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【短編小説】ワタシの(キャッ!)人には言・エ・ナ・イ趣味♡
誰しも、人に言えない趣味の一つや二つは持っている。さもなくば今日から作家と脚本家は皆死ぬ。
よって貞淑な人妻の美の秘訣は美少女の血風呂でなければならず、気に食わない優等生Aは革命を夢見ねばならない。そして私のそれはメモにまつわるものである。
しかし普通に話すと照れくさいので、ライフハックを紹介する体で喋らせてもらう。
……皆さん、keepメモなどに、日々買わねばならない品物をメモしているものと思います。
例:「サラダ油、ウェットティッシュ、くっつかないアルミホイル、カップラ」
しかしメモが七つ八つ九つと溜まっていくとだんだん、憂鬱になってきませんか?
「でもいちいち消すのは面倒臭すぎる!」
わかります。
そんなズボラなあなたに、今から素晴らしいライフハックをお教えします。
例:「ラー滅べ冬の神の指先油ごま軋み続ける紅色の床油片遠く眠る三つ目の少女栗粉醤許せばいい手のひらを二つに裂いて油牛午後の休息取る女神のへその穴埋まる核弾頭乳」
ご覧になりましたか?
見てわかると思いますが、買い物メモの間にいくつかの言葉が挟まれています。
a.「ラー油」に「滅べ冬の神の指先」
b.「ごま油」に「軋み続ける紅色の床」
c.「片栗粉」に「遠く眠る三つ目の少女」
d.「醤油」に「許せばいい手のひらを二つに裂いて」
e.「牛乳」に「午後の休息取る女神のへその穴埋まる核弾頭」
となっています。
これ以上の説明は野暮でしょうが、少しお話させてもらうと、こうしていくつか言葉を挟み込むだけで、生活の塵芥に汚れた買い物メモが、なんということでしょう!秘密の暗号に変わったではありませんか。
日々の生活にため息を隠せない皆さんも、どうでしょう、自らが孤独な暗号の保持者であると夢見ながら日々を過ごせば、少しだけ、特別な気持ちを味わえるのではないでしょうか。
といっても、
「いきなり思いつかないよ!」
と言う方もいらっしゃると思います。
確かにこの国の教育・労働制度は私たちから知識と知恵を奪い取る暴力そのものであり、私たちは巨大な侮辱に揉みくちゃにされ、言葉を剥奪されています。
しかし、だからこそ今日、額に汗して働く労働者こそ詩を、懐に火炎瓶や時限爆弾のように隠し持たねばならないのです。
以下に私のお粗末な例をいくつか載せておきます。参考にしていただければ幸いです。
例:「ゴムごめんなさい夢色のトランクス手袋銀色の孔雀殺しの鼻歌ごま谷崎潤一郎の使った鼻かみテイッシュに敬礼!コンソ観覧車に乗ったパンダを愛と呼べば呼ぶさメ納弔うという言葉から離れていますが文句はない豆ああ、海がコンビニだらけ豆ごめんなさい、たぶんあなたは来世豚の貯金箱腐」
例:「イ夢色のヒビ広がる夢のヒビ広がる夢のヒビ広がる夢トーヨーカ消された黒い棺の姫の唇に花をドー:どら眠れ、愛よ眠れ一万円札がやってくる焼き(簡易包装or箱入り「愛信じるな」聖痕抱えたスキー選手競技中出血多量死亡、8個以上)とモナカ(は色んな味が入ってるやユーモア一つもないのか?世界を回す支配者たちのダンスパーティつ)を(5以上)個入コウテイペンギンの書いた聖書に出てくるアデリーペンギンのイエスキリストり、蜜柑mサイズ、苺2パッ道路に寝っ転がったりしろキャップと生き別れたペットボトルク」
さて、ここまでは皆さんの生活を潤すためのライフハックでしたが、ここからは私の個人的な事情についてお話させてください。
というのも、このメモは、いつかの私の遺書代わりでもあるのです。
私は一度自殺しかけたことがあります。
実に痛かった。
二度とごめんですが、しかし二度あることは三度ある、一度あったなら二度目、三度目の自殺未遂を私が―太宰治のように―試みる可能性もゼロではありません。
叶うなら、私の理想の死はしなびたタクワンのような老人となって、死ぬ間際、七割の敵意と三割の馴れ合いからなる愛しがたい親戚一同に囲まれ、死ぬほど臭いおならをする。
慌てて窓を開け、
「クソジジイ、とっとと死ねよな!」
と内心で叫ぶ親戚一同がイヤイヤ私の眠るベッドへ戻る頃には、私はとっくに死んでいる……
そうしたものですが、残念ながら夭折してしまう可能性も―だって私は天才ですから―考慮に入れなければなりません。
そのとき私が一番望まないのは、私の両親などが、自分の育て方に非があったのでは、と悔やんで、毎日泣き暮らすことです。
私は私の死の尻拭いを、できれば誰にもしてほしくない。
「犬死に」と「無意味な死」という言葉が私は嫌いですが、その理由は人は誰しも路上の野良犬のように無意味に―意味から拒まれて―死ぬからです。
私も、本当は名字も名前も欲しくはなかった。晴れの日なら空、曇りの日なら雲、雨の日なら雨と名乗り、そして意味もなく死にたかった。
しかし、やむを得ません。産まれてしまいました。かくなる上はできるだけ他人様に迷惑をかけまくり、世界中の缶という缶を蹴り、ズボンというズボンを下げ、窓ガラスという窓ガラスを叩き割るように死のう。私は決意しました。
そのため、前述した極めて有意義なライフハックは私のささやかな抵抗―インティファーダ―でもあります。
私は凡庸な男です。
ボクシングクラブの終わり際、毎日銭湯に誘ってくれる先輩から、名古屋で天むすを食い散らかしてる理工学部の学生を引き算した顔をしています。
でもその凡庸な男のスマホのメモに、びっしり謎の暗号が敷き詰められていたら?
