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『たぶん、星がいっぱい』(5300字, ショートショート, W902, 2004→2021年版)

(*恐らく2004年頃、当時の『作家でごはん』というウェブサイトに投稿したもので「与えられた3つのお題を盛り込んで小説を書く」という課題から創作したもの(お題は「星、百万円、途中で視点が変わる」だと旧版を読んで自分で推察)に2021年の私なりの加筆、修正をしました。『チューボーですよ!』懐かしいですね。本文は以下↓)

 ――たぶん、星がいっぱい――
 そう思いながら、雑多な雑誌のざらつくページをめくってみたけれど……
 世の中そんなに甘くなかった。

9月〇日 あなたの恋愛運☆☆☆(星0個)

 ……マチアキだってテンションさがるよ。どんな下手な料理だったんだよ。恋愛運、星ゼロ個です! ……じゃないわよ。

《二人に破局の危機が来るかも……もう1度、お互いでお互いの関係についてよく話し合ってみて。片思いの人は、今は告白しない方がいいかも。運命のように感じる出会いがあるかも。でも、その場の雰囲気に流されないでよく考えてみて》

 さっきから「かも」って何よ。「かも」って。
 午後六時に立ち読みの暇つぶしで入ったコンビニに、結構な仕打ちを受けたような気がする。
 今日は特別な日なのに――とりあえず金運もチェックしとくかぁ。

9月〇日 あなたの金運★★★(星3個)

 星三つですよ、マチアキ。
 そうか、やっぱり世の中、カネだろ、カネ。カネがあれば馬鹿も旦那。
 今日は未来の旦那さまから何か頂けるのでしょうか?

《予定外の収入が入りそう。浪費に気をつけて。
今日は思ってもみない大金が入るかも》

***

「百万円あるわ……これで縁を切っていただきたいの」
 いつもの待ち合わせ場所のファミレス。
 そこにいたのは私の上司兼彼氏だけではなく、随分化粧のきついおばさんが並んでいた。この残暑厳しい9月の街中に、着物でやってきたようだ。
 私の顔を見るなり、言ったのが『百万円!』だ。柳生博かよ――て今どきこのツッコミ、このおばさんなら分かるのかしら。
「えっ? どう――」
「どうして? なんて聞かないで」
「……なんで?」
「ええっと、それはなあ――」
「まーくんはしゃべらなくていいの」
 ま、まーくん?
 私が「どうして?」を「なんで?」にわざわざ言い換えたのはスルー?
 いい突っ込みどころだと思ったんだけど。
「あ、申し遅れましたが、谷口の母です」
「初めまして、あの――」
「知ってるわ、宮野さん。単刀直入に言わせていただきますけど、貴方、まーくんのことを想ってくれるのなら、これで別れてほしいの」
「はぁ?」
 結局おばさんの話すところを要約すると――理由は聞くなって言ってたくせにずいぶんとベラベラ喋ってくれた――『まーくん』はうちの会社の役員の、さる御令嬢と御婚約されるそうだ。
 ……と、いうわけで会社の部下の私との情事なんてもっての外ということらしい。
「あの……私は別に構いませんけど、彼が……」
 私は彼の顔を見た。もちろん何か言ってよ、バシっと言ってやってよ、っていうディレクションを私的にはしたつもりだった。
「……母さん、俺はやっぱり別れたくないんだ!」
 こんな男らしい発言を期待した私がバカだった。
「……俺はお母さんの言うことが正しいと思うんだ」
 あ、そう。
 大事な大事なアタックチャンスでだったのに不正解です……。

 結局、私は札束の入った茶封筒を受け取り、ファミレスを出て駅前通りに向かった。今日も空は煙っていて、夜空には宵口を示す明星しか見えない。
 いきなり百万円ってクイズハンターかよ、この金で月まで行ったろうかしら”Fly me to the moon”って百万じゃ足りないよそうだ少ないよ百万って。それよりほんと親子似てたなぁークリソツだよ。何でもお金で済まそうとするとことまでそっくりだよ。サルの御令嬢とやらでもなんでも結婚すればいいじゃない、会わないでっつったって会社の上司だってーの。嫌でも顔を合わせるのよしかしあんなマザコンだったとは男は見かけによらないね、ほんとでも騙されてたのかなぁでもアイシテルって言ってくれたような気もするしベッドの上でってやっぱりそれってただの都合のいい女ってことじゃない。何? 私とはセフレの関係だったの? だって仕事が夜まで忙しいんだからホテルでぐらいしか――

