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長澤靖浩
2019年11月17日 22:28
この小説の過去の章は、マガジン「小説」をクリックするとすべて読めます。また、マガジン「小説」をフォローすると、続きを書いたとき、お知らせが行きます。第4章 モラハラ10 同級生の就職先の病院が次々と決まっていく。沙織は「おめでとう」という言葉を発するのがやっとである。焦りに胸が苛まれる。 沙織は自分の不自由な足で松葉杖をついてハローワークに足繁く通った。しかし、障碍者雇用枠による
2019年11月13日 02:39
7 誰もが少なからず両親には愛憎悲喜こもごもな気持ちを有している。子どもに障碍がある時、その濃度は通常よりずっと濃厚になるのは避けられない。 未熟児として産まれ落ち、出産初期の保育器での酸素欠乏が原因で、沙織は脳性麻痺による肢体不自由の障碍を負った。その自分の境遇へのやるかたない憤懣をぶつける相手といえば、両親のほかにはなかった。 地域の小学校で沙織は周囲の子どもたちの剥き出しの残酷さ
2019年11月10日 15:12
4 制服のカッターシャツのボタンを、ひとつまたひとつ外していくごわごわした男の手。胸襟を開いた先に現れた沙織の16歳の肌は、同じ歳頃の乙女たちの中でも一際艶々と輝いていると言っても過言ではなかった。その陶磁器のような輝きに置かれた男のくたびれた手の甲はいかにも不似合いで、だからこそ、それをモチーフにした一幅の美術作品のようにも見えた。 目の大きな美しい少女に育った支援学校高等部の女生徒
2019年11月9日 18:17
1 生と死の境が定かではない羊水の中に浮かんでいるまだまだ未熟な胎児は、目を閉じたまま自分の親指を吸っていた。胎児には直線に進んでいく時の感覚はなかった。ただ母親の心臓の鼓動の穏やかなリズムが無限に円環していた。 母親の胸を突き上げる「ああ、我が子を孕んでいるのだ」という喜びも、「異質なものを内部に抱えている」ことへのふいに訪れる破壊衝動も(若い母親はそれを無意識に押し込んでいたため、それ