桜の花言葉
「ねぇ、桜の花言葉って知ってる?」
「知らないし、興味も無い。」
このいかにもどうでも良い話題を、この時期になると話し出す女性の名は「山井 咲良(やまい さくら)」
俺と同じ18歳の高校3年生で、家が隣同士で両親の仲も良いということもあり、咲良とは腐れ縁である。いわゆる幼馴染と言うやつだ。
俺の名は「御手洗 弾碁(みたらし だんご)」
最初に言うが俺は自分の名前が心底嫌いだ!
両親は真剣に考えたと言っていたが、だからと言って、弾碁はないだろう!
生まれてからずっと、この名前に何度悩まされたことか、おかげでクラスでは笑いものにさせる人生を送っている。
そもそも俺は、団子があまり好みじゃない。
そんなことはさておき、この学校に通って三度目の春。俺たちはもうすぐ学生生活を終えようとしている。
「だんごーーー!!!おはようー!!!」
「あぁ、咲良おはよう。てか、外であんまり大きい声で俺の名前を呼ばないでくれ!」
「なんでよー笑。良いじゃん別に、弾碁って名前、私は好きだよ〜」
「お前は好きでも、俺は嫌なの!苗字で呼べって毎回言ってるだろ!」
「は〜い、御手洗くん!笑」
「もう!バカにしやがって…」
「怒った顔も可愛いよ笑」
こんなやり取りも、もうすぐ終わろうとしていると思うと、清々するが少し寂しさも残る。
「そういえば、俺たちもう卒業だな」
「そうだね!もうそんな時期になっちゃったんだ〜。なんかあっという間だったね!」
「だな笑」
「今年も桜、綺麗に咲いたね!」
「そうだな!今年は去年と比べてより一層綺麗に咲いてるよ!」
「ねぇ、だん、、、御手洗くん、桜の花言葉って知ってる?」
「知らないし、興味も無い。てかこのやり取り毎年してないか?」
「そう?でも桜見てるとついつい聞きたくなっちゃうんだ笑」
「あっそ」
卒業式の1ヶ月前となった今日。
咲良が転校することがクラスの朝会で告げられた。
「咲良!俺、咲良が転校するなんて聞いてねぇよ!おじさんやおばさんにも!」
「弾碁には言わないでって、私からお父さんとお母さんにお願いしたの。黙っていたのは悪いと思ってる。ごめんね。」
「また急にどうして?」
「実はお父さんの会社で転勤の話が前々から出ていて、せめて学校を卒業してからと無理言ってお願いを聞いてもらっていたの!でもお父さんも会社の事情もあって、転勤に行くことが決まったの、、、」
「転勤って、どこに?」
「フランス」
「フランス!? なにかの冗談だよな?」
「ううん、本当なの。ごめんね。」
「いつまで?」
「分からない。」
「いつ、日本出るの?」
「明後日かな。」
「そうか。」
俺はそれ以上、咲良に話を聞くことはできなかった。
翌朝、咲良の家の前には、引越し業者のトラックが止まっていた。
家の中からトラックの荷台へと運び込まれる家財道具をただただ、自分の部屋の窓から眺めていることしかできなかった。
咲良が日本を離れる最後の日。
親と一緒に、山井家を空港の搭乗口までお見送りすることになった。
空港までの車の中で、両家の親同士は相変わらず仲良く話をしていたが、俺と咲良は一言も喋ることは無かった。
空港に着いてからも、会話が始まる様子が無い。
こういう時、なんの話をすれば良いかも分からないままロビーまで歩く。
「咲良、お父さんとお母さん手荷物預けてくるからここで待ってて!その間に弾碁くんとお話していて。」
「うん。わかった。」
咲良の母親が俺と咲良に気を利かして、2人で話す機会を与えてくれた。
「あそこに座る?」
少し震えた声で咲良に聞く。
彼女はフフッと少し笑い「うん。」と答える。
2人で椅子に座り、お互い飲み物を1口ずつ飲み、少し間が空いて、咲良から話しかけてきてくれた。
「ねぇ、桜の花言葉を知ってる?」
「知らない、けど、興味ならある。」
「なら、私が特別に教えてあげる!
『Nem' oubliez pas』」
「それ何語?てか花言葉なの?」
「フランス語。ずっと密かに練習していたんだ!」
「へぇー知らなかった。フランス語だと花言葉の意味がどんな意味か全く分からないけど。」
「日本人には少し難しかったかな〜笑」
「うるさい!お前だって日本人だろう!」
「ごめん、ごめん笑。でもせっかく教えてあげたんだから、ちゃんと調べなさいよ?」
「うん。あとでちゃんと調べておくよ!」
「約束ね!」
「うん、約束する!」
〜搭乗アナウンス〜
12:30発フランス行きE702便まもなく搭乗手続きを開始いたします。
手荷物を預け終えた咲良の両親が戻ってきた。
「咲良、弾碁くんとはちゃんと話せた?」
「うん。たくさん話せたよ!」
「そう、良かったわね。そしたら、そろそろ行きましょうか。」
「うん。」
咲良と咲良の両親を見送る為に、搭乗口まで一緒に向かう。
搭乗口に向かう途中、咲良の表情は少し寂しげな顔をしていた。
「そんな顔すんなよ!」
「仕方ないじゃん!寂しいんだもん。」
「大丈夫!アルバイトしてお金貯めたら、会いに行ってやるから!」
「本当に?」
「あぁ、本当に。約束だ!」
「うん。約束!」
咲良の表情が明るくなった。
2人で話をしている間に搭乗口に到着した。
「じゃあ、行ってくるね!たまに手紙も贈るね!」
「そこはLINEで良いじゃん!」
「でも海外から贈られてくる手紙って素敵じゃない?」
「まぁ、確かに悪くないかも笑」
「でしょ!楽しみに待っていてよ!」
「うん。あのさ、、、」
「何?」
「ううん。やっぱ、なんでもない。」
「何よそれ笑」
「次会えた時にでも話すよ!」
「ふーん笑。楽しみにしてる!」
「うん。」
「じゃあね。バイバイ。」
「うん。行ってらっしゃい!」
彼女の背が見えなくなるまで手を振り続けた。
「結局、今日まで言えなかったな、、、好きだって。」
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咲良を見送った次の日の朝、テレビのニュースでフランス行きの飛行機(E702便)が機械の何らかのトラブルで墜落し、搭乗者の複数人が死亡したという報道が耳に流れ込んできた。
朝食を食べていた俺は、テレビの報道を聞いて、頭が真っ白になった。
まさかと思い、咲良にLINEを送った。
既読はつかなかった。
テレビを見たまま電話をかけてみた。呼出音が何回も繰り返される。
「お願いだから、電話に出てくれ!頼む!」
死亡者の名前がテレビの画面に映し出された。
彼女の名前が無いことを祈りながら、一人一人の名前を確認していく。
俺は膝から崩れ落ちた。
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死亡者の中には「山井 咲良」の名前があった。
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