[恋愛小説]1989年の憂鬱...6/GT-R
優樹と美愛は国道6号線沿いのプリンスのディーラーに来ていた。
優樹が地元のハウスビルダーに転職が決まり、仕事やプライベート用に購入するためである。
もう既に、何を買うのか決めていた。後はグレードだけである。
今は昨年から乗っている、クレスタだった、余りの安楽性に嫌気が差して、買い換えを決めた。
美愛はそれが不満である。
昨年買ったばかりで、まだ1万キロも走っていない。
何が不満なのか理解不能だった。
優樹は後にカーマニア的な嗜好を持つようになるが、この時が転換点だったのかも知れない。
いや、最初のZからしてそうだったかも知れない。
そのZは美愛の父の木工場の倉庫の奥に、シートを被せて保管してある。
優樹「これどうかな?」とカタログを美愛に見せる。
美愛「どれ?」乗り気でないので、さり気ない。
優樹が指し示したのは、GT-Rという車だった。首を捻る美愛。
美愛「これ何人乗り?」
優樹「一応4人乗り」
美愛「後ろ狭くない?」
優樹「確かに。」
そこへ営業が来て、いらないことを言う。
「これは受注生産で、いまだと半年待ちですね。凄い売れてますから。」
更に「来年からはレースにも出ます。元々レース用に作られた車ですからね。」
それを聞いて美愛が優樹を睨む。
「あっ、そう、もう少し普通のにしたら。」と美愛。
で、結局GTS Type-Mになった。
まあ、確かにGT-Rで現場や打ち合わせに行ったら顰蹙ものだったので、美愛の指摘は妥当だったのだが…。
その後、そのGTSには10年、20万キロ乗ることになる。
そして美愛は最近、憂鬱な事がある。
昨年から地元ビルダーに勤め始めた、優樹は新しい仕事が面白いらしく、早朝3時とか4時に出勤していく事もある。
何か変だと思い始めたのは6月頃で、女の勘である。
昨日探りを入れてみた。
美愛「ゆーちゃん、最近忙しいの?朝も早いし、夜も遅いし。殆ど家に居ないよね。」
優樹「そうなんだ、今TX大の大田教授の家の実施設計図を纏めていてね。来週までに仕上げないといけないんだよ。」
と、そつなく返事を返す。
美愛「あそう、じゃーそれが終わったら、夏美達を日立の動物園に連れて行ってくれる。おばあちゃんから言われているの。」
お袋と言われると断れない。
優樹「ああ、わかった。来週の水曜にね。」
美愛は、優樹が未だに母親に頭が上がらないことで、家庭サービスを約束させたが、そうでもしないと、それさえしない優樹に不満たらたらである。
3年前夏美が生まれたときには、自分が率先して、多摩動物園や子供の国へ連れて行ったのに、なんという違いだろう。何かが変だ。