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人生は一度きりじゃないと願うわけ【モロッコの記憶】

「人生は一度きり」

どうしてもこの言葉になじめない。人生の折り返し地点に立つ人間の愚痴かもしれないが、なんだか惨めな気持ちになってしまうのだ。
どんなに努力をしても、その場に生まれ落ちただけで報われない人生もあるじゃないか。
小さなボタンの掛け違いで、道を閉ざされる人生だって。
それなのに、人生が一度しかないなんて、不公平だ。

だから私は願いたい。

人生は一度きりじゃない。何度だってある。


大寒波のなかの不眠

大寒波に見舞われた2023年1月末。吹き荒れる冷たい風に、築40年を超える我が家の建具はガタガタと歯を鳴らしていた。
十分に温められたベッドに潜り込み、続いて当然のように駆け上がってきた愛犬を、布団のなかに招き入れる。
吹き荒れる外界の寒波から隔絶された温かいベッドの中で、私は寒さを凌ぐ温かい家があることに感謝した。

同時にある記憶が脳裏にポップアップして眠りを阻害する。
あの日私をもてなしてくれたモロッコのノマドたち。地平線まで広がる岩砂漠のなか、ボロボロのテントを張り移動生活を強いられる彼らも、寒波に襲われることは少なくないだろう。

「カルチャーショックを受けて、自分の視野を広げたい」
恐るべき無知と厚顔。帰るべき温かい家を持つ私は、いつだって傍観者だった。

エディハド航空でモロッコへ。今までで一番揺れた飛行。

2つのノマド家族

2018年10月。

現地ガイドに頼み、ノマド家族を紹介してもらった私は、彼らのテントの貧しさにロマンを削られた思いだった。通された「寝室」には家畜の肉が干してある。乾燥途中の肉は強いにおいを放ち、黒ごまのようにハエがたかっていた。

ノマド家族の寝室。家畜の肉が干してある。

「遊牧民は自由で誇り高い民族だ」
私はその頃、そんな幻想を抱いていた。
日本で不自由のない生活に甘んじながら、閉塞感に潰されそうになっていた私にとって、自由な遊牧民の生活は憧れだった。国家にさえ縛られることのない、自由な人生。

少しにおいのきついごちそうを、今晩の腹具合に不安を抱きつつ笑顔でいただき、私は彼らの家を後にした。

「自由」なのだろうか。「誇り高く生きている」のだろうか。

日差しと乾燥で深くしわの刻まれた母親の顔、しかし、子どもの年齢を見る限り、まだ40歳前後だろう。10代と思われる娘にも、既に深いしわができはじめている。よちよち歩きの女の子の髪がひどく茶色いのは、栄養失調の前兆かもしれない。

ノマド家族の暮らすテント
ノマド家族の風呂(水を張ったバケツが置いてあるだけ)
ノマド家族のキッチン。ナン?のようなものを焼いてくれた。
イメージしていた「自由なノマド」

天地を分けるのは、運

車内に入り込んでしまった大量のハエを窓から追い払いながら、私はガイド兼ドライバーであるベルベル人男性の「チップが少なすぎる」という愚痴を延々と聞いていた。
「日本人はリッチなのにチップが少ない」というのは、彼らの共通認識らしい。

ふてくされたガイドが次に案内してくれたのは、別のノマド一家の家だった。正確には、「元ノマド」だ。
身なりが清潔で肉付きのよい男性が、コンクリート建の自宅を案内してくれた。リビング、キッチン、トイレ。リビングにはテレビがあり、システムキッチンとはいえないが、立派なガスコンロもあった。トイレも、「文化の差」で許容できるだけの機能と清潔さを保っている。

先ほどのノマド家族との共通点は、ヤギを飼っていることぐらい。しかも庭の一角、柵に囲まれたヤギたちには、雨風を凌げるコンクリート造りの立派な納屋が用意されていた。

元ノマドのキッチン。
元ノマドのトイレ
元ノマドのリビング。反対側にはテレビも。

何なんだ、ノマドと元ノマドの、天と地ほどの生活格差は。

ガイドの男の強いアラビア訛り英語を懸命に耳で拾ううち、私は自分の無知を知った。

元ノマドの男性は、ほんの数年前まではテントで遊牧生活を送っていたそうだ。しかし幸運なことに、親戚の一人がヨーロッパで働くチャンスに恵まれた。現地での仕事は決して易しいものではなかっただろうが、ヨーロッパとモロッコの賃金格差、そして何よりも現金収入を得たことで、彼ら一家は貧しいテント生活から抜け出すことができたという。

ノマド生活は決して自由でも、誇り高いわけでもない。家畜を売ってもわずかな現金収入しか得られない。遊牧生活から抜け出せない彼らは、子どもを学校に通わせることなど思いつきもしないだろう。そして貧しさは相続され、彼らは飢えや危険と隣り合わせの厳しい生活を強いられる。

たった一つ、そこから逃れられる手段は、「幸運」だけなのだ。

自分の人生を語ってくれた優しい元ノマドおじさん。

人生は一度きりじゃない。そう願うわけ

「放浪生活者を救う制度はないのか」
ガイドに尋ねると、意外な言葉が返ってきた。
「今を正しく生きていれば、死後に救済が待っている」
彼らは苦しい現世を耐え抜き、何不自由ない生活を送れる日々を心の支えに生きていると。自分もそうだ、とガイドの男はいう。だからこんなひどい生活を早く終わらせたいと思っていると。

中央アジアや北アフリカなどの不毛な大地にイスラム教が根付く理由がわかった気がした。

大寒波に震える築40年の建具たちを応援しつつ、あのときの記憶が私の心を重くする。しかし温かい布団と愛犬のいびきは、私の瞼を重くする。

少しずつ記憶から薄れ、他人事になっていく彼らの生活を、私はただ「知っている」だけで、いつだって何もできない。ただ彼らに与えられるべき次の世を願うしかなかった。

人生は、十分な実りを得られた人には一度しかないが、何も得られなかった人には、何度でも与えられる。

せめて、そうであってほしい。

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