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落ち葉と鱗の交換会

空を見上げる。
真っ青に帯を流したような、うろこ雲。

信号待ちの間、なんとなしに眺めていると。
ふわりと、一葉の透き通った記憶が。
水面の泡のように。
まるで、目の前にそれがあるかのように、鮮明に。
浮かび上がってきた。


そうだ。
わたしは、あのとき。
この手に、受け取った。

ほんのりと透けた、一片のうろこを。

海に夕日が落ちるような、色鮮やかな景色の中。
一枚の真っ赤な葉が映っていた。


そうだ。
「あれ」は、うろこ雲の中から降りてきた。
そうだ。
今の空のような。

わたしは、青空を横切るうろこ雲から降りてきた龍に。
もらったのだ。

「交換だね。でも、きみは、じきにぜんぶ忘れる。それも、すぐに見えなくなる。けれど、なくなったりはしないからね」

ああ、そうだ。
たしかに、聞いた。

一体、あれはいつだった?
どこだった?

懐かしいような、嬉しいような。
ちょっと悲しいような。
不思議な気持ちになった。


不意に、視界が揺らいだ。
涙のせいだと、遅れて気づいた。


「特別にキレイなものを写していくんだよ。このつぎ、ひとの近くにこられるのは、ずっとずっとずーーーっと、とおくのときだから」

ああ、そうだ思い出した。
あの龍は…
あれは、龍のこどもだったのだろうか。

そうだ、わたしも、あの頃こどもだった。
世界は今よりもずっと、キラキラしていたような気がする昔のことだ。


見せてもらった鱗には、一枚一枚に、違う絵が写しこまれていた。
写真のような、絵画のような。
幻灯、というのが似合っていたような気もする。


そうだ。
わたしは、きれいな落ち葉を集めていたんだ。
そして、あの子に、とびきりの一枚をプレゼントした。
あの子の鱗に映っていた紅葉に似た、本物の葉っぱを。
細くて光るタテガミに、挿してあげた。


あんな、ちょっとした、どうでもいいような、ささいなことなのに。

すぐに忘れて、見えなくなってしまうような。
何気ない光景なのに。


昨日のことが。
その前の日のことが。
今朝のことが。
次々と、思い出された。

何気ないやりとり。
なんてことない平凡な日の、取るに足りない一幕。

龍と出会ったなんて、平凡でもなければ何気なくもない。
けれど。
きっと、毎日何気なく過ごしてすぐに忘れてしまうような一幕の中にも、あの落ち葉と鱗の交換会のような、とても美しくて素敵な瞬間があったのかもしれない。


信号が青になった。
今から、ちょっとゆううつな出来事に向き合わなくてはならなくて。
嫌で逃げたかった。
いや、現在進行形で、逃げたい。
けれど。
わたしの足は自動的に、前に出る。
他の人達と同じように。


この記憶も、すぐにまた、忘れ去ってしまうのだろうか。

ああ、それは嫌だ。

近道に横切る予定の公園に、確か、紅葉があったはず。

落ち葉を一枚、拾っていこう。

わたしのお守りになってくれるはずだから。


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緋呂@ひとりからはじめる天下泰平
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