誰かの「願い」を叶えるために、大切なこと【CRAZY森山和彦さん×aba宇井吉美】
2024年11月10日・11日に開催された「ねかいごと2024」イベント。介護をする方/される方、そのご家族など、介護に関わるすべての人から願いを集め、テクノロジーなどの力を通して叶えていく活動である「ねかいごと」は、株式会社aba代表取締役CEO・宇井吉美が発起人となり、2023年に発足した。
2024年はプロダクト展示のほか、「誰かの願い」を叶えてきた方をお招きし、願いをどのように受け止め、叶えてきたのかを伺うトークセッションも実施しました。本日は、株式会社CRAZY代表の森山和彦さんとのトークセッションをご紹介します。
森山さんは、東京都クチコミNo.1の式場「IWAI OMOTESANDO」を展開する「CRAZY WEDDING」やキャリア転職エージェント事業「CRAZY CAREER」を運営している会社の代表です。社名は《常識に縛られることなく、理想を追求したい、熱狂したい》という意味も込められているとか。創業期には全社員での世界一周旅行、日本初の睡眠報酬制度(寝るとお金がもらえる…!)の導入など、ユニークな経営に挑戦しています。
「家族とつながりたい」という願いからブライダル事業へ
宇井:最初に、森山さん自身の「願い」との出会いについてお聞かせ下さい。
森山:「願い」って創造パワーの源だと思うんです。大切なのは「強い願い」をちゃんと「商品にまで昇華させること」ですね。単にお金を稼いで社員に給与を払うだけでなく、人々の目には見えないものを〈見えるもの〉のなかに組み込む。それを両立させるのが、僕の目指す『経営』です。
そもそも、僕の原点を立ち返ると「もっと家族と繋がりたかった」という想いがありました。実は自分が25歳のとき、10年弱引きこもっていた兄が自殺してしまったんです。
生前の兄は少しずつ社会復帰してアルバイトを始めていたんですが……。兄は「お金が大事」と言いアルバイトで稼いだお金を一生懸命、貯蓄していました。それに対して僕は「人生はお金だけじゃない」と反発していた。色々と複雑な事情があるのですが、兄が亡くなるきっかけの一つは家族でもあります。亡くなった後に、兄が本当にしたかったのは貯蓄ではなく、家族とつながりたかったんだということがわかったんです。
僕が今結婚式の事業を行っているのは、「人生の壮大な言い訳」です。結婚式は〈ふうふの門出〉でもありますが、家族同士で「ごめんね」や「ありがとう」を言いやすい。結婚式でハッピーな状態になれば家族のわだかまりが溶けるんですよ。
もちろん、中には「親族同士が喧嘩していて、結婚式に親を呼びたくない」という方もいます。となると、そこから壮大なプロジェクトが始まります(笑)。会場を区切り、喧嘩している当人同士が顔を合わせないようにする結婚式をプロデュースすることもある。家族同士で本当に言いたいけど、言いづらい「ごめんね」や「ありがとう」を言いやすくなるような結婚式をデザインしたいんです。
宇井:私もこの夏、祖母の介護に改めて取り組みました。私自身が介護業界に足を踏み入れたのは、中学生時代、育ての親同然だった祖母がうつ病を患ったのがきっかけです。後悔しているのは当時、祖母に優しい言葉をかけられなかったこと。未だに中学生の自分をどこかで許せていないんですよね。
同時に、あの頃の自分を救いに行きたいという気持ちもあります。今回、祖母を介護できる最後のチャンスかもしれない。ここはなんとしてでもやるべきだと思い、2か月間と短い間ですが週末介護に踏み切りました。
結婚式はハレの日、介護はケの日を支えるものという違いがありますが、実は「ありがとう」を増やして、「ごめんなさい」を言う数を減らしていくという点ですごく共通点があると改めて感じました。
「願い」は命を持って当たること
森山:僕の「願い」を突き詰めていくと「命」かなと。心の底からの思いをちゃんと共有するために、最初にあるのは「願い」であり「命」なんですよね。それが人間関係や事業の過程で無くなるのがもったいないといつも思っています。
結婚式のサービス設計では、意図が伝わらず、社員に「誤読」されるときもあります。ただ、それが重なると実は大きな命が宿ることもあります。僕はそれが面白くて(笑)。設計者の意図からズレたことで、かえって予定調和ではない、素晴らしいものができることもある。ここを諦めずに、取り組むのは経営者の仕事だと思うんですよね。
