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ばあばじゃない、おかあさんと呼びたい
母が94才で旅立った。
老衰。
自分の家の大好きな自分の布団、それも姉夫婦が常に清潔を保ってくれていた
ふかふかの気持ち良い布団で眠ったまま、可愛い顔での大往生だ。
母は昔から情のとても深い人で
真夏、我が家の前で道路工事のかた達が、炎天下汗だくでお弁当を食べていると
「そこは暑いでしょう、どうぞこっちで食べてください。」
と言っては、父の作業場の屋根の下に招き入れ、
家から冷たい麦茶を持って来て、湯呑み茶碗に注いで差し上げる、そんな人だった。
口癖は「おあがりなさいよ」
用があって来られたご近所のかたに、いつも上がってお茶を飲んで行くようにすすめる人だった。
「宮内さんの家に上がると、ついつい長くなっちゃうのよねぇ。」
皆さん笑顔でそう言ってくださるのがとても嬉しかった。
大工職人を父に、そして夫に持ち
気さくで明るい、きれい好きな人だった。
庶民ということばが、似合いすぎる母だった。
私が娘を産んで35年。母の呼び名は「おかあさん」から「ばあば」に変わった。
もう長いこと「おかあさん」と呼んでいない。
だが私にとって母は「ばあば」ではない。
「おかあさん」だ。
「おかあさん」あぁ、なんて懐かしい響きだろう。
「おかあさん、ありがとう。おつかれさま。おかあさん。おかあさん。」
私は心の中で何度も繰り返し「おかあさん」と呼んだ。
最期は
「おかあさん」としての母を返して欲しいかのように繰り返していた。