は曇天だったが、涼しい風が吹いていた。
親子で、どこか緑の多い場所へ出かけるところなのだろうか。日差しも強すぎず、絶好の行楽日和かもしれない。

汚れて濁った窓ガラス越しに、私はその男の子を何気なく眺めていた。
すると、その男の子は、おずおずと手を振ってきた。

他の駅でも、時折こういう場面を目にする。男の子でも女の子でも、保護者に付き添われて、電車を見に来ている。そして、誰と言うこともなく、乗客と手を振り合うというコミュニケーションを取るのだ。

私は、できるだけ笑顔を作り、手を大きく振り返した。
車窓が汚れているせいで、向こうから表情がよく見えないだろうと思ったからだ。

すると男の子は、「あっ!」と思った様子で、ぶんぶんと嬉しそうに手を振り始めた。
母親は少し腰をかがめて、息子の様子を眺め下ろしている。

そうしているうちに、私の乗っている電車はホームを発った。
その子が見えなくなるまで、私は手を振り続けた。

これはきっと、誰にでも備わっている、最もピュアな承認欲求だと感じた。
自分が手を振った時、誰かに手を振り返してほしい。
多くの人に無視されたとしても、たった一人だけでも、手を振り返してくれる人がいたら。
私が先に手を振る側だったとしても、きっと満足するだろう。

もしも欲張りになりそうになったら、何が得られれば満足なのか、できるだけ小さく見積もっておきたい。
その最小単位の望みが、私の一番欲しい宝物だ。


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