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サマスペ!2 『アッコの夏』(6)

「すいません。この道、国道460号ですか」
「ああ、そうですよ。あんたたち、どっから来たの」
 畑仕事をしていたおばさんが腰を伸ばして、声を掛けた大梅田と、アッコたちをじろじろと眺める。

「はあ、新潟市役所からです」
 おばさんが「へっ」と目を丸くした。
「巻駅まで行きたいんですが」
「そりゃあまた、ご苦労だねえ。駅なんて、ここから何キロもあるよ」
 その目が好奇の色に光る。

 なぜ新潟市役所から? どうして炎天下を歩いているの? あんたら誰? 
 聞きたいことは山盛りあるだろう。
 輪島まで歩くんですと言ったら、おばさん、信じてくれないだろうな。
 
 おばさんは思いついたように左右に目をやった。
「ひょっとして撮影? わざわざ田舎を歩くっていうあれ?」
 観光客が訪れないような田舎をタレントが、ひいひい言って歩かされる番組かと思ったのだろう。だけどもちろんテレビカメラなんかない。

「あんな優雅な旅行じゃないんですよね」
 アッコはおばさんに、にっと笑ってみせた。 

 水戸に立ちんぼを頼んだ分岐点から、もうだいぶ歩いた。『歓迎 ほたるの里』と書かれた看板を過ぎて、民家や建物が増えてきた。その代わり460号は道幅が狭くなり、何度もほかの道と交差した。

 そのくせ標識はほとんど見かけない。歩きの観光客なんか想定してないのだ。だからアッコたちは人の姿を見る度に道を確認し、注意して歩いてきた。

写真AC Tsubasa Mfg. Inc.さん

「みんな迷ったりしないでしょうか」
 由里が大梅田に聞いた。
「あり得るな。迷わなくても到着が遅れるだろう」

 地図を見たり人に尋ねたりする度に立ち止まるから、余計な時間を食ってしまう。道に四人の影が伸び始めた。陽が傾きかけている。

「まだデスカ、アッコさん」
 へろへろのクリスは脱落寸前だ。一人ではとてもここまで来られなかっただろう。
「頑張れ、クリス。レポート書くんでしょ。こんなとこでへたばってどうするの」
「しんどいデス」

 前を歩く由里が大梅田に話しかけた。
「泊まる宿は、食当が電車で降りた巻駅の近くなんですよね」
「ああ、駅の周辺にある寺、神社、公民館、学校。無料で泊めてくれそうな施設ならどこでもいい」

「この道沿いから遠くないといいですね」
「そうだな。そろそろ立ちんぼがいてもいい頃だと思うんだが」
「いつもこんなふうに込み入ったコースを歩くんですか」
 由里に大梅田が「いや」と応じる。

「基本は太い国道か、迷いにくい一本道を選ぶんだ。幹事長、初日からわかりにくいコースにしたもんだ」
 大梅田はむすっとした。

 後ろでアッコは、二人の会話を聞いていた。由里が積極的にコミュニケーションしているのが嬉しい。公園デビューした子どもを見守る親の心境はこんな感じだろうか。

 さすがの由里も疲労は隠せない。下を向きそうになる度に、旗を持ち直して必死で歩いているのがわかった。それでも由里にはキャンパスで見せる無口で無関心な雰囲気はなく、言葉に力がこもっている。 

 由里は初日の旗手という大役を志願した。そして大梅田に、旗手を歩ききったら、サマスペ参加を認めるように約束させた。
 この道行きはいわば二人の真剣勝負だ。

 このまま宿に着いたら大梅田は由里のことを、つまり女子のサマスペ参加を潔く認めるだろうか。
 いや、認めなかったらアッコは黙っていない。

 でも二人からは、勝負をしている険しい雰囲気は感じられない。大梅田は常に由里のことを気遣い、地図を見ながら行き先を指示し、歩くペースを考えて休憩をさせていた。

 頼れる先輩の行動だった。由里も信用して歩いている。二人は良いコンビのようにさえ見える。
 サマスペの旗手と伴走は、その日のルートを間違えずに先頭でゴールする責任がある。その連帯感のせいだろうか。

 アッコが旗手の時も、しっかりした伴走がついてくれるといいのだが。

 
 大梅田の「おう」という大声が鼓膜を打った。
 アッコははっと顔を上げる。歩きながら眠りそうになっていた。

「東条だ。みんな、立ちんぼがいたぞ」
「本当ですか。嘘はなしですよ。どこ、どこ?」
「アッコ、あそこだよ」
 由里の声が弾んだ。

「コンビニの所。見えるでしょ」
 指差す先にあるコンビニの駐車場に、東条が座っていた。
「いたいた。由里、やったね」
「アッコもお疲れ様。あとは宿までもうひと頑張り」
 由里の笑顔がはじけた。

 そうそう、その顔だよ、由里。
 こんな笑顔は、陸上競技の大会でトップでゴールした時以来だ。
 
「おーい、東条」
 まほほん押しの東条は、アッコの声に気がついて慌てて立ち上がった。ランパンの尻をたたいている。
 おいおい、立ちんぼって言うくらいなんだから、座ってちゃいけないんじゃないのかい。

「東条。ご苦労さん」
 大梅田が東条に歩み寄る。
「お疲れさまでした」 
「宿はどこだ」
「この道を約一キロ行った右手にある公民館です」

「ジェジェジェ。まだ一キロもあるデスカ」
 クリスがおどけた声を出す。さっきまでとは声の張りが全然違う。
「クリス、その方言、昔の朝ドラのでしょ。いつ見たの」
「アメリカにいる時に、日本文化の勉強にと思ったのデス」

 大梅田は東条と地図を確認している。 
「ここで460号から外れるわけだな。ここから公民館まではわかりにくくないか」
「いえ、分かれ道はないし、ほかにほとんど建物もありません」
 大梅田は「そうか」と言って、東条の肩に手を置いた。

「疲れてるな。宿の交渉が大変だったのか」
「それもですけど、ここ、巻駅から四キロもあるんですよ。駅から離れると宿を探すのも、食材を買うのも大変で。ずっと走り回っていたんです」
 由里が「四キロも」と首をかしげた。

「そんなに駅から遠かったのか」
「はい。幹事長が、ここに立たないと460を進んでしまうからって言ったんで」
「駅じゃなくてこの場所の近くで宿を探したってことか」

 大梅田は東条の背中をぱんとたたいた。
「まあ、これがサマスペだからな。文句言わずにやろうや。それとな、東条。みんな何時間も歩き通してくるんだ。メンバーを迎える時にはぴしっと立ってろよ」

「あっ、はい」
 東条は背筋を伸ばした。
 ほら、怒られた。しょうがないな、もう。

「東条君、これ、よろしくね」
 由里がずっと持っていた青い旗を、大切なもののように東条に渡す。後続のための目印だ。「レッツ・ウォーク」と染め抜かれている。

 いつ作ったのかもわからない、年季の入った旗が風に揺れた。

<続く>

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