「いつのころからか 好きになってたよ」

 ふいに耳に入ったそのフレーズに驚いて振り返る。そこにアコギを持った少年のような青年がいた。駅前通りの『ドンキホーテ』の横の小さな街路樹の下で、愛の歌を唄う。まだまだギターも歌もヘタクソだったけれど、大学生ほどにみえる彼の持つ小さなピックが私の琴線を震わせた。振り絞るような声が家路を急ぐ人の間をすり抜けていく。出会いを、別れを、恋愛を、その悲しみと喜びを、彼は唄っていた。

「星の見えない この街を飛び出して また君に会いに行こう」

 彼は歌い終わって頭を下げると、私は聴き惚れて拍手をあげた。
「どう?」
「えっ?」
「いや、ずっと聴いてくれてたから」
「えっと……」
「正直、あんまりうまくないでしょ」
「うん」
「正直……まあ、いいや。じゃあ、何でお姉さんは?」
 彼の目の前にあった、わずかに硬貨の入ったギターケースに、私はさっきの札束を放り込んでみた。
「ちょ、これ――」
「お姉さんと遊びに行こう!」
「……どうして?」
「どうしてなんて聞かないでよ」
「……汚いお金?」
「きれいさっぱり手切金」
「汚いじゃん」

***

「こんな汚いカッコじゃ無理だって言ったじゃん……」
 とりあえず、あれから僕の身に起きた出来事をまとめるとこうだ――
 知らない年上のお姉さんから札束を恵まれ、いや、札束ではたかれて、地上24階建てのビルに連れ込まれた。
 最上階の、到底場違いなリストランテで入店拒否を喰らい、エレベーターで半分下に突き落とされて12階。
 まるで、すごろくゲームでマス目の指示に従っているかのよう。
「スーツとネクタイ買えばいいんでしょ! この12階に紳士服売ってるから!」
 階に着いてからも、ずっと手を握ったまま彼女はズンズン先を歩いていく。帯封つきのお金を持たされてて、とんずらするわけにもいかない。『銭ある時は鬼をも使う』とかいうやつか。
 汗と指輪の感触を右手から感じる。
「そこまでしてフレンチにしなくても――」
「――なにがフレンチはハレンチよ」
「言ってません」
「いいから早くしないとパリジェンヌになり損ねるわよ」
「パリ生まれでも『ジェンヌ』でもない『ジャン』で――」
「ジャン・レノ?」
「違います」
「つまんないギャグ言ってないで、ほら着いたわよ」
「ダジャレ連発してるのはそっちで――ほら、もう8時まわってるから開いてませんよ、きっと」
「大丈夫。今日は私、ヤなこといっぱいあったから、あとは良い事しか用意してないはずなの。私の神様は!」
「『神はサイコロ遊びはしない』んじゃないかな……?」
「なに言ってるの――ほら、開いてる」
「なんで開いてるの? 買えちゃうじゃん」
「いいじゃん、買っちゃおうじゃん」
「採寸は?」
「いいじゃん、あるもんで」
「ジャンジャン」
「チャンチャン?」
 そう言って彼女は手を挙げて少しおどけてみせていた。

***

「でも、まさか地上24階でフレンチを頂けるなんてね……ほんと、ストリートミュージシャンやってて良かったよ……って聞いてる?」
「……」
「……あのさ、もうちょっとさ、ゆっくり食べたら?」
「ん?」
「ん? じゃなくてさ一応、高級レストランだから」
「はっへ、ほひひい――」
「食べてから、ね」
「だってさぁ、おいしいんだもん。
 あ、すいません! ワインおかわり!」
「……」
「私もう、食べ終わっちゃったぁ。ディザートまだなの~?」
「……予約なしで無理に入るわ下品に騒ぐわ……お店のご苦労、察してあまりあるね」
「だって、そういう店名じゃない?」
「?」
「《Vous De Le Mériter》あんたのおかげ、みたいな?」
「そんな居酒屋風なお店ですっけ?」
「な~に? なんか文句あんの?」
「……いいえ」
どうも当分解放してくれる気はないらしい。しばらく振り回されそうだ。でもそう思いながらも、なんだか状況に慣れて面白くなってきた。明日仕事があるわけでもないし、ひさびさに人と話をするのを、意外と楽しんでいるかもしれない。
給仕係っぽい人が来て、赤いワインを持ってくる。僕は彼がその瓶を傾ける前に手で制した。
「ああ、僕がやるから」
「ちょ、それ私の――」
 受け取ったワインを彼女のグラスに注ぐ。
「誕生日おめでとう」
「えっ?」
「違った?」
「あってる……どうして?」
「どうしてでしょう?」
「なんで……まぁいいわ、なんかくれるの誕生日プレゼントに?」
「えっ、え~っと……僕は何も持っていないよ」
「持ってるわよ、その手にたくさん!」
「えっ?」
「とにかく、なんとかなさいよ」
「じゃあ……この夜景を君に」
「私がお金払ってんのよ、ここ」
「あ……じゃあ、地上の星を」
「同じだし。流れ的にアクセサリーとかバックとかでしょ、ココ」
「シャネル?! みゆきじゃダメ?」
「……たしかに、『男はみんな子ども』だわ」
「……それはよく分からないけど、輝くものばかり追ってると氷を掴まされるらしいよ、中島さんによると」
 彼女はクスっと笑って夜景のなかのヘッドライトとテールライトを彼女は指で追って鼻歌を口ずさんだ。 
 くだらなくてたわいもないことをなるがままに僕は話した。

