仏教余話
その113
このような指摘がある一方、10年ほど前の論文では、以下のように述べられている。
〔三島にとって〕、そのとき天皇は「時間的連続性と空間的連続性」をそなえた超越的な絶対者として要請される。それは三島の理解による唯識論の真如、陽明学の太虚ときわめて近い存在であったと考えられるのである。(高田一樹「三島由紀夫における唯識論の変容」『国文学研究』135,2001,p.77,〔 〕内私の補足)
高田氏のいう「唯識論の真如」は、少なくとも玄奘の是認したものではない。吉村氏の著書から抜書きしてみよう。先ず、「真如」とは、次のような存在である。
〔阿頼耶識の更に奥にある〕第九阿摩羅識〔あまらしき〕は、無垢識ともいい、真如を体とするという。(吉村誠「中国唯識思想史研究 玄奘と唯識学派」2013,p.113,〔 〕内私の補足)
更に、こう述べている。
玄奘は〔先人である〕真諦訳の唯識論書のほとんど全てを翻訳し直したが、そこには〔玄奘以前に有力だった〕摂論師〔しょうろんし〕が九識説の証拠としてきた文言は見当たらなかった。「阿摩羅」〔=真如〕は阿頼耶識の浄位として「無垢」等と訳されていたからである。…阿頼耶識は妄識であり、それが転依することが悟りであると説明される。これは〔玄奘以前の〕地論南道や摂論学派の心識説の理解とは大きく異なるものであった。玄奘訳の登場によって、真諦訳は過去のものとなり、主要な学説の根拠を失った摂論学派は、以後急速に衰退するのである。(吉村誠「中国唯識思想史研究 玄奘と唯識学派」2013,p.124、〔 〕内私の補足)
高田氏は、「唯識論の真如」というラフな表現をせずに、「真諦由来の唯識論の真如」というべきであろう。重要と思われるので、あえて難癖をつけてみた。とにかく、玄奘は、楽天的に仏性を信じられるタイプの人ではなかった、ということであろう。