相沢ユウ
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『ぼくらが旅に出る理由、ぼくらがタビに出る理由。』[Part 4](第1版, 500字, 私小説ショートショート, W011)
――歳ばかり経り不惑なった、まだ雨降らぬ6月の朝。 先輩は口下手な人だから、こういう質の悪いやり方で僕の溶け流れつつある記憶に軛を刺しにきたのだろう。 「わかりました……貴方が主役で何かものを書きますから」 左側に残った皮膚感覚はいよいよかすれ、先に立つものを朝のせいにして、横木のようにベッドに倒れたまま僕は呟いた。 与えられたそのクビキをマストにたて変えて、海を飛ぶ鴎のように帆をひろげ、時の流れに逆らって僕は書かねばならないようだ。 くたびれた寝室のカーテンの隙間から
『ぼくらが旅に出る理由、ぼくらがタビに出る理由。』[Part 3](第1版, 900字, 私小説ショートショート, W011)
彼女の部屋に転がり込んで新しい生活を始めた頃に架かったその決まりの悪い電話は、心の善悪の岸辺に混濁した後悔のさざ波を立たせた―― 善いかどうかはおいといて、あの夜、風俗くらい入ってもよかったんじゃないか? 純情と純潔を誇っていたわけはなく、中高の片思いは地元に置いて特別な女性もなく、下宿のポストに突っ込まれたデリヘルのフライヤーに写る紙切れのハニーたちを部屋のゴミ入れに放るまで視まわす程度に性欲を持て余していたわけで――いや、持て余していたのは薄っぺらなプライドで、ハニーに支
『ぼくらが旅に出る理由、ぼくらがタビに出る理由。』[Part 2](第1版, 1100字, 私小説ショートショート, W011)
[Part 2] 季節は冬へ秋の只中で既に陽が落ちて肌寒く、自転車を切る風はその鋭利さを増して襲いかかってくる。 先輩と僕は大学前の学南交差点から国道を渡り、総合公園を右手に見ながら南下して吉野家を左へ、さらに進んでは踏切を横切って線路沿いの細い道を駅前通りを行く。 先輩はとにかく付いてくるように言っていたが、道中はほとんど喋らず、ペダルを漕いでは時折こちらの存在を確かめるように振り向くだけだ。 駅東口に着くと、地方都市の駅前らしい再開発で整った広い駅前通りの歩道を西川ま
『ぼくらが旅に出る理由、ぼくらがタビに出る理由。』[Part 1](第1版, 1100字, 私小説ショートショート, W011)
[Part 1] 僕は男を抱いていた。 裸で横たわったまま、左腕で誰かを抱いていた。 目もうまく開けられなかったが、左半身から伝わる筋肉質な感触で、それが痩身の男性だということだけは分かった。 彼も裸だった。 男二人くっついて離れず、何も話さなかった……というか、僕は話せなかった。 身体はいうことをきかず、抵抗することもできず、何とかしようという気も起きず、自分はするのかされるのかそれとも事後なのかお尻に異常はないかなどの思考を巡らすことはなく、ただ彼が誰なのか探ろうとする