サマスペ!2 『アッコの夏』(3)
「あの、友原さんだよね」
アッコはキャンパスのベンチに座って、昼食を食べているところだった。ぱくついていた二つ目のサンドイッチから目を上げる。まだ入学したばかりで知り合いはいないはずだ。
「私、同じ高校だった平野」
由里が目の前に立っていた。アッコはカツサンドを持ったまま、ぽかんと口を開けた。
「知らないかな」
我が母校、陸上部のホープが小首をかしげる。
知らないかなって、あたしはあんたのこと、ずっと応援してたんだよ。
アッコたちの高校は文武両道で、特に陸上部は静岡県内でも名門と言われていた。由里は一年の時から、将来インターハイを狙えると言われていた逸材で、いくつもの大会で上位入賞をしてきた。
女だてらに応援団に所属していたアッコは、競技会がある度に我が校のスターに声を嗄らしてエールを送ってきた。半分追っかけみたいだったが、それだけ由里の走りには特別な魅力があった。
競技場のトラックを何十周も走った由里は、ラスト一周の鐘と同時に集団からすっと抜け出す。そして見えない羽がついたように、一人だけゴールに向かって加速していく。そんな由里をスタンドで見ていると、いつも胸が熱くなった。
「陸上、やってたよね」
学年は同じだけどクラスが違ったから、きっと由里はアッコのことなど眼中になかったのだろう。由里は目を伏せて、アッコの隣に腰掛けた。
「お願いがあるんだけど」
どきどきしてきた。アッコは落ち着いてみせようと足を組んだ。
「何? それとあたしのことはアッコでいいから」
「じゃあ私は由里で。ええとアッコはこの夏、何か予定、入ってるかな。バイトとかサークルの合宿とか」
「いいや、バイトしてないし、まだサークルも決めてないんだ」
由里は少し顔を寄せてきた。真剣な顔だ。
「私と一緒に、サマスペに出てほしいの」
「はあ? さますぺ?」
由里がバッグからスマホを出してタップした。
「これ、ウォーキング同好会って知ってる?」
サークルのホームページだった。仲良くハイキングをしている男女が映っている。
「や、知らない」
由里と話しているのは、走り回りたくなるほどうれしいけど、なんの話かさっぱりだ。
「私、入会したんだ。アッコもこの同好会に入ってくれないかな」
「えっ、もしかしてサークルの勧誘?」
「うん、駄目かな」
「あのさ、由里は入るなら陸上部じゃなかったの。ウォーキング? ランニングじゃなくて?」
由里はちょっと顔をしかめた。
「陸上の話はいいから。ねえ、駄目?」
由里が思ったよりぐいぐい来るので驚いた。考えてみればアッコは競技選手としての由里しか知らなかった。
由里は二年の秋に突然、陸上部を辞めた。事情はわからないが、別に故障したわけではなかったらしい。アッコはほかの運動部の応援に駆り出されながら、勝手にやきもきしていた。
それっきり由里はグラウンドから消えた。たまに校内で見かけても、受験勉強ばかりしている普通の地味な生徒になってしまった。
「別に、あたしはいいけど」
大学で応援団に入ったら学費を払わない。そう母親に宣言されていた。チアリーダーなら許すと言われた。アッコが喜んで妥協するとでも思ったんだろうか。
チアなんてやるつもりは毛頭ない。ただアッコも親に言われたからではなく、応援以外のことをやってみたいと思っていた。
だからと言ってテニスだスキーだと言われても興味がない。飲み会ばっかのお遊びサークルは勘弁だ。あらためて自分のことを考えるに、応援以外に気持ちの動くことが見当たらなかった。要するに迷っていたところだ。
「ありがとう、アッコ」
両手をつかまれた。
「あっ、でもあたし、あんま軟派なのは苦手なんだよね。お手々繋いでハイキングとかはちょっと……」
由里の目が光ったような気がした。
「それでね。夏にイベントがあるの」
「夏に? それがサマスペ?」
「そう。十日間くらいの合宿なんだけど、お願い。一緒に参加して」
<続く>
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