***

 旧市街と新市街をつなぐ橋を上、気持ち悪くて川を眺めてボーっとしている。いつの間にか夜空に現れていた月が川面に照らされ揺れている。身体と視界がゆらゆらする。
「飲みすぎなんだよ……気持ちはわかるけど」
「なによぉ、あんたに何がわかるのよぉ!」
「……そりゃ、わからないけど」
「……あなた、どうして今日が誕生日だって分かったの?」
「そのロイヤルブルーのサファイア」
「えっ?」
彼は私の左手にある藍色の指輪に目をやった。
「9月の誕生石。『誠実』って意味もあるけど」
「……でも」
「普段からつけるような指輪には見えないし……
たぶん今日は仕事終わってからデートをする予定だったんでしょ?」
「うん」
「仕事の後でも少しでも着飾れるように――」
「……」
「今日が特別な日だから、つけてきたんでしょ」
「……」
 彼は一度辺りを見回して、人気がないことを確認してからお札の束を突き返した。
 私はその左手の《誠実》を外してポケットに入れ、お金を受け取り――その帯を破いた。
「でもまあ――あーーーーーーーー!」
 彼の悲鳴が水面に響いて、勢いよく振りかざした私の腕から現ナマがひらひら舞った。月の光に照らされて諭吉クンはスカしの向こうで笑ってる。銀と黒に閃く川へと1枚また1枚と吸い込まれていく。
「あー気持ちい。酔いもめちゃったけど」
「あああ~もったいない……ソープ何回行けると!」
「をい」
「ん?」
「いま『ソープ』はないでしょ!」
「いや『ソープ』には『ホープ』があるんだよ!」
「私には『ホープ』がないんだよ!」
 酔いが醒めて現実が戻ってきた。だって今日で30歳。ゴール目前で彼氏と別れさせられて、もう職場にも行けない行きたくない。私には切れるカードはもう残っていないのにいきなり振り出しに戻されてしまった。
「私はもう何も持って――」
「いや持ってるでしょ」
 私のありきたりな絶望を遮って、こともなげに彼は言う。
「いや、それはきみが若くて、男だから言えるわけであって――」
 今度は私の憤りを嘲笑うかのように、二人の間に諭吉クンが舞い降りてきた。
 いまやひとりぼっちになった諭吉を彼はそれを拾い上げて、私に差し出した。
「はい、誕生日プレゼント」
「……鬼か、あんたは」
「じゃあ、僕から唄でも歌おう――『オネスティー』でもいい?」
「……やっぱり鬼だよ」
 私はもう銭はないから鬼を使えないってのに。
「じゃあ……あーーーーーーーー!」
 再び彼の悲鳴が轟いた。今度は――
「何?」
「ギター置きっぱなしだ……」
「ほんとだ……ゴメン、私が引っぱり回したから」
「あ、自覚はあったんだ……いや、いいよ。僕も悪いんだし。随分高いごはんをご馳走になったし」
「……じゃ、行こうか」
「……どこに?」
「ホテル、と言ったほうがキミにはいいのかな?」
 負債でも鬼は使える、のか……?
「……いや、まるで、『鬼の首を取ったかのよう』?」
「あ、その前にコンビニ」
「なんで?」
「……振り出しに戻ったから?」

***

 もう0時は回ってる。昨日とは違う日に、昨日とは違う雑誌を手に取る。
 ――たぶん星がいっぱい並んでる――
 そんなことを思いながら巻末ページをめくったけれど……やっぱり世の中甘くない。

 9月△日 あなたの恋愛運:☆☆★(星1個)
《意中の人がいる人……あせりは禁物。まずは友達から》

「……あなたのことも『若手のホープ』とかって言うのかしら?」
「僕が前途有望な若者ってこと?」
「……やっぱりホテルはなし。ギターは弁償するわ」
「だから、もういいって」
「だから、電話番号教えて」
「どうして?」
「どうしてなんて聞くなよ」

[End Of Text]

*2004年当時のままのものはこちら↓


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