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第1章 厩戸王の情熱

6世紀の日本では、天皇の朝廷の力が強くなり、立派な都市が造られるようになった。しかし文字が広く使われるようになっていなかったので、どのような人たちがいて、何を考え、どのようなことをしていたのか詳しく伝わっていない。

のちに聖徳太子と呼ばれることになる厩戸王は、幼いころから仏教に魅了されていた。彼は経典を読み、仏教の教えがもたらす平和の世界を夢見ては、仏法を深く学びたいと考えるようになった。ある日、書物で四天王の存在を知ると、彼の胸には抑えきれない情熱が湧き上がった。その像がもつ力強さと神聖さに心を奪われた彼は、その姿を手元に置きたいという思いに夢中になった。

「四天王像を手に入れれば、この国にも仏法の加護が宿り、我が夢見る理想の国が実現するはずだ!」

都では食料不足や財政の問題が深刻化していたが、厩戸王の関心は四天王像に集中していた。

四天王像を手に入れるべく、厩戸王は都の有力者たちを招き、議論の場を設けた。仏教擁護派の蘇我馬子、反対派の物部守屋、そして他の重臣たちが顔を揃えていた。

守屋がすかさず口を挟んだ。

「厩戸王様、仏法の普及に熱心であられるのはわかりますが、今この国には解決すべき問題が山積しております。四天王像を求めるために資金を割く余裕はありません!」

守屋の意見に多くの者が頷いた。しかし、厩戸王の決意は揺るがなかった。

「朝鮮半島から四天王像を得ることが、すべての問題を解決する道だ! 仏法の力がこの国を救うのだ。守屋、君のように目先の問題ばかり追いかけていては、未来の繁栄は訪れない!」

この場面で、馬子が慎重に口を開いた。「厩戸王様、仏法の価値について異を唱えるつもりはございません。しかし、朝鮮半島までの航路は危険です。波は荒く、異国の者たちとの交渉も一筋縄ではいかないでしょう。どうかもう少しお考えいただきたいのです」

馬子の言葉には、経験に基づく現実的な懸念が込められていた。しかし、厩戸王はこれを聞いてさらに強い口調で言い放った。

「馬子、我が志を否定するのか?仏法を広めるためには、多少の危険を冒す覚悟が必要だ。君は私の側近であり、私の理想を実現するための手足となるべきだろう!」

この言葉に、馬子は反論できなかった。彼は深いため息をつきながらも、厩戸王の強い意志を尊重し、最終的に使者としての使命を受け入れることとなった。


四天王像の制作の競技会

馬子が旅立ってから数ヶ月が経った。そして、馬子が行方不明になったとの報告が届くと、厩戸王は内心の焦りを隠せなかった。

その報せを受けて、守屋が厩戸王に詰め寄った。

「見よ、厩戸王!馬子が消息を絶ったのは、異国の仏に心を奪われ、日本の神々を疎んじた罰だ!」

守屋の非難は都中の人々にも共感を呼んだ。厩戸王も自分の決断が招いた結果について思い悩んでいたが、それは彼の衝動的な行動を止めるには至らなかった。

「守屋、何を言おうとも、仏法がこの国を救うのだ。馬子が帰らないならば、我ら自身の手で四天王像を作る!」

そして都中の職人たちを集めると、四天王像の制作の競技会を開くことを告げた。

「四天王とは、仏法を守る偉大な存在だ。その力は雷鳴の如く、威厳は嵐の如し!東西南北を守り、邪悪を打ち払い、正義を広めるのだ!」

厩戸王はその情熱的な言葉を並べ立てたが、具体的な指示はなかった。職人たちはその言葉に圧倒されたが、どう像を作るべきかまったく想像がつかなかった。

当時の日本では、自然が神として崇拝されており、力強さや威厳といえば、職人たちの頭には台風や雷、火山などの自然現象が浮かんだ。職人たちはそれぞれの解釈で四天王像を作り始めたが、その方向性は大きく異なっていた。

競技会の当日、職人たちの作品が堂に集められた。そこには驚くべきものが並んでいた。一人は、巨大な藁人形を持ち込み、「これが嵐を象徴する守護神だ」と説明した。別の職人は、しめ縄を巻いた神木を運び込み、「自然の力そのものを表した」と自信を見せた。他にも、大蛇を模したという木像や、雷を模したという奇妙な形の金属塊があった。その中に若い職人カジマルが作った猿のように見える石の人物像があった。

職人たちの作品を目にした聖徳太子は、その奇妙なラインナップに言葉を失った。彼が思い描いていた仏法を守る神々の姿とはかけ離れていた。「これは一体何だ?」太子は声を上げた。「四天王は仏法を守る存在であり、このような奇怪な姿ではない! 藁人形や神木には威厳もない!」

そしてカジマルの像を指差し「これは猿か! 何の冗談だ?」厩戸王は激昂し、全ての作品を一蹴した。その場にいた職人たちは肩を落とし、失意のうちに会場を去った。
(つづく)


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