自分を愛するのに理由なんていらない
私は長らく私のことが大嫌いだった。
この自己肯定感の低さがどこからやってくるのかわからなかったが、自分を好きになれないことはずっと苦しかった。
人から褒めてもらっても、
「お世辞で言ってくれているのだろうな」
「褒めてもらえるほどの価値なんて私にないのにな」
と思ったり。
人から好きだと言われても、
「何かの間違いだ」
「私のことを好きだなんて、この人どうしちゃったんだろう」
と思ったり。
とにかく私の内側は、自己否定とネガティヴ思考のオンパレードだった。
謙虚なようで、人の好意や想いを蔑ろにし続けていた。
自分を心の中で否定するだけなら、一見悪いことなどないように思う。
しかし、たくさんの弊害があった。
自分に価値がないと思うと、何をしても幸せを感じにくくなる。
「自分には何もできない」と思うと、何に対しても頑張る気がおきないので、成長できなくなる。
せっかく好意を示したのに、私にその気持ちを蔑ろにされた人たちは、傷ついて離れていく……。
自己肯定感の低さが招く散々な結果の数々を受け、
自己否定は、自分だけでなく周りの人もたくさん傷つけることに、やっと気付くことができた。
いつからか「自分を愛したい!!!」と心の中で叫ぶようになっていた。
でもどうしたら自分を愛せるかなんて、すぐにはわからなかった。
「もっときれいになれば」
「もっと優しくなれれば」
「もっと大人になれれば」
もっともっともっと完璧な自分になれれば。
私は私を愛せるんじゃないか。
そう思っていた。
けれど違った。
完璧な人なんていない。
どんな人も、死ぬまで完璧になれない。
完璧に幸せに見える人も、みんな、
どこか欠けたまま、
どこか不安なまま、
どこか不幸せなまま、
不完全なまま、一生懸命生きて、死んでいく。
様々な困難さを抱えたまま懸命に輝く人たちに出会い、そのことに気づいた。
それならば、
美人なんかじゃなくて、
意地悪なところもあって、
いい歳して子供なままの、
今の私のまま、
私は私を愛したっていいじゃないか。
そう思った。
自分を愛するのに、理由なんていらない。
そう思えた私に気づけた瞬間。
私は、私を少し好きになれた。