6:肥大する外殻、失われる現実感
マガジン「人の形を手に入れるまで」の6話目です。まだ前書きを読んでいない方は、こちらからご覧ください。
中学1年。父に北海道への辞令が出ることが決まった。私は正直待ちわびていた。いつもなら2年か3年で転勤になるにもかかわらず、この田舎町では既に5年も過ぎている。その間に友達ができなかったわけではないけれど、それでも「よそ者を嫌う風土」を見せつけられた町を私は好きになれなかった。
辞令の話を聞いた翌週くらいだっただろうか。父と母は神妙な面持ちで私に話した。
「この間、お父さんに辞令が出た話をしたのを覚えてる?」
私はうなづく。忘れるはずもない。あれからずっと、いつ言われてもいい様に部屋の片付けもしておいた。「付いていく」と言う準備も、場合によっては「友達と別れるのは寂しいけど」と子供らしく落ち込んでみせる用意もあった。なのに。
「お父さんにね、単身赴任してもらうことに決めたの」
予想外の言葉に私は固まった。
「あなたももう中学生でしょ?家族揃って過ごすことよりも、もう今いる友達の方が大切な時期だし…これから受験も控えているし、あなたの為にもお母さんはここにあなたと残って、お父さんには1人で転勤してもらうことにしたの」
もっともらしい理由だった。でもそれに素直に騙されるほど私は純粋じゃなかった。
『私をダシに使えば体良く別居ができるものね』『やっぱりお母さんが言うように、お父さんは私を置いていける程度にしか私たちを愛していないのかな』『お父さんもお母さんも、都合よく私を利用して』
怒りとも悲しみとも言えない様々な思いが体の中を駆け巡り、ひどい感情に私は混乱した。
笑え、笑え、笑え、笑え、いつも通りに、考えろ、望まれる答えはなんだ?この場合の両親にとっての最適解はなんだ?
あまりの衝動に沸騰しそうな頭の芯が、一方で酷く冷えて私に語りかけている。
震え出しそうな体とは裏腹に、私は勤めて平静に「そうだね、ありがとう」と答えた。
そう答えるのが一番、家族が家族の形をきれいに保ったまま距離を置ける。私が、彼らの信じる「親の言葉を鵜呑みにする素直な子供」でいてあげるそれだけで。
父は受験を控えた娘の為、1人遠くの地で働く。母は支えである夫と離れ、娘が慣れた地で進学できるよう心細くも家を守る。美談じゃないか。反吐が出るほど美しい。吐き気のするほどバカバカしい作り話。
かろうじて繋がっていた私の内側と外側が、ぶつんとちぎれた様だった。私の外殻は正しく私の形を保ったまま、私の感覚は体を取り残し内側に沈む。
こうして父は母と私を残し、1人北海道に旅立っていった。母と2人の生活の始まりだった。