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連載小説「まん・まる」 第四章 話して、和して、輪にして、そして。4

 文化祭の準備で皆忙しいときも時、宋が泣きついて来た。
「潤一、助けてくれ」
「どうしてん」と僕が聞く。
「英語の授業が分からんようになってしもうた」と宋が言う。
 彼を見ていると、そうなってもやむを得ないと思う。授業中、教科書の手前に授業に関係のない本を重ねて読んでいるのだから。
 ヘッセとかの小説のことで僕らは盛り上がったりもするが、彼は、哲学やら何やら、僕がほとんど読まない種類の本をよみあさっている。
 授業もきかないで、こんなことではよくないと僕は思うが、彼にしてみるとそうでもないらしい。将来、学者か評論家になるつもりかもしれない。にしても……。

 今の時期、そうでなくても忙しい。僕は、宋に対策を提案した。
「今日から、英語と英文法の時間は僕の隣の席に座れ。わからんことが出たらその場で、すぐに僕に聞くんや」
「そんなことだけで追いつくんかなぁ」宋が半信半疑で聞く。
「やってみな分からへんやろ。今日の授業の最初に、英語の石田先生にお前からわけを話して了解を得ろ」僕も、確信こそないがともかくもこれでやってみると決めた。
 宗が石田先生にわけを話して、先生からお許しを得た。ただし、ほかの生徒の邪魔にならないよう配慮すること、というのが条件だ。英語で留年生を出すことは先生もあまり気分のいいことではなかろうから。

 先回りして結論を言おう。この戦術は成功した。初めの頃こそ、僕の方まで授業についていけなくなるのではないかと危惧するくらいだった。宗がひっきりなしに質問してくるから。
 でも、やがて本領発揮。宗はみるみるスキルを上げて、英語脳を取り戻した。ついでにほかの教科も。さすがに、僕の席次を脅かすほどにはならなかったが。
 おかげで、宋は留年の浮き身に遭わずにすんでなんとか三年に進級できた。

 最初、事情を知らない谷っぺや、西川からは冷やかされた。
「岡っちと宗君って、仲良しね」と。
「そんなんちゃうねん」と二人に事情を話したら「そうか、そら大変やね」と、やっと分かってもらえた。

 クラスのみんながくじで決めた班に分かれ、1班あたり6名、A~Hの全部で8班構成だ。店番1班、教室を出て集客する宣伝班1班の2班が当番、残り6班が非番。1時間で順次交代していく。
 僕と谷っぺは、違う班になったが、それでも一緒にいる時間帯は結構あるだろう。当日は、お楽しみデーだ。

 文化祭の出店は、案の中から厳選して〈落書き屋〉〈ヨーヨー釣り〉〈わた菓子〉の三つにした。
〈落書き屋〉は、大きな模造紙に思いっきり落書きしてもらい、制限時間10分で1枚50円だ。黒板に模造紙を垂らして、5色のマジックインキで好きなだけ書いてもらう。おっと、黒板に色が写らないようにせねば。希望者には、200円の追加料金で、後日大判に引き伸ばした落書き写真を描いた人の住所に郵送することにした。いい記念になるだろう。

〈ヨーヨー釣り〉はビニールプールを使う。1回50円。釣りひもが切れたら、かわりのを1回だけサービスすることにした。2回切れたら?ヨーヨー1個はもれなくつける。良心的な〈あきない〉がモットーの店だ。アベック、お子さんも大歓迎って大きく看板に書いて張る予定だ。ヨーヨーは皿に載るだけ釣り放題だ。ただし、皿は大きくない。(これがミソだ)

〈綿あめ〉の機械は、道具屋さんで借りる。レンタルというやつだ。1個50円で売るとして、レンタル料金の元が取れるだろうか?まあいいや。儲けが目的ではない。赤字が出た分は親がなんとかしてくれるはずだ。随分すねをかじってきたから少し申し訳ないが。もうひと頑張り、子供孝行を続けてもらおう。

 文化祭の楽しみの、1番のお目当てはお化け屋敷と、迷路だ。谷っぺをさそって仲良く楽しむぞ。キャーと、彼女が叫ぶだろう。僕が彼女を守って抱くだろう。彼女の手を引いて迷路脱出だ。わざと時間をかけてやろう、などと不道徳なシタゴコロを抱いている。妄想と期待が日が近づくにつれて増々ふくらんできた!


--つづく--


※Tome館長 さんの画像をお借りしました。

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らいとらいたあ
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