『名句に学ぶ俳句の骨法』は、『20週俳句入門』の切字のモヤモヤを解消できる
バイブルと名高い『20週俳句入門』を読んで、僕がまず思ったのは、
天になる句で「や、かな、けり」入ってる句、ほとんどないやん!
だった。そう思った方は他にもいるのではないだろうか。例えばNHK俳句や、夏井先生が選者の投句先において、入選句で切字の「や、かな、けり」が用いられている割合は少ない。
初心者の自分が句作する上で『20週俳句入門』の基本型はとても便利だ。便利なのだが、投句先で基本型にはまらない秀句の衝撃を浴びると「自分もそういう句を詠んでみたいなあ」という憧れを抱く。
そうなると、疑問が出てくる。
どういうケースだったら「や、かな、けり」じゃなくていいの?
他の切字ってなにがあるの?
だ。『20週俳句入門』では
と記載されており、そのあと数句の「や、かな、けり」以外の切字の句が紹介されるに留まる。切字の法則や、一覧表が示されるわけではない。
(もし見落としがあったらごめんなさい)
ならばと思って、続編の『実作俳句入門』を読んでみた。しかし切字については同様の説明があるだけだった。
(もし見落としがあったらごめんなさい)
そこで行き詰まった。
行き詰まったが、僕はそこまで真面目ではないので、「まあ、そのうちわかるかな〜」「いつか切字の解説本でも読めばわかるかな〜」と思って、モヤモヤを抱えながらも放置していた。
それがなんと。
たまたま近所の図書館にあった『名句に学ぶ俳句の骨法』という本で、わかりやすく議論されていた。
この本では、様々なトピックについて、高名な先生方が例句を持ち寄って、座談会形式で論を交わす。
今の自分にとって最も目から鱗だったのは切字についてだが、他のトピックもためになることばかりだった。多分いつか買う気がする。
で、切字のトピックについてまとめると以下である。
「切れ」と「切字」は別
大切なのは切れ
切字を用いると切れを生みやすい。が、切字を用いたからと言って100%切れるわけではない。失敗する場合もある
でも大体は切字でうまくいくので、初心者は切字を用いるといい。教える方も教えやすい
一方、切字がなくても切れを生むこともできる
切れとは、多義的に解釈できる余白をつくり、句に広がりを生むもの
例えば、「古池や蛙飛び込む水の音」の「や」は、
古池だ
古池があるぞ
その古池に蛙が飛び込んだぞ。そして水の音がしたぞ
そんな古池があるぞ
というように句の全体から受ける力を「や」で受け止めて、もう一度飛躍させる働きをする
つまり切れは、俳句を五七五の作品として独立させ、小宇宙をつくる働きをする
ある有名な先生が「万緑の中や吾子の歯生え初むる」を吟じたときには、「万緑の」で一呼吸置いて「中やぁ!」と1オクターブ高い声で続けた。読み手をそうさせるほどの切れがこの句にはある
切れを生むのは、詠み手の「切って響かせる」という意志。そのつもりで詠めばどんな言葉でも切れを生み得る
ただし読み手も、切れを意識した読み方の訓練は必要
以上のような前提があったうえで、切字を知っておくと便利。「や、かな、けり」の他にも、終止形や命令形、終助詞、体言など意味を切るものは切字になりやすい
観念的な話かつ箇条書きなので、何も伝わらないかもしれない。
ただ、個人的には腑に落ちた。そして俳句を初めて1年経った今だから、おぼろ気にわかる気がしているが、これを最初に言われても難しかっただろう。そういう意味で『20週俳句入門』の教えは理に適っていると思う。
そして、この「切れ」という概念を知った上で、投句先の秀句を見ると、確かに「切れてる、切れてる!」と感じるし、自分の句については「切れ弱っ」と感じる。
(なお感じるだけであり、切れのある句をつくれるようにはなっていない)
こうして『名句に学ぶ俳句の骨法』によって僕は、投句するたびに感じていた切字のモヤモヤを払拭することができた。もしかしたら、またすぐに行き詰まるかもしれないが、一旦この枠組みで俳句と向き合ってみたいと思う。
『名句に学ぶ俳句の骨法』、心よりおすすめです!
オマケで、擬態語と推敲、抱字のトピックについてもまとめておきます。こうしたトピックが上下巻で20以上あります。名句がふんだんに例句として登場して、読みやすい語り口なのも魅力です。
擬態語について
高橋悦男先生の現代俳句の擬態語ベスト5
擬態語は使う言葉に無理がないことが大事。ギリギリ常識の範囲で読み手がなるほどと思えるようにする
擬態語は、作者の心が景と一緒になるという意味での現場性が重要
擬態語は、共通感覚としての音感をとらえることが重要
擬態語はつくるだけでなく、先人のいい擬態語の句をたくさん読むことも大事。読むと作句欲も湧きやすいし、類句類想も脱しやすい
推敲、添削について
秋元不死男先生の推敲の心がけ
一句の意味が別の意味にとられる心配はないか
中心がはっきり掴めているか
用語叙法に誤りはないか
もっと美しい正確な言葉や調べはないか
他に類句はないか
辻田克己先生の添削のポイント
意味が通るか
古めかしくないか(新しいか)
季語が働いているか
姿がよいか:リズムと言葉づかいが適切か
頭語(判断語)を避けよ:頭を通した判断を含む言葉に気をつけ、描写語を大事にする
俳句は次の理由で人の目を入れた方がいい
短さゆえに、伝達性を損いやすい
短さゆえに、自分の癖が出やすい
季語、切字といった俳句の肝が、独りよがりになりやすい
推敲し、一句に執着した経験があって初めて、サッといい句ができる幸運に恵まれる
推敲を「さんざん」やるのは大体良くない。はからいが感動を覆ってしまうとろくなものはできない。技巧に凝ると感動が痩せ、句が痩せやすい
抱字について
「…や〜かな」「…や〜けり」のような二重切字を成立させやすい手法として抱字がある
抱字は江戸時代まで俳諧の常識的な作法としてあったが、いつの間にか廃れてしまった
例えば「…や〜かな」「…や〜けり」で結びが整わない時に、「は」という文字を入れると「…や」までを抱えることができる
「降る雪や明治は遠くなりにけり」も実は抱字に則っている
そんなふうに抱字とは、一句の中に置くことを避けるべき、二語の間に他の語を挟んで句をまとめる作法のこと
だが、二重切字は感動ポイントが二箇所あって、難易度が高いことには変わりないので気をつけよう