この凡庸で退屈な男は、死の間際に、世界に不可思議な謎を一つ、遺していくのです。
(……まあ、この小説を書いてしまった時点でご破産になりましたが!)
それから、私は青年らしく想像力が旺盛ですから、ときに、不躾なことに、乱歩の少年探偵団の小林少年が、私のメモを見つけることなど想像してしまうのです。
小林少年は、私の―ノートがいいですね―ノートに書き殴られた謎の暗号を見つける。
「粉チー歌え歌え歌え死産の子神起こせ迷わず殺めろズ、かつ火、原罪、万有引力朝光る山積みの林檎泥棒お節、第二太陽に背を向けたあなたの喉は裂け、創味の黒百合に精液垂らす手の罪は禁固五年ツユ、料理酒、にんに手紙の封の開け方知らぬ少女のレモン色の心臓くチューブ、豆君の名字にホタルの死骸を捧げよう腐、ネギなルルルルル風の匂いのサーカス団ど、スパゲッ大いなる紫の器官たれティ」
一体これはなんでしょう。
小林少年は、やがて、私が紅蜘蛛団の殺人電波に殺されたこと、この暗号は彼らの起こそうとする人工地震の発生源を暗示していることに―聡明な少年ですから―気がつくことでしょう。
紅蜘蛛団は、女首領に率いられた冷酷な秘密結社で、各国首脳のお尻のほくろの数まで知り抜いており、どの国の警察も手が出せないのです。
そして、ああ、なんということでしょう、紅蜘蛛団の発明した殺人電波を浴びたものは、なんだか夜が明るいように感じられて、街灯が打ち上げ花火のようにキラキラして、まだ誰も見たことない、浅草の見世物を何百倍にもしたような、怪しい遊具の並ぶ、銀の、冴えきった水盤のように光る遊園地に遊びに行く気持ちで、橋のらん干や、ビルのフェンスを乗りこえ、死んでしまうのです。
小林少年は大人たちに一生懸命に訴えるが、彼らは相手にしない。
そうこうするうちに、マユミさんが誘拐されてしまう。現場には蜘蛛の落書き。
これは間違いなく、紅蜘蛛団の仕業に違いありません。
小林少年は単身、紅蜘蛛団の本拠地に出向く。
ずっと昔、ダム建設で沈んだ街のトンネルがアジトの秘密の入り口。
しかし、小林少年は女首領の手下に捕らえられてしまう。
危うし、小林少年!
しかし、よく見ると檻の幅は大人用で、小林少年の体つきなら抜けられそうです。
小林少年は手下たちが油断した隙をついて脱走し、紅蜘蛛団の秘密の人工地震装置にスパナを投げこんで破壊する。
その後、小林少年は女首領を追い詰める。しかしさすがは紅蜘蛛団の手下三百余人を従える女首領。小林少年を苦もなく縛りあげてしまう。
けれど、女首領はそのとき、小林少年に恋をしていた。たった一人で、紅蜘蛛団のアジトに忍びこみ、命の危険もかえりみず、マユミさんと、いえ、それだけではなく、街のたくさんの人間を救った小林少年の勇気に、女首領は惚れてしまったのです。
各国首脳や、大金持ちは女首領のため、戦争をして得たちっぽけな島や、握りこぶしほどのダイヤモンドなどを、ニタニタ笑って贈るのでしたが、女首領は、もう、そんなものに飽き飽きしていました。
女首領は、実は、人間に飽き飽きしていたのです。それで、今度こそ世界じゅうの人間を滅ぼそうと、殺人電波と、人工地震装置を用意したのです。
けれど、女首領はどちらも使わないことにしました。それは小林少年に、また、追いかけてもらいたかったからです。自分のばらまいた、裏返しのトランプの謎を、小林少年が拾い集めて、解いてくれるのが、嬉しかったからです。
女首領は小林少年の縄を解きました。奥の間で眠らせていたマユミさんを、手下に命じてアジトの外に運ばせ、それから、女首領は、彼女の頭のスカーフを、小林少年の首元に巻きつけました。
それは女首領のはじめての贈り物でした。
なんて美しいお話。
けれど現実には紅蜘蛛団も殺人電波もない。何にもない。
だから、せめて私は謎のメモを作り続けよう。いつか彼らがこの世界に来たとき、謎が尽きてしまわないように。
「牛お風呂場のアイスクリーム、天国へ行けない天使ら騒げ乳、ち家族とは巨大な喪失と暴力庭歩く烏骨鶏くわ、油揚純粋とは大いなる偽物停電の夜ビスケット噛むげ、納豆(74円のやつ振り向きながらついてきてほしいんだ光とまばたきのない朝)、モズ夜のクラゲに結んだ手紙を取るあなたの手が光りますようにク、魚肉ソーセーブルドッグよ春の歌歌おう鎖に繋がれた僕らのためジ」