宇井:介護の現場でも、忙しい介護職員さんの時間をもらったにも関わらず、寄り添えていないテクノロジーやサービスも少なくありません。研究機関もアンケートを取ってその後の連絡がないケースも過去には多くありました。「高齢者が増えているから市場が大きくなる」といった話がクローズアップされがちですが、それだけでは駄目だなと感じます。
私が今回の「ねかいごと」の取り組みを始めたきっかけのひとつに、10年以上前にある介護職員の方が見せてくれた「提出できなかった企画書」がありました。利用者さんのために外出レクリエーションを企画したけれど、あまりに忙しく、人手が足りない職場の現実をわかっているからこそ、提出できなかった。そんな思いをしている介護職さんが他にもきっといると思う。すごく悔しくて悲しい。でも、現場のつらさがわかるからこそ、私自身も10年以上、誰にも言えずにいました。
この話を施設経営者の方にすると大抵「それは経営者が悪い」とおっしゃる。ただ、私はこの出来事の責任を、施設経営者だけに負わせるのも違う気がしています。誰も悪くない。でも、願いをつぶやけない状況もある。ならば、介護の願いをつぶやける場を用意し、受け止めることなのかなって。わからないですけど。
森山:受け取ってくれる人がいるからこそ、つぶやけるというのはありますよね。「力」と「愛」のあるなしを二軸で考えたとき、力も愛もあるのが理想です。暴力的なのは「愛なき力」ですよね。力は持っているけれど、愛情がない権力者を想像してもらえるとよいでしょうか。でも、最も悪いのは「力なき愛」なんです。
想いはあってみんなでディスカッションするんだけど、力がないから形にならない。そうなると愛に対する諦めが生まれてもっと状況が悪化する。経営者としては決して「愛なき力」にならないように、「想いを口にするだけで実現しない」とはならないようにしないといけませんよね。
宇井:自分ができる領域を広げつつ、なにか1つでも2つでも実現していくことが大切ですね。
「願い」を忘れないように、経営に組み込む
森山:ちなみに、Helppad(ヘルプパッド)はどのように今後展開していく予定ですか?
宇井:ヘルプパッドを必要とされている方は全国で160万人いると推定しています。その20%に当たる32万人に対して2030年までに届けたいと思っています。
森山:願い事が大きくなると、関係者も増えていきます。ユーザーと関わる接点のポイントも1回だけでなく、多面的になっていく。ですから、複数の事業を展開している経営者だったら色々なことができます。
僕個人としては「結婚式」はあくまで人生のイチ接点でしかないと思っています。今考えているサービスは、子どもに親からどれだけ愛されているかを伝えるもの。毎年、宿泊施設に来てもらい子どもに対してのメッセージを録音し、子どもが成人したときに渡すんです。愛を目に見える形にしたいと思っています。日本全国の親子関係をこじらせないためのサービスですね。
でも、会社が大きくなると力を手に入れたとき、最初の「願い」を忘れちゃうんですよね。で、「株主のために……」とか言い始める(笑)。願いも踏まえてプロセスを考えていかないといけません。
宇井:実はヘルプパッドのような排泄センサーって類似製品が山程あるんです。検知精度を上げようと思ったら、身体に直接センサーを付けたり、おむつの中に仕込むほうが技術的には簡単かつ確実です。でも、介護の現場職員さんは「利用者さんの身体に機械を付けないで欲しい」と話していました。介護現場の「願い」を受け取り、生まれたプロダクトなので、その願い通り、生活を乱すモノにはしたくないという思いが強くあります。
森山:テクノロジーには「仕組み」という意味もありますね。結婚式も、実は全部仕組みで出来ています。儀式として行われる手順の一つ一つに意味があり、それを理解していないと「?」になる。その作法がより今後大事になりますし、ユーザーや職員さんたちとつながり、お互いに「信じているモノ」を大事にすることが大切ですよね。
宇井:おっしゃる通りですね。昨今、「人数が少なくても介護現場が回るように介護テックを使いましょう」という文脈で、介護テックが語られる場面が増えてきました。ただ、これは「愛を届ける」「願いを叶える」を生業とされている介護職の方々に対してすごく失礼なことを言っているのではないかとも感じています。
むしろ「想い」を持ったメーカーさんたちと集まり、願いにより一層、耳を傾けることが、介護テックを一気に広めることにつながるのではないかと考えています。今日出展くださったみなさんはすべて、私の「推し」でもあります。お互いに推しあってパワーを手に入れて、より願いを叶えていきたいです。今日はありがとうございました。
取材・執筆:上野智(まてい社)